アドバイザリー,契約
(画像=PIXTA)

M&Aは専門性が高く、成功事例よりも失敗事例が圧倒的に多いといわれている。売買が成立した時点で仲介業者の利益が確定するため、インセンティブの取得や昇進を目指す担当者は売り側や買い側にとって都合の悪い情報を隠す傾向がある。これは、性質上避けられないモラル・ハザードといえるだろう。

これを防止するのが「契約」である。条文の法的解釈をすべて理解する必要はないが、仲介業者のカモにならないようにチェックすべきポイントがある。本記事では、アドバイザリー契約を結ぶ前の注意点を整理した。買い側であれ、売り側であれ、M&Aを検討する方の参考になれば幸いである。

目次

  1. アドバイザリー契約とは?
  2. 【注意1】専任契約 or 非専任契約
    1. 専任契約のメリット
    2. 非専任契約のメリット
  3. 【注意2】仲介方式 or アドバイザリー方式
  4. 【注意3】秘密保持の内容を確認する
  5. 【注意4】報酬・費用体系を精査する
  6. 【注意5】直接交渉の条件を確認する
  7. 【注意6】途中解約の条項を盛り込む
  8. 【注意7】再委託は禁止する
  9. 大金が動く以上、慎重に!
  10. 事業承継・M&Aをご検討中の経営者さまへ
  11. 監修者紹介

アドバイザリー契約とは?

本題に入る前に、アドバイザリー契約について簡単に説明しておきたい。アドバイザリー契約とは、社外の事業者より業務に関するアドバイスを得るために結ぶ業務委託契約の一種である。M&Aの領域では、売り側または買い側が仲介会社・アドバイザリー会社から売買成立のための助言や提案を受けることを目的として契約を交わす。業界では、「アド契約」や「FA(Financial Advisory)契約」などとも呼ばれている。

M&Aが成立するまでの過程では、売り側の価値やリスクを適切に評価するデュー・デリジェンス(Due Diligence)や買い側のマーケティングなど、膨大な作業が発生する。これらは、税務や財務、法務など専門性を要する業務であり、自社では対応できない場合がほとんどである。よって、仲介会社やアドバイザリー会社といったビジネスが成り立つといえる。

ただし、前述のとおり仲介会社・アドバイザリー会社は完全成果主義の傾向が強いので、担当者が成約の障壁となるリスクの説明を怠る可能性がある。それを防ぐには、アドバイザリー契約を有利な条件で交わし、仲介業者と交渉できる余地を残しておくことが重要である。

【注意1】専任契約 or 非専任契約

最初の注意点は、仲介会社・アドバイザリー会社との契約形態である。契約形態は、大きく分けて「専任契約」と「非専任契約」がある。

専任契約とは、仲介会社・アドバイザリー会社を1社に限定するものである。契約期間内は、他の業者とアドバイザリー契約を結ぶことはできない。一方非専任契約では、複数の業者にアドバイザリー業務を委託できる。どちらの形態が自社にとって有利かを判断するには、両契約の性質を理解しておく必要がある。

専任契約のメリット

専任契約のメリットは、以下の2点である。

1.情報管理のリスクを低減できる

仲介会社・アドバイザリー会社は、売り側の内部情報を精査し、営業戦略を立案する。その際、複数の業者が買い側の獲得競争に走れば、売り側の情報が乱立するおそれがある。具体的にいえば、仲介業者が競合よりも速く買い側を獲得するために売り側の事業に関する情報を恣意的に操作するといったリスクが想定される。各々の説明内容に誤差が生じれば、企業の信用を失墜させることにもなりかねない。それを防止するには担当業者を1社に限定して、「どういった情報を買い手市場に提示するのか」といった戦略や情報管理を一元化するのが有効である。

また複数の業者とアドバイザリー契約を交わしていると、機密情報が漏洩した際に漏洩元を特定することが難しくなることにも気を付けなければならない。

2.仲介会社・アドバイザリー会社にとって優先度の高い顧客になる

売り側は、複数の業者を競争させたほうが条件の良い買い側を見つけられると思うかもしれない。しかし時間と労力を割いても成約に至らない案件は、費用対効果の観点から後回しにされるおそれがある。専任契約を結べば、仲介会社・アドバイザリー会社は成果を他の業者に取られる心配がないので、案件の優先度や買い側探しに対する意欲も高くなる。

非専任契約のメリット

非専任契約のメリットは、以下の2点である。

1.アドバイザーとのミス・マッチングを防止できる

専任契約では、業者の能力不足が発覚しても、契約期間が終了するまで業者を変更できない。非専任契約であれば複数の業者が関与するので、選りすぐりの担当者を指定できる。特に企業価値の査定は、担当者が作成する企業概要書によって大きく変わるため、技量に不信感を抱いたら思い切って業者を変えたほうがよいだろう。

2.買い手のアプローチ先を拡大できる

非専任契約の強みは、多くの会社から情報を収集できる点である。売り側は、より良い条件を提示する買い側に売却することを望む。しかし仲介業者・アドバイザリー会社が1社の場合、その業者がベストな買い側を紹介してくれたがどうかはわからず、その担当者を信じるしかない。

したがって、より良い条件を比較検討しながらM&Aを実行する場合は、非専任契約が適しているといえるだろう。

【注意2】仲介方式 or アドバイザリー方式

また、M&Aの交渉方式についても理解しておく必要がある。これには、「仲介方式」と「アドバイザリー方式」がある。

仲介方式とは、同じ仲介会社・アドバイザリー会社が売り側と買い側の間に入ってM&Aの交渉を進めるやり方である。交渉のスキームを自由に設計できるため、担当業者にとって有利な交渉方式といえる。売り側と買い側それぞれに、都合の良い情報を提供することもできる。金儲けを第一に考える担当者なら、その立場を利用することは容易に想像できるだろう。

うがった見方であるが、担当業者が責任を持つのは契約期間だけである。その後に発生する損失の責任は、当事者が負うことになる。それゆえ「説明責任が果たされているか」「エビデンスは適切か」などについて、注意深く精査しなければならない。

一方アドバイザリー方式では、売り側と買い側がそれぞれ仲介業者・アドバイザリー会社と契約して、双方のアドバイザー同士がM&Aの交渉を行う。それぞれの業者が委託者の利益を最大化しようと努めることがメリットである。ただし、アドバイザーは成約によって報酬が確定するので、利害は基本的に一致している。よって、仲介方式と同様のリスク管理が必要になるだろう。

このように、どちらの方式も利害関係の本質は変わらない。この点を意識して、担当者の意図を推し量る必要があるのだ。

【注意3】秘密保持の内容を確認する

次に、秘密保持の内容を確認しておこう。

仲介会社・アドバイザリー会社が企業価値やリスクを判断するために、売り手側は多くの内部情報を提供しなければならない。そのなかで、秘密情報として保護される対象の範囲や秘密情報の開示条件などについて、アドバイザリー契約を交わす際に仲介会社・アドバイザリー会社と相談しておいたほうがよい。当該情報の流出が第三者に損害を与える場合、責任の所在を特定するためにも別途「秘密保持契約」を結んでおくことが重要である。

【注意4】報酬・費用体系を精査する

M&Aに関する「報酬・費用体系」は、アドバイザリー契約で定めておいたほうがよい。

ここでのポイントは、「事前説明の内容と齟齬がないかどうか」を確認することである。口頭による事前説明と契約書の内容が異なることは珍しくない。また、業者によって報酬・費用体系は異なっている。ここでは、4つの主な費用項目を紹介する。

●着手金
着手金とは、仲介会社・アドバイザリー会社にM&Aの業務を依頼するために支払う手数料である。50万円から200万円が相場と言われているが、着手金を取らない業者もある。なお、着手金はM&Aが失敗に終わっても返還されないことに注意しなければならない。

●コンサルティング料
コンサルティング料は、別名「リテイナー・フィー(Retainer fee)」とも呼ばれている。これは、一定期間の継続的な業務に対して月額固定で支払われる顧問料と考えてよい。一般的に、コンサルティング料はM&Aが成立するまで発生する。したがって、成約までの期間が長くなるほど売り側と買い側の損失は大きくなる。なお、コンサルティング料を請求しない仲介業者もある。

●成果報酬
M&Aの成立に関する契約を締結した後に支払う手数料である。成果報酬の金額は、レーマン方式という計算式で算出する業者が多い。レーマン方式では、移動する金額に対して一定の手数料率を乗じることで成果報酬額を決定する。

【レーマン方式の表】

移動する金額 手数料率
5億円以下の部分 5%
5億円を超えて、10億円以下の部分 4%
10億円を超えて、50億円以下の部分 3%
50億円を超えて、100億円以下の部分 2%
100億円を超える部分 1%

たとえば移動する金額が13億円だった場合、それを「5億円以下の部分」「5億円を超えて、10億円以下の部分」「10億円を超えて、50億円以下の部分」の3つに分解することになる。すると以下のようになる。

・「5億円以下の部分」は5億円
・「5億円を超えて、10億円以下の部分」は5億円
・「10億円を超えて、50億円以下の部分」は3億円

これらに、手数料率をかけていく。「5億円以下の部分」の5億円には5%、「5億円を超えて、10億円以下の部分」の5億円には4%、そして「10億円を超えて、50億円以下の部分」の3億円には3%を乗じ、成功報酬額は5,400万円となる。

ただし、レーマン方式の算出基準となる移動金額に関しては、株式価格と負債総額を合算した「移動総資産」や、株式価格と有利子負債を合算した「企業価値」となる場合もあれば、M&Aで株式譲渡を実施した時の価格を示す「株式譲渡対価」となるケースもあるので、契約書の内容をしっかり確認すべきである。

●諸経費
一般的に、M&Aの成約に伴う諸経費は委託側が支払う。これは報酬とはまったく別のものである。たとえば、企業価値の選定に伴う現場視察の出張費用や契約書作成に要する弁護士の相談費用などがある。諸経費に関するルールも具体的に定めておくのが理想である。

【注意5】直接交渉の条件を確認する

仲介会社・アドバイザリー会社が売り側または買い側の交渉を代理するので、直接交渉は禁止されることが多い。ただし、業者によっては条件付きで直接交渉を許可するところがある。その場合、そのメリットを活かさない手はない。

例えば、仲介担当者は「成約に支障をきたす」可能性のある条件については交渉したがらない。莫大な報酬が確定するため、心理的に早く決着したいと思うことは当然である。このような状況に備えて、直接交渉の条件を事前に定めておく必要があるだろう。

【注意6】途中解約の条項を盛り込む

アドバイザリー契約には、「途中解約の条項」を盛り込んでおくことが重要である。受託側が委託側のリスクを考慮せずに成約に持ち込もうとした場合、契約を白紙にする手段を確保しておくことが賢明な判断といえよう。これは、担当者のモラル・ハザードを抑制する楔になる。

M&Aは、大きな経営判断である。交渉の途中で気が変わることもあるだろう。もしも途中解約の条項がなければ、契約期間中は費用を支払い続けなければならない。

「書面による事前通知で、いつでも契約を解除できる」といった、受託側のリスクが大きい条項を盛り込むことは難しいかもしれないが、妥当な期間を定めて事前に契約の解除を申し出るといった条項であれば問題ないだろう。なお、途中解約にあたって違約金を求められることもあるため注意しなければならない。

【注意7】再委託は禁止する

最後に、「再委託の禁止」に関する条項の記載を確認しておきたい。再委託の禁止を定めておかなければ、仲介会社・アドバイザリー会社が委託側の了承を得ないまま、別の会社や個人に関連業務を委託するおそれがある。

これは必ずしも直接的なリスクになるわけではないが、情報漏洩防止のためには事前に把握しておくべきである。また再委託によって業務の全体像が見えにくくなり、委託者と仲介会社・アドバイザリー会社との間に情報格差が生じる。これは、交渉が不利になる要因になり得る。

再委託の禁止を契約に盛り込む際、「~の場合に限って、第三者への委託を可能とする」といった例外条項が設定されることがある。例外条項が適用される場合に、事前通知や委託者の同意を得ることを義務づけるなど、情報共有のルールを明記しておくべきである。

大金が動く以上、慎重に!

  「アドバイザリー契約を結ぶ前に注意すべき7つのこと」を紹介した。

M&Aの成約においては大金が動くため、各当事者の立場を考慮して利害関係を読み解かなければ、リスク対策を講じることはできない。お金が集まるところに、欲望は集まる。ある条件において「誰が得をして、誰が損をするのか」を想像することは、交渉事において最も大切なことの一つである。

M&Aの失敗は、売り側、買い側、仲介業者・アドバイザリー会社が持つ情報格差が原因であることが多い。その意味で、担当業者を全面的に信用することは危険です。自社にとって有益なM&Aを実施するためには、優良な仲介業者を選定し、アドバイザリー契約によるリスク管理を徹底することが極めて重要になるといえよう。

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文・THE OWNER編集部

監修者紹介

斎藤弘樹
株式会社日本M&Aセンター 地域金融1部 部長
斎藤弘樹 (さいとう・ひろき)
一橋大学卒業後、外資系金融機関入社。 2012年日本M&Aセンター入社以降、地域金融機関と数多くのM&Aに携わり、後継者に悩んでいる、または更なる成長を志向する経営者に、M&Aという手段で会社の継続と発展を支援している。
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