

中小企業経営者の高齢化が進んでおり、数年後には後継者不足による休業・廃業・解散が増えることが予想されている。事業承継を円滑に進めるための支援として、経営者交代や事業再編、M&Aなどを機に行われる新しいチャレンジに対する事業承継補助金がある。
今回は、事業承継補助金の内容や要件、補助金の額や交付までの流れなどを、2018年度補正予算による事業承継補助金の公募要領に沿って解説する。
目次
「事業承継補助金」とは?
中小企業の多くは、経営者の高齢化に伴って深刻な後継者問題を抱えている。2019年2月5日に中小企業庁が発表した資料によると、今後10年で70歳を超える中小企業・小規模事業者の経営者は約245万人になり、約半数の127万人(日本企業全体の3分の1)は後継者が決まっていないという。
このままでは多くの中小企業が休業や廃業に追い込まれ、10年間で約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われる可能性があるとしている。
参照:中小企業庁HP 基本問題小委員会配布資料「事業承継・創業政策について」
「事業承継補助金」は、中小企業の事業承継を円滑にするための「事業承継・世代交代集中事業」の取り組みの1つだ。後継者不在によって事業継続が困難になることが見込まれる中小企業や個人事業を経営者交代やM&Aなどによって承継し、それを機に新しいチャレンジを行う際の経費を補助するものである。
令和2年度の「事業承継・世代交代集中事業」の概算要求額は50億円で、前回(平成30年度補正予算)と同額だ。実際の公募内容は発表されるまでわからないが、今年度も事業承継補助金が公募される可能性は高い。
参照:経済産業省HP令和2年度経済産業政策の重点、概算要求・税制改正要望について
補助金の対象は“新しいチャレンジ”
補助金の対象は、事業承継後の新しいチャレンジに伴って支払われる経費と、古い事業の廃業にかかる経費の一部だ。新たなチャレンジを支援する制度なので、以下の内容を伴う経費である必要がある。
・新商品の開発または生産
・新役務の開発または提供
・商品の新たな生産または販売の方式の導入
・役務の新たな提供の方式の導入
・上記によらず、その他の新たな事業活動による販路拡大や新市場開拓、生産性向上など、事業の活性化につながる取組、事業転換による新分野への進出など
事業承継補助金の2つのタイプ
事業承継補助金には、後継者承継支援型(Ⅰ型)と事業再編・事業統合支援型(Ⅱ型)がある。事業承継の形態によって、Ⅰ型でしか申請できないケース、Ⅱ型でしか申請できないケース、Ⅰ型またはⅡ型で申請できるケースがある。
I型:後継者承継支援型
Ⅰ型は「経営者の交代」が前提として、新しい承継者(新しい経営者)が事業承継を機に新しいチャレンジを始めるための補助金である。
たとえば個人事業主A(先代)から事業を引き継いだ個人事業主B(後継者)が、市場開拓のために、新商品開発に必要な設備を購入するようなケースが考えられる。
そのほか、Ⅰ型の申請対象となる事業承継の形態には、以下のようなものがある。
Ⅰ型の対象となる事業承継の形態 | ・個人から個人への事業譲渡 ・法人から個人への事業譲渡(※) ・同一法人内での代表者交代 など |
(※)Ⅱ型で申請するケースもある
個人が法人の経営者となる「法人成り」は原則的に補助金の対象にならないが、法人成りをする個人事業主が、一定期間内に別の個人事業主から事業を承継している場合などは、Ⅰ型の申請対象になることがある。
・承継者に一定の経歴が求められる
Ⅰ型を申請する場合、承継者には「3年以上の経営経験」「同業種での6年以上の実務経験」「創業・承継にかかる一定の研修等の受講歴」のいずれかが求められる。
Ⅱ型:事業再編・事業統合支援型
Ⅱ型は経営者交代のない、M&Aなどによる事業承継が対象だ。後継者不在によって事業再編・事業統合などを行わなければ事業継続が困難になることが見込まれる場合に限られる。法人が行っている事業を承継するケースが多いが、個人から承継するケースもある。
Ⅱ型の対象となる事業承継の形態 | ・法人同士の吸収合併、吸収分割、事業譲渡、株式交換、株式譲渡、株式移転、新設合併 ・法人から個人への事業譲渡または株式譲渡のうち一定のもの ・個人から法人への事業譲渡のうち一定のもの |
なお、事業承継が申請時点で完了していない場合は、I型と同様に承継者に一定の経歴が求められる。
・共同申請が必要になることも
原則的に承継者が補助金を申請することとなるが、事業再編・事業統合を伴う事業承継において、その事業承継が交付申請以降に行われる場合、承継者は承継される側やその関係者と共同で申請しなければならないことがある。
事業承継補助金の詳細について解説!
それでは、事業承継補助金を受けるための要件、対象となる経費、補助金上限額、申請から交付までの流れを確認していこう。
事業承継の要件 補助対象となる事業者は?
補助金の対象となるのは、以下に該当する中小企業、個人事業主、特定非営利活動法人だ。
業種 | 資本金の額等 | |
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補助対象となる中小企業等の規模 | 製造業等 | 資本金の額又は出資の総額が3億円以下又は常時使用する従業員の数が300人以下の中小企業等 |
卸売業 | 資本金の額又は出資の総額が1億円以下又は常時使用する従業員の数が100人以下の中小企業等 | |
小売業 | 資本金の額又は出資の総額が5,000万円以下又は常時使用する従業員の数が50人以下の中小企業等 | |
サービス業 | 資本金の額又は出資の総額が5,000万円以下の会社 又は常時使用する従業員の数が100人以下の中小企業等 |
また、以下の要件も満たす必要がある。
補助対象になる事業者の主な要件 | ・日本国内に拠点もしくは居住地を置き、日本国内で事業を営む者であること(個人事業主は、青色申告者である等の要件もあり) ・地域の雇用の維持、創出や地域の強みである技術、特産品で地域を支えるなど、地域経済に貢献している企業であること ・法令順守上の問題を抱えていないこと ・経済産業省から補助金指定停止措置または指名停止措置が講じられていないこと ・補助対象事業に関する情報について、統計上公表される場合があることについて同意すること ・事務局からの調査やアンケート等に協力できること |
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対象となる経費
補助金の対象となる経費には、新しいチャレンジのための「事業費」と、それまでの事業を転換するための「廃業費」があるが、以下の要件を満たし、かつ事務局が必要かつ適切と認めたものに限られる。
・使用目的が本事業の遂行に必要なものと明確に特定できる経費
・事業を承継する者が交付決定日以降、補助事業期間内に契約・発注を行い支払った経費(原則として、被承継者が取り扱った経費は対象外)
・補助事業期間完了後の実績報告で提出する証拠書類等によって金額、支払等が確認できる経費
具体的には、以下の費目が対象となる。
事業費の費目 | 人件費、店舗等の借入費、設備費、原材料費、知的財産権等関連経費、謝金、旅費、マーケティング調査費、会場借料費、外注費、委託費 |
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廃業費の費目 | 廃業登記費、在庫処分費、解体・処分費、原状回復費、移転・移設費用(※) |
(※)移転・移設費用はⅡ型の場合のみ計上できる。
補助金の対象となるのは、原則として補助事業期間中に契約・発注から支払いまでが行われた経費だ。補助事業期間とは、補助金の交付決定から事業完了日までの期間のことだ。
ただし、交付決定前の発注に係る経費や、補助事業期間後に支払われる経費でも、それが補助事業期間内の経費と認められれば、補助金の対象となることがある。なお、「廃業費」は単独で申請することはできず、「事業費の上乗せ」として扱われる。
補助金上限額
補助金の上限額は、申請内容によって対象となる経費の3分の2以内、または2分の1以内になる。
Ⅰ型、Ⅱ型それぞれに上限額が設定されており、「廃業費」の交付申請があれば補助金額が上乗せされる仕組みだ。
・Ⅰ型の最高額は500万円
Ⅰ型では、「小規模事業者」からの交付申請のほうが補助率、上乗せ額ともに高い。
申請内容 | 補助率 | 補助金額の範囲 | 上乗せ額 |
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・小規模事業者 ・従業員数が小規模事業者と同じ規模の個人事業主 | 2/3以内 | 100万円以上~ 200万円以内 | 300万円以内(補助上限額の合計は500万円) |
小規模事業者以外 | 1/2以内 | 100万円以上~150万円以内 | 225万円以内(補助上限額の合計は375万円) |
「小規模事業者」とは、以下の要件にあてはまる中小企業や個人事業主をいう。
製造業その他 | 従業員20人以下 |
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サービス業のうち宿泊業・娯楽業 | 従業員20人以下 |
商業・サービス業 | 従業員5人以下 |
・Ⅱ型の最高額は1,200万円
補助金の上限額は、Ⅱ型のほうが高い。ただし審査結果によっては補助率が下がるため、加点要素が多くなるように申請することがポイントになる。
申請内容 | 補助率 | 補助金額の範囲 | 上乗せ額 |
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審査結果上位 | 2/3以内 | 100万円以上~600万円以内 | 600万円以内(補助上限額の合計は1,200円) |
審査結果上位以外 | 1/2以内 | 100万円以上~450万円以内 | 450万円以内(補助上限額の合計は900万円) |
事業承継補助金の申請から交付までの流れ
補助金の申請から交付までの流れは、以下のとおりだ。
・新しいチャレンジについて検討する
↓
・認定経営革新等支援機関に相談する
↓
・認定経営革新等支援機関から「確認書」を取得する
↓
・必要書類を準備し、公募期間内に交付申請を行う
↓
・交付決定通知を受ける
↓
・補助金の対象事業を実施する
↓
・補助事業の完了報告を行う
↓
・金額の確定通知を受ける
↓
・補助金を請求する
↓
・補助金の交付を受ける
事業承継補助金申請に必要な書類
事業承継補助金に限らないが、補助金の申請期間は短い。申請する可能性があるのなら、過去の公募要項を見て、公募に必要な書類に見当をつけておき、公募があったときにスムーズに収集できるようにしておくことが大切だ。この項では、過去の公募要項を参考に必要書類を紹介する。
これらの公募要項の申請期間は終了しているため、参考程度に見ていただきたい。
1.認定経営革新等支援機関による確認書
2.承継者・被承継者が法人の代表者または個人事業主の場合
・住民票 (3ヵ月以内に発行されたもの)
3.承継者・被承継者が法人の場合
・履歴事項全部証明書(3ヵ月以内に発行されたもの)
・直近の確定申告書(確定申告書は、税務署受付印のあるもの。電子申告の場合は受付結果などを添付する。)
・直近の確定申告書の基となる直近の決算書(貸借対照表・損益計算書)
4.承継者・被承継者が個人事業主の場合
・直近の確定申告書B
・青色申告決算書
5.承継者・被承継者が特定非営利活動法人の場合
・履歴事項全部証明書(3 ヶ月以内に発行されたもの)
・定款
・直近の事業報告書・活動計算書・貸借対照表
6.その他
・承継者の要件を示す書類
例:「3年以上の経営経験」であれば会社の履歴事項全部証明書または閉鎖事項全部証明書(3ヵ月以内に発行されたもの)。「同業種での6年以上の実務経験」であれば、経歴書、在籍証明書等。
・加点事由に関する書類
・Ⅱ型の場合は、事業再編・事業統合のスキームがわかる模式図
・その他補足説明資料
など
繰り返しとなるが、上記は申請期間が終了した公募要項のものであるため、今後申請する際は、最新の公募要項を確認していただきたい。
事業承継補助金の事例
補助金の申請を検討している方は、過去にその補助金が交付された事例を見るのもよい。公募要項では、あくまで形式的な条件しかわからないが、実際の交付事例を見ると、「こんなものまで補助金の対象になるのか!」という発見もある。
事業承継補助金は、すでに何度か公募が行われているため、過去の事例が公開されている。この項では公開中の過去の事例のうち、ごく一部ではあるが、参考になりそうなものを紹介する。
新商品の開発または生産
・(畳製造業)和室の建具・表装具ワンストップ張替えサービス
→自動襖張替え機費、看板制作費、ホームページ開設制作費、折込チラシ制作費
新役務の開発または提供
・(クリーニング関連事業)インバーター脱水機の導入による新たなクリーニング効果の提案
→インバーター方式ふとんシャワー脱水機導入費
商品の新たな生産または販売の方式の導入
・(物産販売店)地域の特産品をプロデュースした自社商品の開発と高級路線向け販路開拓
→人件費、海底貯蔵用コンテナ導入費、商品検査費、新商品開発費
役務の新たな提供の方式の導入
・(建設業)個人事業の技術を統合した新たな総合建築サービス事業への進出
→新規店舗改修工事費
その他の新たな事業活動による販路拡大や新市場開拓、生産性向上など
・(農業)消費者の健康を守る新品種導入と国産麦の生産性・品質向上の取組
→ドリルシーダー導入費
・(飲食店)高齢化社会とインバウンド需要を担う景勝地飲食店のバリアフリー計画
→店舗バリアフリー改修工事費、トイレ改修費等
この他にもさまざまな業種が補助金の交付を受けている。他の事例やそれぞれの経緯、事業規模などを詳しく見たい方は、下記のホームページから検索していただきたい。
事業承継補助金事務局HP:「事例集」
事業承継補助金申請の注意点
事業承継補助金の申請に関しては、要件を満たしている必要があり、さらに申請期間も短いため、注意しなければならないポイントがある。
申請者を確認する
事業承継補助金の申請は、原則として承継者が単独で行うが、承継者と被承継者の共同申請でもよい場合と、承継者と被承継者の共同申請でなければならない場合がある。
・共同申請でもよい場合
承継者(買い手側企業)が行う経営革新等に係る取り組みが被承継者(売り手側企業)の経営革新等に係る取り組みと一体であり、不可分な場合
・共同申請でなければならない場合
複数の被承継者による事業再編・事業統合を伴う事業承継が交付申請以降に行われる場合(複数の被承継者との共同となる)
・事業再編・事業統合を伴う事業承継が交付申請以降に行われる場合
事前の準備が大切
事業承継補助金の前回の公募期間は、約2ヵ月間であった。しかし経営者にとって事業承継は、一世一代の決断を伴うものであり、たった2ヵ月で申請の準備をすることは不可能だ。今後の公募スケジュールはわからないが、この補助金に少しでも興味がある方は、早めに認定経営革新等支援機関に相談し、計画を練ることが大切である。
認定経営革新等支援機関とは、税務、金融及び企業財務に関する専門的知識や支援についての実務経験が豊かな個人や法人(主に公認会計士や税理士、金融機関、コンサル企業など)で、国が認定した支援機関のことである。税理士、中小企業診断士、公認会計士、司法書士、行政書士など士業や、商工会や商工会議所、コンサルタントなど幅広い業種が認定されている。
中小企業庁HP:経営革新等支援機関について
事業承継補助金が交付されたら報告を
事業承継補助金について、I型・Ⅱ型の違いや、補助金を受けるための要件、申請から交付までの流れなどを解説した。要件や申請には難解な部分もあるが、認定経営革新等支援機関から継続的なサポートを受けられるため、積極的に申請を検討していただきたい。
なお、補助金が交付された後は、補助事業の収益を示す資料を5年間作成し、一定以上の収益があった場合はそれを事務局に報告しなければならない。その際、補助事業の収益と補助対象経費の差額の一部を納付しなければならない場合があることを覚えておこう。
文・中村太郎(税理士)