
事業承継を見据えている経営者にとって、事業承継税制は魅力的な制度だ。しかし、適用要件が細かい点には要注意であり、各要件を正しく理解しておく必要がある。本記事では適用要件を一覧でまとめたので、検討中のオーナーは各要件をさらっと確認していこう。
目次
事業承継税制とは?ひと目でわかる制度の仕組みと改正点
事業承継税制とは、簡単にいえば事業承継に関する納税が猶予される制度のこと。たとえば、一定の要件を満たした形で後継者が株式を引き継ぐと、相続税・贈与税の支払いを遅らせることができる。
資金が限られた中小企業にとって、納税のタイミングを遅らせる意味合いは非常に大きい。事業承継を進める際に多額のコストが発生し、承継後になってから資金繰りに苦しむケースも決して珍しくないためだ。
さらに事業承継税制では、一定の要件を満たしながら会社経営を続けることで、半永久的に納税が猶予、もしくは実質的に相続税・贈与税が免除されることもある。本記事では制度の詳細は割愛するが、非常にメリットが大きい制度であるため、事業承継を見据えている経営者はぜひ利用を検討してもらいたい。
平成30年度の改正で何が変わった?改正点をチェック
本記事で解説する事業承継税制は、もともとは平成21年の税制改正によってつくられた制度。当時から中小企業の事業承継をサポートする制度ではあったものの、その利用頻度は決して高いとはいえなかった。
この点に危機感をもった政府は、中小企業の事業承継をより積極的に支援するために、平成30年度に新制度を創設した。以下でまとめた改正前・改正後の概要を比べれば、中小経営者にとってさらに魅力的な制度になったことがわかるはずだ。
改正点 | 改正前(一般)の概要 | 改正後(特例)の概要 |
---|---|---|
対象に含まれる株式 | 発行済議決権株式総数の3分の2 | 全株式 |
相続税の猶予割合 | 80% | 100% |
後継者 | 1人 | 最大3人まで適用 |
相続・贈与を行う者 | 先代経営者のみ | 複数の株主 |
相続時精算課税 | 推定相続人等後継者のみ | 推定相続人等以外も適用可 |
簡単にまとめれば、平成30年度に新設された特例事業承継税制では節税効果がより大きくなり、対象に含まれるケースも広がった。詳しくは後述するが、適用要件が緩和されている点もしっかりと理解しておきたいポイントだ。
ただし、この特例には適用期限が設けられている。2027年12月31日までの事業承継が対象であり、さらに2023年3月31日までに「特例承継計画」を提出する必要があるので、この適用期限を強く意識してスケジュールを組んでおきたい。
会社に関する要件
ここからは、新制度も含めた事業承継税制の適用要件について解説していく。事業承継税制の要件は、大きく「会社・後継者・先代経営者」の3者に対して設けられているので、スムーズに理解するためにまずは会社に関する要件から見ていこう。
会社に関する要件の中で最初に押さえておきたいポイントは、承継法上の「中小企業者に該当するかどうか」だ。事業承継税制は中小企業者のみに適用される制度であり、中小企業者としてみなされるには以下の要件をすべて満たす必要がある。
○中小企業者の主な要件(承継法上) 【1】非上場会社である 【2】資産管理会社に該当しない(※特定の資産額や資産収入が、一定の基準を超えていない) 【3】医療法人や風俗営業会社に該当しない 【4】資本金や従業員数に関して、以下の要件を満たしている ・卸売業…資本金1億円以下、または従業員数100人以下 ・小売業…資本金5,000万円以下、または従業員数50人以下 ・サービス業…資本金5,000万円以下、または従業員数100人以下 ・製造業など、その他の業種…資本金3億円以下、または従業員数300人以下 |
特に注意をしておきたいのは、業種ごとに中小企業者の要件が定められている点。会社の規模がそれほど大きくなくても、業種によっては上記【4】の要件を満たせない恐れがあるだろう。
また、事業承継税制では上記の中小企業者に関する要件に加えて、以下のような要件も設けられている。
○事業承継税制の会社に関する主な要件 ・納税猶予の税額および利子税の額に見合う担保を、税務署に提供すること ・承継開始から8ヶ月以内に申請し、都道府県知事からの認定を受けること ・会社の状況に関して、適用後にも都道府県および税務署に対して報告を続けること ・一定の雇用確保要件を満たすこと |
事業承継税制の納税猶予は、承継をした直後にだけ適用されても大きなメリットは得られない。継続的に納税が猶予されなければ、後継者の負担を減らすことは難しいだろう。
そこで特に意識しておきたい要件が、上記の「雇用確保要件」だ。納税猶予を継続的に受けるには、以下の雇用確保要件を満たす必要がある。
改正前(一般)の雇用確保要件 | 改正後(特例)の雇用確保要件 |
---|---|
承継後5年間で、平均して8割の雇用維持が必要。 | 原則としては、改正前の制度と同様の要件。ただし、理由を記載した報告書を提出し、都道府県知事からの認定を受けられれば、引き続き納税が猶予される。 |
上記を見てわかる通り、平成30年度の税制改正では雇用確保要件にも変更が加えられたため、その点も合わせて理解しておこう。
後継者に関する要件
先述でも軽く触れた通り、事業承継税制の対象に含まれる後継者は、平成30年度の税制改正によって1人から3人に変更された。制度の恩恵を得られる対象者は広がったといえるが、一般・特例のどちらの制度を利用する場合であっても、後継者は以下の条件を満たさなくてはならない。
○事業承継税制の後継者に関する主な要件 ・承継の翌日から5ヶ月を経過する時点で、会社の代表者であること ・一族で50%を超える議決権を保有していること ・一族の中で筆頭株主であること(特例の場合は上位3人まで) ・少なくとも総議決権数の10%を保有していること |
たとえば、相続人の間で「誰を代表者にするか?」という話がまとまらず、事業承継の翌日から5ヶ月以上の期間が経過すると、事業承継税制の適用は受けられないので要注意だ。それに加えて、議決権や保有株式数に関する要件は、「相続時点・贈与時点」が基準日となる点も意識しておきたい。
さらに事業承継の手段によっても、以下のように後継者に関する要件はやや変わってくる。
相続で承継する場合の要件 | 贈与で承継する場合の要件 |
---|---|
・相続直前に会社の役員を務めていた (※60歳未満で死亡した場合を除く) | ・20歳以上である ・役員就任から3年以上が経過している (※いずれも贈与時点が基準) |
特に複数の後継者が存在するケースでは、後継者同士でトラブルや争いが発生する恐れがある。したがって、場合によっては事前に話し合いを行う、先代経営者がはっきりと意志を示すなど、事業承継をスムーズに進めるための対策も必要だ。
先代経営者に関する要件
事業承継税制では、後継者に相続・贈与を行う先代経営者についても以下の要件が定められている。
○事業承継税制の先代経営者に関する主な要件 ・会社の代表権を有していたこと ・承継の直前に、一族で50%を超える議決権を保有していること ・承継の直前に、一族の中で筆頭株主であること(後継者は除く) |
また、事業承継の手段として「贈与」を選ぶ場合には、贈与をする時点で代表を退かなければならない。つまり、承継後にも先代経営者が代表を務め、後継者のサポートを続けることはできないため、特に贈与によって事業承継を実施する場合は注意しておこう。
事業承継税制の適用要件をまとめてチェック!手続きも忘れずに
ここまで紹介したように、事業承継税制では「会社・後継者・先代経営者」の3者に対して細かい要件が定められている。中には混同しやすい要件もいくつか見受けられるため、「どの時点での要件か?」「誰に対する要件か?」については、しっかりと理解しておくことが重要だ。
以下の表を見ながら、各要件をもう一度おさらいしておこう。
要件の対象 | 主な要件 |
---|---|
会社 | ・承継法上の中小企業者に該当すること ・税務署に担保を提供すること ・期間内に都道府県知事からの認定を受けていること ・会社の状況を継続的に報告すること ・雇用確保要件を満たすこと |
後継者 | ・承継から5ヶ月経過した時点で、会社の代表者であること ・一族で50%を超える議決権を保有していること ・一族の中で筆頭株主であること(特例の場合は上位3人まで) ・少なくとも総議決権数の10%を保有していること ・相続の場合は、相続直前に役員を務めていること ・贈与の場合は、贈与時点で年齢が20歳以上であり、役員就任から3年以上が経過していること |
先代経営者 | ・会社の代表権を有していたこと ・一族で50%を超える議決権を保有していること ・後継者を除き、一族の中で筆頭株主であること ・贈与の場合は、贈与の時点で代表から退くこと |
ほかにも、「1人以上の従業員がいること」「収入がゼロではないこと」など細かい要件はいくつかあるが、特に押さえたいのは上記でまとめた要件だ。
また、対象株式を途中で手放したり、雇用確保要件を満たせなかったりした場合には、継続的な適用を受けられなくなる点にも注意しておきたい。そのため、要件に関連する会社の状況(雇用状況など)は、常に把握しておく必要があるだろう。
ちなみに、仮にすべての要件を満たしていたとしても、事業承継税制は自動的に適用されるわけではない。適用を受けるには手続きが必要になるので、以下でまとめた「手続きの基本的な流れ」もチェックしておこう。
事業承継税制の手続きの流れ(特例) | 概要 |
---|---|
【STEP1】特例承継計画の作成 | 認定経営革新等支援機関の指導・助言を受け、特例承継計画を作成する。 |
【STEP2】特例承継計画の提出 | 都道府県知事に特例承継計画を提出し、認可を受ける。 |
【STEP3】承継の実行 | 承継をする株式に関して、相続・贈与を実行する。贈与を選ぶ場合は、この時点で代表者を交代しておく必要がある。 |
【STEP4】認定申請 | 都道府県知事に認定申請を行い、認定書を受け取る。 |
【STEP5】申告期限後5年間の報告 | 都道府県知事に「報告書」、税務署に「継続届出書」を毎年提出する。 |
【STEP6】申告期限から6年目以降の報告 | 税務署に「継続届出書」を3年に1回提出する。 |
事業承継税制の適用自体は、【STEP4】までで完了となる。ただし、前述でも解説したように、継続的に納税猶予を受けてこそメリットが大きい制度であるため、【STEP5】~【STEP6】の報告も忘れてはいけない。
また、特例承継計画の作成に数ヶ月かかるケースも存在するので、事業承継を見据えている経営者や後継者は、早めに準備に取りかかることを意識しておこう。
事業承継税制の要件を正しく理解し、早めの準備を
事業承継税制ではさまざまな要件が設けられているものの、本記事のように「会社・後継者・先代経営者」の3者にわけて要件を理解するとわかりやすい。「誰に対して」「どのような要件が定められているか?」の2点を意識すれば、事業承継に向けて必要な準備が見えてくるはずだ。
また、事業承継税制の適用には手続きが必要になる点、場合によっては手続きだけで数ヶ月かかる点も忘れてはいけないポイント。中小企業にとって納税猶予を受けられるメリットは非常に大きいため、余裕をもって準備に取りかかることを意識しよう。
文・THE OWNER編集部