お笑い芸人から狂言師へ~子ども時代の自分に胸を張れる生き方を求めて~
お笑いコンビとして長年活躍してきた石井 康太(いしい こうた)さん。2019年から狂言の世界に飛び込み、狂言を広めるべく活動されています。お笑いから狂言師へ転身したきっかけや、これからの展望についてお話を伺いました。

トントン拍子で進んだお笑いの道から狂言の世界へ

お笑い芸人から狂言師へ~子ども時代の自分に胸を張れる生き方を求めて~

子どもの頃はバラエティやドラマが全盛期で、テレビっ子でした。テレビが大好きで、「テレビに出たい、テレビで出ている人に会いたい」という想いがずーっとあって。小学校中学校くらいのときは目立ちたがりなのに赤面症でヤバい人でしたね。自分からクラス委員になって朝礼台に上がって顔真っ赤になってしまうような子どもでした。ただ、正直お笑いの道は一番考えていなかったです。それ以外のこと、曲をつくってレコード会社に送ってみたりはしていたのですが。 大学二年のとき、同級生に時間があるからやってみようと軽いノリで誘われたのがきっかけです。運が良いというか、入ったのがワタナベエンターテインメントだったのが良かったのか、二年目くらいでテレビに出られました。大学4年のときには大学に行きながら『笑っていいとも!』などに出ていましたね。タイミングもあったのでしょうが、スタートダッシュが良かったのです。

テレビに、それこそ『笑っていいとも!』に出たいとかはあったんですけど、23歳くらいでその夢が叶ってしまったので、やる気がなくなってしまいました。ドラマに出してもらったり、海外ロケもいくつかさせてもらったのですが、目標がないまま40歳を過ぎて子どももできて、この先どうしようと思いました。

人生で一番落ち込むような時期、人間関係ですごくショックなことがあって気力もなくなって、モチベーションも気力もない、本当にこれはヤバいぞという時期があったのです。 そのときに現代狂言という、能舞台でやるお芝居にオファーをいただきまして、古典狂言の主役をいただきました。精神的に本当にやばかったので、ここで頑張らないともうないかもしれないと思って。当時妻にも言いませんでしたが、他のテレビの仕事も断って3ヶ月くらい稽古に集中したのです。テレビにどういうテンションで出ていいのかわからないくらいだったので。難しい稽古でしたが、舞台では自分の想像以上にお客さんが喜んでくれました。 狂言はコメディなので、身体の動かし方は難しいのですが、教わったとおりにやったらドカンと受けて。それまで悩みとか靄がかかっていたものがパーッと、霧が晴れたというか。難しいことに挑戦したらすっきりしたのです。残りの人生をこれにかけてみよう、と44歳のときに狂言の世界に入りました。

子どもの頃の石井少年に胸を張れる自分でありたい

お笑い芸人から狂言師へ~子ども時代の自分に胸を張れる生き方を求めて~

狂言の世界に飛び込んだ理由はいくつかありますが、10年後の自分を想像したときにすごいわくわくしたというのはあります。古典芸能の世界に飛び込んで、50、60歳の自分を想像したときに面白いおじさんになっていたらいいな、というのはありました。30代の頃は目標がないままお仕事をやらせていただいて、それはそれでありがたかったのですが、活躍している仲間に嫉妬したりもして。そういう自分が嫌だったので、そのときの自分に戻りたくないというのもあるかもしれません。

狂言の世界には「披き(ひらき)」という、登竜門のようなものがあり、今年の1月に初めてやらせてもらいました。4月に能楽協会に入会させてもらって、ようやくプロの狂言師としてスタートしたところです。

自分がやりたいという理由だけで入門して、「俺、一人で頑張ってます」とどこかで自分に酔っている部分があったのですが、1月に披きをやらせてもらったとき、稽古をつけてくれた師匠をはじめいろいろな人に支えられているのを実感しました。「披き」も能楽協会への入会も先輩や師匠にレールを敷いてもらったようなところがあるので、僕がこれから何ができるか、というのが大事だと思っています。

先輩といっても、皆さん10代20代なのですよ。狂言に関しては先輩ですが、人生的には僕のほうが先輩。ズルはしないようにしようと決めました。ズルをしようと思えばできてしまうところもありますが、しないようにしようと思っています。

小学校とか中学校の頃、目立ちたいけど恥ずかしがり屋だった石井少年に常に見られている感覚があります。当時の自分に堂々と胸を張れる自分でありたいというのはありますね。

狂言を身近に感じられるよう気軽に体験できる場所を

お笑い芸人から狂言師へ~子ども時代の自分に胸を張れる生き方を求めて~

僕自身、狂言で人生が変わったみたいなところがあるので、いろいろな人に知ってもらいたいです。狂言は難しい世界、遠い世界だと思われがちですが、もっと身近なものにしたいと思います。もちろん、稽古は大変ですが、教室みたいに親子で気軽に狂言をできるような場所をつくれると良いなと。僕も自分で狂言をやってみていろいろなものをもらったので、誰もが気軽に狂言をやってみて輝けるような、そういう場所をつくりたいです。

10代の頃からぼんやりと海外への思いもあるので、活動の場を海外に広める姿を石井少年に見せたいという気持ちもあります。

今年になって初めて狂言のために何かできたら、と思えるようになったのは、自分でもうれしいですね。