(本記事は、秋津 壽翁氏の著書『古酒巡礼: 失われた時が育てたワインたち』＝あさ出版パートナーズ、2021年7月7日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
古酒の仕入れのために、あちこちのオークションにアラートを設定してある。先日、楽天オークションのアラートに引っかかったのは「♪1円～古酒鑑賞用～ルロワ～サン・ロマン83年～」という出品。商品説明には「ルロワのサン・ロマン83年です。飲むことは難しいと思いますので、鑑賞用にしてください。ディスプレイ用にいかがでしょうか^_^ ? 購入後、セラーで管理していますが、あくまで本品は二次流通品という前提と、ワインという性質上ノークレーム、ノーリターンでお願いします」とあった。
画像は薄茶色の色調で、液面2㎝、エチケットはかなりエッジが酸化している。果実酒のネックラベルがあり、バックラベルは髙島屋のものだ。サン・ロマンには赤と白があるが、赤ワインか白ワインかの情報はない。見た目はかなり怪しく、限りない危険さをまとっている。
ダメ元で500円のビットを入れておいたら、なんと1円で落札してしまった！0円だと購入ではなくギフトなので、1円は史上最安値と考えてもよいだろう。1200円の送料込みで1201円を送金し、送られてきたのは「赤くなった白ワイン」よりは「白くなった赤ワイン」の印象である。澱は少量でわりと硬く固まっている。
ひとりで開けるのは面白くないし、普通の人に飲ませるのは申し訳ないから、ヴェテランワインラヴァーの会に持参した。中目黒の「胡桃茶家」というモダン中華料理店に集まったのは、ワインと食のマーケッターのMWさんやヴィノテークのSY、消化器内科のISドクターなど6人である。この日はちょうど静岡の「ハルキャビア」の今年の解禁日、そのアンバサダーも務めるMWさんに手配してもらった「採卵後一週間」のフレッシュ・キャヴィアひと瓶ずつからスタートした。
ワインは持ち寄り、最初のシャンパーニュはボワゼルのマグナムボトルである。続いて、エゴン・ミュラーのシャルツホーフベルガー・アウスレーゼ2005。そして、永昌源の陳年15年紹興酒までグラスを並べた。キャヴィアにシャンパーニュは鉄板だが、アウスレーゼが予想外のマッチングであった。
店のスペシャリテ「十種十彩小さな前菜の盛り合わせ」のところでルロワのサン・ロマン1983を抜栓してもらった。コルクはふたつに折れたが、しっとりと健全である。グラスに鼻を近づけるとなんの香りもしない。色は灰緑色のエッジを伴った金茶色。ひと口目は「あれ? 水?」で、苦みと薄っぺらい甘みのみで果実のかけらもない。がんがん振り回すと、酸味だけが起き上がってきた。やっぱり駄目かなーと思っていたら、続いて供された酔っ払いガニと合わせると、なんとボディがよみがえってきたではないか！
このあたりで、最初は首をかしげていた皆さんから「びっくり！ おいしい！」との声が上がり始めた。ボトルの底をグラスに移すと、黒っぽく細かい澱だけで、タンニンの結晶は見られない。やはり、赤くなった白ワインのようだ。カニ味噌の小籠包が出されるころには甘みも出始めるが、鉄さび臭さも伴い始めた。これでタイムアウト！
5番手のワインは、先の「即位礼正殿の儀」の際、安倍首相夫妻主催の晩餐会で供され話題になったアルガブランカイセハラのヴィンテージ違いで、こちらは2014。やがてそれも空になり、ルロワが駄目になっていたときのバックアップに用意していたロベール・アジェーンのボーヌ・レザヴォー1966を勢いで開けてしまった。グラスに注いだ途端、クラクラするような濃厚な果実が爆発。胸を躍らせ口に含むと、あれ?上あごに言いようがないほど不快な苦みが直撃してきた。しかし、デカンティングのおかげで10分もすると、甘みと果実味が復活。蒸しガニのグリシンの甘みとマッチし、古酒の極みである。
最後に、出席者にルロワ・サン・ロマン1983を一本いくらで入手したと思うか聞いてみた。
回答は8500、50000、8000、13000、そして3000円（これは私の妻の回答。私の購入パターンをよく承知している）。正解を発表すると、驚愕（きょうがく）の声が店中に響き渡った。「私も1円オークションを探してみよう！」と言う人もいたが、昔話の『こぶとりじいさん』と同じで、安易にまねをすると、やけどしますよ！
〈2019.12〉
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