事業譲渡や会社分割の内容や手続きは非常に分かりにくく煩雑だ。そのため経営者にとっては戦略の一つとして基本を押さえておきたいところである。しかし実際はなかなか難しいと感じている経営者も多いのではないだろうか。そこで今回は事業譲渡や会社分割の基本事項や手続きについて解説していく。

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事業譲渡とは?

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(画像=Andrii Yalanskyi/Shutterstock)

事業譲渡とは、会社の事業の全部または一部を売却することだ。事業譲渡の対象には、有形の資産および債務だけでなく「事業に必要な営業ノウハウ」「取引先との関係」「従業員との雇用契約」といった無形のものが含まれる。譲渡対象の範囲は、譲受会社と譲渡会社の当事者間で自由に決定するため中小企業のM&Aにおいては、多く利用される手法だ。

会社の事業の構成要素を個別に売却するものであり資産や負債その他の権利義務は、第三者に引き継がれる。不動産の売却には所有権移転登記など個別の移転手続きが必要だ。事業譲渡によるM&Aは、株式譲渡に次いで多い。M&Aの譲渡スキームを検討する際には、事業譲渡と株式譲渡との相違点を十分に把握することが必要だ。

なぜなら選択のいかんによっては税負担が大きく異なるからである。通常は、税負担を最小化させる方法を検討することになろう。また譲渡会社は、M&Aの買い手との条件交渉を通じて取引スキームおよび譲渡価額などを決定することが必要だ。同じ事業を対象とするM&Aであっても株式譲渡と事業譲渡では、譲渡価額が異なるケースがあるため取引スキームにかかる交渉は重要である。

さらに事業譲渡の代わりに会社分割が採用されるケースが多い。事業譲渡と会社分割は、会社法上の手続きは異なるものの税務上の効果はほとんど同じである。事業譲渡と会社分割の選択についてもM&Aにおいて重要な検討事項となるだろう。

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事業譲渡の手続き

事業譲渡の手続きの流れは、まず譲渡会社において取締役会を開催し事業譲渡の方針を決定することが必要だ。それに基づいて譲渡契約書を作成し価格などの条件に合意できれば譲受会社と契約の締結を行う。事業譲渡契約書に記載する一般的な事項としては、次のようなものが挙げられる。

図1

ただし事業譲渡の効力を発生させるためには、株主総会において承認決議が行われなければいけない。すなわち「事業の全部または重要な一部の譲渡(会社法309条2項11、467条1項)」として株主総会の特別決議が必要だ。株主総会の承認決議の後、譲渡会社の反対株主に買取請求権を行使するための期間が与えられ効力発生日の20日前から効力発生日の前日までの期間である。

事業譲渡の効力発生日に譲渡対象の資産および負債の移転手続きが行われる。不動産であれば所有権移転の登記が必要だ。債務の承継については、債権者の承諾を得て譲受会社が免責的債務引受をしないかぎり譲渡会社は責任を免れないこととなる。事業譲渡後のトラブルを回避するためには、債務保証や偶発債務等の事前確認は、十分に行わなければならない。

従業員との雇用契約については、会社分割とは異なり会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律の適用がなく従業員の雇用などがそのまま承認されるわけではない。

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事業譲渡の実行後はどうなる?

競業避止義務

事業譲渡を実行した後、譲渡会社には、競業避止義務が課される。すなわち事業を譲渡した会社は、当事者間で別段の意思表示をしないかぎり同一の市区町村の区域内および隣接の市区町村の区域内で、その事業を譲渡した日から20年間同一の事業を行うことができない。

事業譲渡の税務

譲渡会社において事業譲渡があった会計期間の決算時には、会計および税務上、譲渡損益を計上することが必要だ。税務上、事業譲渡は、資産および負債を時価で譲渡したものとして取り扱われる。第三者間で事業譲渡を行う場合には、売り手と買い手の利害が対立する関係にあるため、両者で合意した金額が合理的な経済活動に基づく適正な時価とされるのが一般的だ。

また事業譲渡を行った会社が消費税の課税事業者である場合には、その譲渡した事業に属する個々の資産の種類に応じ、課税、非課税、不課税の判断をしなければならない。

譲渡会社のその後の事業

譲渡しなかった事業があれば譲渡会社は事業譲渡後もその事業を継続して営むことが必要だ。また全部の事業を譲渡しても清算しないかぎり譲渡会社の法人格は存続する。事業の全部を譲渡して会社を清算する場合には、事業譲渡の対価として会社に残った金銭が残余財産として株主に分配されることとなるだろう。

分配される残余財産の価額が資本金等の額からなる部分の金額を超える場合には、その超える部分の金額はみなし配当として株主に課税される。また分配される残余財産の金額からみなし配当の金額を控除した金額は、株主譲渡所得の金額の計算上、譲渡収入となり、この譲渡収入の金額と株式の取得費との差額が譲渡損益となる。

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事業譲渡の手続きが簡略化される2つのケース

簡易事業譲渡

会社法第467条第1項には「事業の全部の譲渡または事業の重要な一部の譲渡を行う場合、他社の事業の全部を譲り受ける場合には、株主総会の承認が必要である」という内容が定められている。ただし譲渡会社が事業の一部を譲渡する場合において譲渡する資産の帳簿価額が総資産額の20%以下であるときは、譲渡会社における株主総会の承認を省略することが可能だ。

また譲受会社が他会社の事業の全部を譲り受ける場合、事業譲受の対価として交付する財産の帳簿価額の合計額が譲受会社の純資産額の20%以下であるときは、譲受会社における株主総会の承認を省略することができる。

略式事業譲渡

事業の全部の譲渡または事業の重要な一部の譲渡を行う場合、他社の事業の全部を譲り受ける場合であっても相手方の会社が総株主の議決権の90%(これを上回る割合を定款で定めた場合にはその割合)以上を有する場合など特別支配会社に該当するとき株主総会の承認を省略することができる。

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会社分割とは?

会社分割とは、会社が事業にかかる権利義務の全部または一部を会社法の手続きに基づいて分割し、他の会社に包括的に承継させる手法である。M&A実務では、複数の事業部門を持つ会社がその一部を切り出して、これを他の会社に譲渡するケースが多い。税務上の効果は、事業譲渡とほとんど変わらない。会社の事業が複数ある場合、事業ごとに会社を分割することによって別の法人格に切り分けることができる。

この方法は、相続において親族内の後継者が複数いる場合に後継者ごとに会社を分けて事業を引き継がせることができ後継者の遺産分割争いの防止という観点からも有効な手法だ。またM&Aにおいて第三者へ事業を譲渡する際にも資産および負債の個別の移転手続きを行う手間が省かれるため、規模の大きな事業の譲渡に使用されるケースが多い。

会社分割の4つのパターン

・分社型新設分割
・分割型新設分割
・分社型吸収分割
・分割型吸収分割

会社分割は「承継会社が既存か新設か」「交付される対価の受取先がどこか」によって4つのパターンに大別される。一つは新設分割であり分割した事業で新しい会社を設立する方法だ。会社の子会社として新設する方法(分社型新設分割)と会社の株主を介した兄弟会社として新設する方法(分割型新設分割)がある。

もう一つは吸収分割であり、すでに存在する別の会社に事業を分割する方法だ。こちらも同様に子会社に対して分割する方法(分社型吸収分割)と兄弟会社に対して分割する方法(分割型吸収分割)がある。分社型分割の後で株式譲渡を行えば譲渡対価は株主ではなく分割会社が受け取ることになる。それゆえ株主に対価を受け取らせるには、分割会社の剰余金の分配を行わなくてはならない。

一方、分割型分割の後で株式譲渡を行えば譲渡対価は分割会社ではなく株主が受け取る。会社分割が使われる組織再編には、主として以下の2パターンだ。

 会社を事業ごとに分割する

図2

 持株会社化を図って事業ごとに会社分割する

図3

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事業譲渡と会社分割の違いを徹底比較!

事業譲渡の場合には、個別の権利移転や義務引き継ぎの手続きが必要であり契約の移転や従業員の承継についても第三者の同意が必要だ。それゆえ包括的な権利移転手続きによって手続きを簡略化するため事業譲渡の代わりに現金交付型の会社分割が採用されることが多い。現金交付型会社分割は、税務上の効果が事業譲渡とまったく同じであり債権者保護手続が必要となるものの権利義務の包括承継が可能となる。

ただし会社分割と比べて事業譲渡は、公告などの債権者保護手続が必要ないという点がメリットだ。そのため従業員や取引先の数が限られており債権者の把握がそれほど難しくないという場合であれば事業譲渡でも大きな手間はかからない。またスケジュールも短期間ですむことから会社分割よりも有利なケースもあるだろう。

M&Aにおいて対象会社の全部を売却するのではなく一部の事業部門のみ売却する場合、事業譲渡を行う方法と会社分割後に子会社売却を行う方法がある。税務上の取り扱いが大きく異なることから両者を比較して検討することが必要だ。事業譲渡は、譲渡対価が現金であり引き継ぐ資産および負債の評価は時価となり不動産取得税・登録免許税・消費税の課税対象となる。

事業譲渡は限定された範囲の事業を譲渡していることから権利義務が包括的に移転しないため、各債権者の個別の同意が必要だ。一方、会社分割は組織再編の手法であり分離させた事業の対価は原則として株式である。権利義務は包括的に新会社へ移転されるため、各債権者の同意は不要であるが債権者保護手続が必要だ。

会社分割で発行された株式をすぐに譲渡する場合、税務上は非適格組織再編となり、会社分割のタイミングにおいて資産および負債は時価評価される。しかし会社分割によれば消費税は不課税であり不動産取得税や登録免許税は軽減される。以上のように税負担を比較すると事業譲渡よりも会社分割後の株式譲渡が有利に取り扱われる局面が多い。

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会社分割の手続きと税務は?

新設分割は、新会社を設立することであるから、その会社の商号、目的、本店、役員などについて検討しなければならない。分割対象となる事業が許認可を要する事業である場合には、許認可を引き継げるかどうかが重要だ。許認可を引き継げない場合には、通常の方法で先に新会社を設立し先行して許認可取得後、新設した会社を承継会社とする吸収分割を行うこともある。

許認可の承継ができないことによって会社分割を断念するケースもあるため、事業譲渡を行う前に許認可を主管する行政機関などと協議することが必要だ。会社分割の手続きにおいて権利義務や契約関係、資産および負債をどのように移転させるかが重要である。M&Aで会社分割を行う場合、対価を現金とするケースが多いため、税務上は非適格分割となり事業譲渡と同様に譲渡損益を計上することが必要だ。

譲受会社では、資本金などの増加に注意が必要である。非適格分割で事業を吸収した場合、譲受会社が交付する対価の時価が「資本金等の額」だ。そのため会社分割の結果として承継会社の資本金等の額が予期せず大きくなってしまい、資本金などの額に応じて決定される住民税均等割の負担が重くなることがある。

また会社分割の結果、承継会社の資本金が1億円超となってしまった場合、外形標準課税の対象となるため注意が必要だ。それゆえ実務上は承継会社の資本金が1億円超にならないように工夫するケースが多い。会社分割の対象の資産が大きいために資本金が1億円超になることを回避できない場合には、株式会社ではなく合同会社の設立に変更することによって資本を小さくするように検討することもある。

会社分割により不動産を取得した場合には、原則として不動産取得税が課される。ただし以下の要件を充足するときは、不動産取得税は課されない。それゆえ、分割対象に課税標準の大きな不動産が含まれている場合、以下の要件を満たすようにしておくことがポイントとなる。

・分割において分割会社の株主に対して金銭などが交付されないこと
・分割事業にかかる主要な資産および負債が分割承継会社に移転していること
・分割事業にかかる従業者の80%以上に相当する者が、分割後に分割承継会社の業務に従事することが見込まれていること
・分割事業が分割承継会社において継続的に営まれることが見込まれること

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会社分割を活用した相続税対策と3つの注意点

会社を1社のみ経営する企業オーナーの株式承継において複数の子供が後継者として想定される場合、経営権を巡って争いが起きる可能性があるだろう。そこで会社分割や事業譲渡によって2社に分け、それぞれの株式を後継者となる子供に移転することによって問題を解決が必要だ。例えばα事業とβ事業を営む甲社のオーナーの相続が発生し甲社の経営権を巡って長男と次男が争ったとししょう。

そのような場合、甲社の営む2つの事業の一つであるβ事業を会社分割によって新設の乙社に移転するのである。これによりα事業を営む甲社を長男に承継すると同時にβ事業を営む乙社を次男に承継することになり会社の経営権を巡る争いを回避することが可能だ。ただし会社分割や事業譲渡を行い、資産および負債を新会社に移転する際には法人税や所得税等が課されるため、注意が必要である。

相続争いが起きることが事前にわかっている場合には、生前に会社分割を行うとともに株式の承継に関する遺言書を書いておくことよいだろう。ただし会社分割後3年以内に企業オーナーの相続が発生した場合、以下の3つのように株式の相続税評価額が上昇するケースがあるため注意が必要だ。

1. 3年以内に取得した土地や家屋が通常の取引価額によって評価される

会社分割により土地や家屋を移転した後、3年以内に企業オーナーの相続が発生した場合、相続税評価額よりも高い取引価額で評価しなければならない。

2. 開業後3年未満の会社に対して純資産価額方式による評価が適用される

会社分割によって会社を設立後、3年以内に企業オーナーの相続が発生した場合、その会社(分割承継法人)の株式は純資産価額による評価となり類似業種比準価額よりも評価額が高くなる可能性がある。

3. 会社分割によって会社規模が小さくなる可能性がある

例えば大会社が中会社に変更となるようなケースが出てくることである。これにより類似業種比準価額のみによる評価が純資産価額との折衷方法による評価となり株式の評価額が高くなる可能性があるため注意が必要だ。

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文・岸田康雄(税理士)