株式譲渡は、合併と並んで国内の中小企業のM&Aで多く行われている手法の一つで譲渡する側の企業の株式を譲り受ける側の企業に譲り渡して会社の経営権を移動させる手法である。株式譲渡の際における経営者の関心は、「譲渡にあたりどのような税金が課せられるのか」ということが多いのではないだろうか。
そこでこの記事では無償の株式譲渡における株主総会や取締役会での譲渡の承認や株主名簿書き換えなどの株式譲渡の手続き、株式譲渡によって課される税金や契約書の作り方について解説していく。
目次
株式譲渡の税金は単純ではない!個人・法人で取り扱いが異なる
等価交換による対価を受け取る譲渡の場合、そこで得た利益に対して譲渡する側に所得税や住民税が課税される。一方、親族、知人、従業員に無償で株式を譲渡する場合も考えられるが、その場合の税金は単純ではない。株式譲渡を無償で行う場合、通常の株式譲渡とは異なる点があり、特に税金面ではその違いはとても際立っている。
無償で株式譲渡を実施する際、無償譲渡特有の税制についてしっかりと把握しておくことが重要だ。また相手が「個人なのか」「法人なのか」によって取り扱いが変わってくるため、「誰に対する譲渡なのか」についてしっかりと認識する必要がある。株式譲渡を無償で行う場合、通常の株式譲渡とは異なる点がほかにもいくつかあるため確認していこう。
株式譲渡の手続きについて
通常、株式を譲渡する場合は、株式の価格を算出し対価を支払う形で行われる場合が多い。一方、無償で株式譲渡が行われる場合もある。無償だからこそ対価の支払いという客観的証拠が残らないので、きちんとした手続きや、証拠書類の整理などの手順を踏んでいく必要がある。無償の株式譲渡の手続きは、対価の支払いがないという点を除いて基本的に通常の株式譲渡と同じだ。以下、相違点について詳細に解説していく。
株式譲渡契約書の締結
まず株式譲渡契約書を締結する。通常の有償で行われるM&Aでは、その対価の額がいくらになるのかが重大な関心事の一つだ。そのため財務や労務、法務でのDD(デューデリジェンス)などに多くの時間と経費をかけて最終的な契約の締結までたどり着くのが一般的である。しかし無償での譲渡は、親族間や従業員・取引先など親しい関係で行われることがほとんどのため、契約書は作成しないことも多い。
もちろん株式譲渡は、様式契約ではなく口約束でも成立する諾成契約であるため、有償無償を問わず法律的には契約書の作成は不要だ。しかし親しい関係だからこそ紛争が発生してしまう可能性があるため、できるかぎり株式譲渡契約書を作成しておくことが推奨される。
株式譲渡契約書の記載内容
無償による株式譲渡契約書の記載内容はさまざまだが後々のトラブルを回避する目的から以下の3つの内容は最低限記載しておきたい。
- 1「無償」で株式を譲渡する旨(対価が無償であることを明示する)
- 2ほかの第三者に株式譲渡を行わない旨(株主総会や取締役会での承認を前提としているため)
- 3株式譲渡の後に名義の書き換えを請求する旨(株主名簿の書き換えの請求は、新旧株主が共同で行う必要があるため)
有償で行われる通常のM&Aでは非常に長大な取り決めがある一方で無償の株式譲渡は非常に簡素な傾向だ。しかし内容を周知しておいたり後で水掛け論になったりしないためにも株式譲渡契約書の作成は必須という認識を持っておいたほうが良い。
譲渡承認請求
無償譲渡を行うような会社の場合、株式に譲渡制限がついていることが多い。そのため株主総会または取締役会で無償譲渡の承認を行うことが必要だ。譲り渡した株主は、会社に対して譲渡の承認の請求を行う。株式数、譲り渡し先の氏名また名称などの必要事項を明らかにして譲渡承認請求をすることになる。
株主総会・取締役会での譲渡の承認
会社に譲渡承認請求をしたら会社側の承認手続きに移行する。譲渡の承認について具体的にどの機関で行うかは定款と法令を確認してほしい。しかし取締役会設置会社においては、原則的に取締役会で承認をすることが必要だ。そうでない場合、株主総会の承認が必要である。これも契約書のときと同様、無用なトラブルを避けることを心がけたい。
そのため口約束ではなく議事録を作成し承認された旨を必ず記載しておく。株主総会や取締役会で譲渡の承認の決議を行った場合、会社法299条により原則として請求された日から2週間以内(公開会社でない場合は1週間前)に通知を行うことが必要だ。ただし通知が行われない場合、承認をしたものとみなされる。なお正式な譲渡契約の締結は、会社の譲渡承認後に行われる。
株主名簿の書き換え
株主名簿とは、会社の株主を一覧にして名前、住所、保有株式数などの必要事項を明らかにしたものである。株券不発行会社の場合、株券という客観的な譲渡の証拠がないため、新旧株主が共同で会社に株主名簿の書き換えの請求を行うことが必要だ。会社はその請求に応じて株主名簿の書き換えを行う。無償の株式譲渡では、客観的証拠である対価の交付がないため、この手続きを漏らしてはならない。
近年の会社は株券発行会社でない場合が多いため、客観的に株主が誰かを参照できるのは株主名簿となる。忘れがちな手続きであるが株主名簿を書き換えなければ株式を取得した側は正式な株主として認められない可能性もあるため、この手続きは非常に重要だ。特に中小企業の場合は株主名簿を作成していない会社も多い可能性があるが、これを機にきちんとした株主名簿を備え置くことを心がけておこう。
株式譲渡の2つのメリット
無償で事業を引き継ぐには、株式譲渡のほかにも事業譲渡や合併など組織再編による方法がある。組織再編に比べて株式譲渡には、どのようなメリットがあるのだろうか。
・1手続きが簡便
無償で事業を譲り受ける手法では、「手続きを簡便にできる」という点が大きなメリットになる。株主は登記事項等ではないので契約を締結し取締役会や株主総会の承認を得て株主名簿の書き換えを済ませたら手続きは完了だ。個別の不動産の登記手続きや、債権者保護手続きなどの煩雑な手続きは不要である。
・2空白期間を作らず事業を存続できる
会社や事業を切れ目なく存続できることもメリットの一つだ。単に株主が変わるだけなので原則として取引先や顧客との関係が変化することはない。ただし例外として「チェンジオブコントロール条項(COC条項:Change of control)」を締結している場合は、個別に対応をすることが必要だ。
個人から個人に譲渡する場合の税務
個人の株主が個人へ無償で株式譲渡を行うケースを考えてみたい。親族間や従業員への株式譲渡が想定される。「譲渡する側」「譲渡される側」は、それぞれにどのような税金が課税されるのだろうか。
譲渡する側の税金
株式は一般的に有価証券とも呼ばれる資産であるため、価値があることは周知の事実だ。本来価値がある株式を無償で譲渡するため、譲渡する側は損をすることになる。所得はマイナスとなるため税金は課税されない。しかし所得がマイナスだからといって無償で譲渡した場合は、ほかの所得(ほかの株式を有償で譲渡して利益が出ている場合など)と損益通算して税金を少なくすることはできないので注意が必要だ。
譲渡される側の税金
譲渡される側からすると資産を受贈することになるため、贈与税が課税される。しかしその年の1月1日~12月31日までの間にほかに贈与された資産と合算して年間110万円を超えない場合は、贈与税は課税されない。なお上場会社でない場合、株式には市場価値がなく客観的指標に乏しくなるため、贈与税を計算するときの上場株式以外の株価は会社ごと通達に定められた方法で算出する。
厳密な計算方法については非常に専門的かつ煩雑であるため、税理士などの専門家へ相談することがおすすめだ。
個人から法人に譲渡する場合
個人から法人への無償譲渡のケースの場合は、以下の通りになる。
譲渡する側の税金
無償で株式を譲渡するため、一見課税がないように感じるかもしれない。しかし所得税の対象となる個人から法人税の対象となる法人へ譲渡する場合、2つの税制で課税のされ方が異なるため、株式の含み損益について無償とはいえ、いったん清算することが必要だ。そのため法人に譲渡する場合、無償であっても所得税が課税されることになる。
具体的には、株式譲渡時の時価を算出しその時価から取得費用と譲渡費用を控除したものがプラスになった場合、譲渡所得があったものとして課税されるのだ。そのプラスになったものに20.315%(復興所得税含む)を乗じたものを確定申告時に納付することになる。手元のキャッシュフローが増えたわけではないのに課税がなされる点は、注意しておきたい。なお時価の算定については、複雑なので税理士などの専門家へ相談することが賢明だ。
譲渡される側の税金
株式が無償譲渡された場合、会社の貸借対照表上、株式を資産として計上する必要がある。その資産は、取得時の時価で測定されるのが一般的だ。資産が増加するため、複式簿記の性質上、相手勘定として受贈益を計上する必要がある。その利益に対して法人税が課税されるのだ。無償譲渡で株式を受け入れた場合、その時価が丸々受贈益として計上されることになるのである。
法人から個人に譲渡する場合
法人から個人への無償譲渡のケースの場合は、以下の通りになる。
譲渡する側の税金
法人が無償で株式を譲渡する場合、税金の計算は少し複雑になる。まず譲渡に際して取得価額で評価されている株式を時価で評価し直すことが必要だ。含み益がある場合、その含み益分資産の計上額が増加し、受贈益を計上。その増加した資産の金額分、個人に無償で譲渡したことになるため、内容によって「交際費等」「寄付金」「役員賞与」などの課税を受けることになる。
例えば得意先や仕入先その他事業に関係のある者に対する贈答と判断されれば「交際費等」となり交際費の損金算入限度額の範囲内で損金として計上。超えた部分に関しては、法人税がさらに課税される。また実質的に役員への利益供与であると判断されれば「役員賞与」と判断され、全額について法人税が課税されるのが一般的だ。
それ以外の場合は、原則として「寄付金」と判断され寄付金の損金算入限度額の範囲で損金として計上され超えた部分に関して法人税がさらに課税される。
譲渡される側の税金
法人から譲渡される側の個人は、その時価分だけ資産が増加することになるため、課税が行われる。贈与税は、相続税を補完する税金であるため、個人から個人への贈与にのみ課税されるものだ。そのためこの場合は、所得税が課税されることになる。株式を譲渡された人が会社の従業員や役員の場合は、給与所得や退職所得として課税がされ、そうでない場合は一時所得として課税がされる。
法人から法人に譲渡する場合
法人から法人へ株式を無償譲渡する場合の各税金は以下の通りだ。
譲渡する側の税金
譲渡する側に課せられる税金は、法人から個人への譲渡と同じだ。つまり含み益部分と時価部分それぞれにおいて法人税の課税の判定がなされる。
譲渡される側の税金
譲渡される側に課せられる税金は、個人から法人への譲渡と同じだ。つまり時価部分に関して法人税の課税の判定がされる。
以上のように通常の株式譲渡と異なり現金を受け取っていない側にも多くの税金が発生する可能性がある点には注意が必要だ。株式の無償譲渡を実施する際は、ケースにより内容が異なる可能性があるため税理士など専門家の助言を受けたうえで実施することが求められる。
贈与税の特例について
事業承継に伴う株式の贈与の場合は、事業承継税制の適用を受けることが可能だ。2018年の税制改正で自社株を引き継いだときの税負担が実質的にゼロとなる。これにより高齢化が進む中小企業経営者の世代交代を促し中小企業の廃業を抑えることが期待されている。これまで事業承継税制で納税が猶予されていた相続税・贈与税の税額は、その一部となる約53%(株式数の3分の2×80%)の猶予であった。
しかし改正後は相続税、贈与税ともに後継者が先代経営者から取得した株主にかかるすべての税金について全額が全額猶予される。猶予された相続税、贈与税は一定の要件を満たした場合、そのまま免除となるので事実上税負担なく株式を譲り受けることが可能だ。またこれまでの事業承継税制は、先代経営者と後継者1名の1対1の場合のみ適用することができた。
改正後は、先代経営者以外の贈与遺贈(少数株主からの譲り受けなど)、または複数の後継者(最大3名)への贈与、相続も納税猶予の対象だ。適用の対象が広がることでさまざまなパターンで事業承継税制が活用できるようになる。株式が複数の者に散らばっている場合や後継者を1人絞り切れない場合でも事業承継税制の活用ができるだろう。
さらに今回の税制改正では、事業承継税制を活用するうえで大きなリスクと考えられていた雇用確保の要件が緩和されている。税制改正前は雇用確保の要件のために適用も見送る経営者もいた。また業績悪化など一定の要件を満たした場合は結果的に株式を手放すことになっても(譲渡、組織再編、解散など)納税が一部猶予されることになる。
雇用確保要件については、これまで5年間の平均で雇用の80%以上を確保することが求められていた。そのため業績悪化などで雇用が確保できなければ納税猶予が打ち切られてしまい相続税、贈与税に利子税を加えて納税する必要があったのだ。経営悪化だけでなく相続税や贈与税の負担が求められ資金繰りに大きな負担となるリスクがあったといえるだろう。
しかし改正後は、雇用が確保できなくても都道府県知事に理由書を提出すれば猶予が継続される。理由書には、経営革新等支援機関の意見を記載することが必要だ。また改正後の事業承継税制を適用するには、2023年3月31日までに都道府県知事に特例承継計画を提出して認定を受ける必要がある。今後5年間で後継者の選定や具体的な承継計画などを策定してくのだ。
特例承継計画は、経営革新等支援機関の指導・助言を受けて作成することになっている。
株式の無償譲渡や事業承継は早めに専門家へ相談を
株式は価値のあるものではあるが、さまざまな事情から無償で経営権とともに譲り渡すことも多いだろう。株式の無償譲渡に関する制度は贈与税の特例も含めて複数の制度にわたるため複雑に入り組んでおり通常の有償での株式譲渡と異なる点も非常に多い。譲渡する側、譲渡される側のどちらにとっても思わぬところにトラブルの種や課税リスクが潜んでいることを忘れてはいけない。
そのため必ず税理士など専門家、できれば複数の専門家と相談のうえ事前準備を万全にして実行することが必要だ。また事業承継税制も「課税なしによる譲り渡しを認める」という従来の税制からは考えられない画期的な改正となっている。今後10年間で事業承継を考えている経営者は、一度顧問税理士と相談しメリットとデメリットを把握したうえで自分に合った譲渡方法を検討していくことが賢明だ。
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文・内山瑛(公認会計士)