(本記事は、中村 隆文氏の著書『スコッチウイスキーの薫香をたどって』=晃洋書房、2021年9月30日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
シングルモルトは,なにが「シングル」なのか?
「シングルモルト」とはよく耳にする単語かもしれないが,これは,同一蒸留所内で製造されたモルトウイスキーの総称である。つまり,同一蒸留所内のモルトウイスキー同士をブレンドさせたものもシングルモルトと呼ばれるのだ。以前,ウイスキー通を自称するおじさんが「シングルモルトは混ぜていないピュアなウイスキーなんだよ……知ってたかい?」と,連れの女性にレクチャーする場面に出くわしたことがあるが(もちろん,Barでそれにいちいち突っ込むほど野暮ではないが),厳密にいうならば,世間一般に「シングルモルト」と銘打って販売されているものの多くは,「異なる樽のモルトウイスキー同士が同一蒸留所内でおそらくは混ぜられているであろうスコッチウイスキー」なのである。
大桶で仕込むことは“vatting”(ヴァッティング)と呼ばれるが,ここから,かつては大桶に混ぜる形で仕込まれた複数ウイスキーの混合形態は“vatted whisky”と呼ばれていた。しかし,これだけではその蒸留所で作られたモルトが混ざっているのかグレーンが混ざっているのか,あるいはその蒸留所と他の蒸留所のいろんなものが大桶で仕込まれたのかがいまいち判明しない。ゆえに,現在では,その蒸留所内のモルトウイスキーだけを使用したものはシングルモルト,複数蒸留所のモルトウイスキーを使用したものはブレンデッドモルト,と呼ばれるようになった(vatted whiskyという区分は現在は使用されていない)。
つまり,ここでいう「シングル」とは「単一蒸留所」という意味であって,シングルの樽,すなわち一つの樽という意味ではない。一つの樽に入っているモルトウイスキーを混ぜることなくそのまま瓶詰して販売する場合,一般的にはシングルカスクと表示される。また,これと似た表現であるカスクストレングスとは,ボトル詰めの際に加水することなく樽からそのまま取り出したもの─一般的にはアルコール度数40%を遥かに超える「強さstrength」をもったもの─という意味であるが,それがシングルカスクかどうかはまた別の話である(というのも,カスクストレングスでも複数の熟成樽から取り出した未加水のもの同士を混ぜているということもありうるので)。もっとも,ほとんどの場合,カスクストレングスはシングルカスク(もしくはシングルバレル)であるのだが,逆に,シングルカスク(シングルバレル)には加水済みのものも可能性としてはある。
シングルモルトに話を戻すならば,もちろん混ぜていない,一つの樽から瓶詰されたシングルモルトも可能性としてはありうるのだが(定義上,そして論理上,混ぜられていない単一樽由来のものはすべて「シングル」なはずなので),同じ蒸留所内でつくられた異なるモルトウイスキー樽の中身を混ぜていたとしても─そしてたとえ混ぜるモルトウイスキーの熟成年数が違っていても─それはやはり「シングルモルト」と呼ばれるし,そのように表記されている。
ちなみに,ウイスキーのボトルに表示される熟成年数「5年」「10年」「12年」などは,使用されている樽熟成の原酒の最低年数を表示しているので,「12年」と表示されているウイスキーに18年や20年を超えるものが混合されていることは普通にある(これはシングルモルトウイスキーであれブレンデッドウイスキーであれ同じ)。
ブレンデッドも大事!
「ブレンドされたウイスキー」と呼ばれるものは,純潔性・純粋性のイメージにこだわりがちな人たちからするとどうしても安っぽくみられがちであるのだが,ブレンドされたウイスキーにもいろいろある。そもそも,現在のシングルモルトブームそのものが,1960年代以降のものにすぎない。1963年,「グレンフィディック」のオーナーであるサンディ・グラント・ゴードンがニューヨークにシングルモルトを売り込みに行ったときにはそれは無謀な挑戦と言われたものであったが,それが実を結び,昨今のシングルモルトブームがある。しかし,それ以前はブレンデッドが主流であった。とりわけ,第二次世界大戦以前はモルト作りやモルトの仕入れに限界がある時代でもあり,モルトウイスキーにグレーン(穀物)を使用したグレーンウイスキーを混ぜることはごく当たり前であったし,他の蒸留所で作られたモルトウイスキーと自社製品のモルトウイスキーを混ぜることもごくありふれていた。
分類上,(1)異なる蒸留所同士のモルトウイスキーを混ぜたものはブレンデッドモルトウイスキー,(2)異なる蒸留所同士のグレーンウイスキーを混ぜたものはブレンデッドグレーンウイスキーと呼ばれる。
当然,(1),(2)とは異なる区分として,(3)モルトウイスキーとグレーンウイスキーがブレンドされたブレンデッドウイスキーと呼ばれるものがある。このブレンデッドウイスキーこそが,世界にウイスキーを広めた主戦力であった。大量生産ゆえにそこそこの品質のものであっても手軽に飲めるような価格のもとで市場を席捲し,しかしモルトウイスキーの伝統を保持しているということでスコッチへの門戸を開放し,多くの人を誘うきっかけともなったのだ。しかし,だからといってモルトウイスキーよりもブレンデッドが安っぽいというわけではない。たしかにブレンデッドは大量生産しやすいため価格もお手頃になりやすく,全般的にみれば大衆向きであるには違いないが,「ジョニー・ウォーカー」「シーバスリーガル」「バランタイン」「ロイヤルハウスホールド」など,日本でよく知られるブレンデッドのスコッチ(blended scotch whisky)のなかにはものすごく高価なものもある。
ところで,ブレンデッドウイスキーの場合,混ぜられるそれぞれのウイスキーは同一蒸留所内のものかどうかは問題とならない。ブレンデッドウイスキーは多くの場合「キーモルト」と呼ばれる軸となるモルトウイスキーに,数種類のモルトウイスキーとグレーンウイスキーを加えることで全体の味が調整される。ブレンデッドウイスキーは─シングルモルトやブレンデッドモルトと同様に─毎年同じ味を再現することが求められるが,その調整・調合が非常に難しく,ワインのソムリエばりのテイスティング能力がブレンダー(調合する人)に要求される。つまり,鋭い味覚と嗅覚はもちろんのこと,調整能力や緻密な計算が求められるのだ。ゆえに,「安っぽい混ぜ物」のイメージとは大きくかけ離れた,一種の芸術作品であることを知っておいてもらいたい1)。
注
1) といっても、シングルモルトの場合にもブレンダーが (多くの場合は蒸留所内に)いるわけで、結局のところ、ウイスキーそのものが1つの芸術ともいえるものである。