(本記事は、中村 隆文氏の著書『スコッチウイスキーの薫香をたどって』=晃洋書房、2021年9月30日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
蒸留酒の一つ,「ウイスキー(whiskyもしくはwhiskey)1)」とは,大麦・ライ麦・小麦・トウモロコシなどの穀物のうちいずれか(もしくはその組み合わせ)を原料とし,そのでんぷん質をモルト(大麦麦芽)の酵素で糖化したのちにアルコール発酵させ,それを蒸留した酒類である。そのウイスキーの一ジャンルでありスコットランド発祥の「スコッチ」の主原料は大麦であり,そもそもの原酒は無色透明であるのでいわば麦焼酎のようなものであるが2),販売されている実際の日本のそれよりも琥珀色であり,樽の芳香に加え,なにか土臭い独特のクセがある酒という感じである。
同様に,大麦を主原料とするアイルランド発祥のアイリッシュウイスキーは滑らかで飲みやすく,コーンを主原料の51%以上含有している(アメリカンウイスキーの代表格である)バーボンは焦がした樽の香り,そしてそれと絡まりあった花の香のような力強い自己主張がある。
おおよそ,このようなイメージは間違ってはいないが,しかし,それは「傾向」ではあっても,それぞれのウイスキーの条件というわけではない。スコッチというものを理解するためには,外的特徴や印象だけでなく,何がスコッチであるかを決定づけている諸条件をきちんと指し示したうえで比較する必要があるだろう。
「スコッチ」は,スコットランドで作られるウイスキーであることはもちろんなのだが,それだけでなく,以下の規定(レギュレーション)にようにいくつかの条件が付されている(The Scotch Whisky Regulation 20093))。
スコッチの基本的条件
① (グレーンが加えられる場合も含め)モルトと水からつくられ,スコットランドの蒸留所において蒸留されたものであること。
② 粉砕したモルトやグレーン(mash)+水(お湯) → 麦汁(wort) → もろみ (ウォッシュwash) → 蒸留 といった製造過程がスコットランドの蒸留所において行われること。
③ 700リットルを超えないオーク樽での熟成
④ 3年以上樽熟成されていること(スコットランド国内の許可された場所4))。
⑤ 水と無味カラメル着色料以外は何も足されていないこと。
⑥ ボトルで販売されるものとしてアルコール濃度が40%以上であること5)。
以上がスコッチの(おおまかな)レギュレーションである。蒸留回数についての規定は特にないが,一般的にはスコッチは蒸留回数が2回のものが多い。1回目の蒸留ではアルコール度数20%程度のローワインと呼ばれるものができ,それを再度蒸留し,そこから出てくるヘッド(はじめの部分)とテイル(おわりの部分)を除いた,アルコール度数70〜80%程度の中留液(ニューポットもしくはニューメイク)が2回蒸留済みの「原酒」として取り出され,樽熟成へとまわされる(ヘッドとテイルは2回目の再蒸留器に戻されて有効活用される6))。
バーボンは蒸留回数1回が主流であり,アイリッシュは3回が主流であるので,スコッチは両者の中間ともいえる。しかし,蒸溜回数やその手法は各蒸留所の判断にまかされており,スコッチならではの正式な蒸留規定はない。スムースなテイストが特徴的なスコッチ「オーヘントッシャン(AUCHENTOSHAN)」の蒸留回数は3回である。また,モルト作りにおいてピート(泥炭)を燃料として使わなければならない決まりもない。昔であればいざ知らず,近代においては石炭やガスが使用されるケースも多い。
もちろん,3年間の樽熟成は「決まり」ではあるのだが,熟成にはどんな樽を使ってもよい。アメリカンオークであろうがスパニッシュオーク(ヨーロピアンオーク)であろうがフレンチオークであろうがジャパニーズオーク(ミズナラ)であろうがなんでもよく,樽は新樽をつかってもよいが,バーボン熟成に使用した樽であろうがシェリー酒熟成に使用した樽7)であろうが(その両方であろうが),どれをどのように使用してもよい(赤ワインやラム酒を熟成させていた樽を使用するケースもある8))。一般的に,バーボン樽熟成は華やかな香りや味わいを生み出し(バニラ香,青りんごの風味,オレンジピールのさわやかな苦みなど),シェリー樽熟成は重厚なテイストを生み出す(シナモンやカカオ,蜂蜜といった風味)。樽熟成の期間については「3年以上」という規定はあるものの,その枠内においてはかなりの自由度があるといえよう。
スコッチといってもすべてがモルトウイスキーではなく,グレーンウイスキーのように,他の穀物(トウモロコシや小麦といった大麦以外の穀物)が主原料となることもあるが,それでも「モルト」は使用されなければならない(とはいえ,ものによってはモルト量がおよそ10%程度であることもありえるのであるが)。モルトを必要とする理由としては,大麦やトウモロコシに含まれるデンプン質を糖に変える酵素をモルトがもっているからであり,その酵素をもって,糖化液である麦汁(ウォート)を作ることこそが「スコッチ」と呼ぶための条件となっているからである。
オフィシャルとボトラーズ
また,樽熟成されたスコッチであっても,その販売経路は大きく2つに分かれる。1つは蒸留所名義で販売する「オフィシャルボトル」(通称オフィシャル),もう1つは,蒸留所から販売業者が原酒を直接購入して(通常は樽買い),独自にその業者が熟成・瓶詰・販売を行う「インディペンデント・ボトラー」(通称ボトラーズ)である。ボトラーズのものは独自のラベルが貼られ,いろんな工夫がなされたりもしているので,蒸留所が販売する同じ熟成年数のオフィシャルに比べると多少割高なものも多く,事情を知らない人からみればあたかもダフ屋のように蒸留所にフリーライドしているかのようにみえるが9),そんなことはない。それどころか,実は蒸留所(ディスティラリー)にとってもボトラーズはありがたい存在で両者は共生関係にあるし,それだけでなく,間接的には消費者にとっても有益な存在である。なぜなら,蒸留所はボトラーズに原酒を売ることで,蒸留所だけで販売したときにウイスキーが売れ残ったりするリスクを避けることができるし,また,自分たちで熟成・瓶詰するコストを減らすことで,一定の利益を確保しやすいからである。すると,その分,蒸留所はその利益を原材料調達や施設整備,新商品の開発などに使うことができて,高品質の商品を大量にかつ持続的に生産できるので,消費者にとってもそれは望ましい結果をもたらす。それに,ボトラーズのものは従来のオフィシャルに独自のエッセンスが加えられたものもあり,それはウイスキーマニアに新たな驚きを与えてくれる。
注
1) アイルランドやアメリカではwhiskeyのスペルが使われるが, スコッチをはじめ、 その他地域ではwhisky が使用される傾向にある (スコットランドから蒸留技術をもちこんだ日本でも whisky が使用されている)。
2) 一般的には, 麦焼酎をはじめとする日本の焼酎類には (芋焼酎も含め) 米麹が使用されている。奄美地方でサトウキビを主原料としてつくられる黒糖焼酎も米麹が使用されているので焼酎のカテゴリーであるが, 米麹が使用されていないものについては「ラム」という分類になる。
3)他にも「原料と製造工程由来のアロマとテイストをもつようにアルコール度数94.8%以下で蒸留されていること」など、いくつもの制約がある. 詳しくはhttp://www.scotch-whisky.org.uk/media/12744/scotchwhiskyregguidance2009.pdf, 2021年7月7日閲覧。
4) 熟成庫(ウェアハウス)は蒸留所の敷地内にあるものもあれば、船で積みやすい港に倉庫を借りてそこで熟成させたり、温度が一定に保ちやすい地域で熟成させるケースなどいろいろある。
5) 蒸留液そのもののアルコール濃度は40%よりも遥かに高い。 樽熟成をすることにより,水分も蒸発するが揮発性が高いアルコールもまた蒸発するので味がまろやかになる(この際、失われてしまった分は「天使の分け前 Angel's Share」 と呼ばれる). もっとも樽熟成したものでも60%を超えているので, 40%程度にまで加水をして薄めるのが一般的である(アルコール度数は40%を超えていればスコッチとして販売できるので, 50%程度のもので販売されるものもある)。
6) ヘッドやテイルはアルコール度数が低いものがあるので、どの段階のものがニューメイク (ニューポット) として使用できるかを計る機器が蒸留所内に置かれている。
7) 樽熟成において材質のポリフェノールがウイスキーに溶け込む効果としては,シェリー樽が一番高いといわれている. もちろん、最初に蒸留液を詰めて熟成させるファーストフィル (first filll) で使用された樟の方が, そこに蒸留液がさらに加えられて再度熟成に使用されたセカンドフィル (second fill) よりも樽熟成の効果が高いのはいうまでもない [北條 2015:305-310]。
8) しかし, 「バーボンウイスキー」 については、基本的には新樽を炭化処理したもの)を使用しなければならないという規定がある。
9) ダフ屋の介入が禁止される理由は、 ① ある顧客たちは従来よりも高値でしかチケットを買うことができず、ゆえに ② 介入しない場合に興行主が得られたかもしれない可能的利益がそこでは毀損されており、さらには、③その可能的利益から、つまりは、興行主自身がチケットを値上げしてそこから顧客へ還元できたであろう追加的サービスの可能性をつぶしている といった「負の外部性」ゆえにである (日本では各種法律や条例によってダフ屋行為は禁止されている。 イギリスでも基本同様である)。