(本記事は、秋津 壽翁氏の著書『古酒巡礼: 失われた時が育てたワインたち』=あさ出版パートナーズ、2021年7月7日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
日本一予約の取れない餃子屋をご存じだろうか。それは、銀座でもなく西麻布でもなく、なんと荻窪の外れにある。店の目印はメルセデス・ベンツの軍用車両「ウニモグ」である。名前は蔓餃苑、そう、パラダイス山元さんの店だ。彼は本業のラテンパーカッショニストのほかに、「マン盆栽」「リモワ・コレクター」「脚立評論家」「入浴剤ソムリエ」、さらにはアジア人初の「グリーンランド国際サンタクロース協会の公認サンタクロース」というマルチタレントである。趣味が高じて、会員制で不定期営業の餃子専門店をオープンさせたのだ。
店内はサンタの人形とリモワのスーツケースだらけ。客席は6席。しかも、提供されるのは20種余の餃子ばかり。中には「ワラスボ餃子」「オマール餃子」「ししゃも餃子」「モツアン餃子(モッツァレッラとこし餡)」もある。今回は店主に無理を頼み込み、わが家に出張していただいた。
用意したワインは、フルーリーのブラン・ド・ブラン2004のマグナムに始まり、 Clos de la Coulée de Serrant1985, Batard Montrachet L. Bouillon M. Rossin 1959,Pommard Maison Javouhey 1959, Château St. georgesMacquin Saint-Georges Saint-Émilion Francois Corre1959, Barolo Vigneti Tenuta Canubio G. Damilano1954であった。すべて抜栓し、グラスを並べ、豚、羊、雲丹(うに)、海老、栄螺(さざえ)などの餃子に各自で合わせてもらった。
今回のメインはバタールである。このワインは5年前にスイスのオークションで、3本180€という格安価格にて落札。液面は4~8㎝で、今回開けたのが一番液面の低いボトルである。ノンリコルクのコルクはうっすらと緑がかったエイジングだ。色調は灰緑で、あまりおいしそうではない。トップに真鍮のような還元香が目立つ。ひと口目は金属っぽい渋みがあり不安がよぎったが、徐々に濃厚な果実がよみがえる。洋梨のコンポートやクチナシの花の香りが復活し、そのあとはアモンティリャードの風合いが出てきた。ワインとしてはダウンヒルだが、餃子とはベストマッチである。
そういえば以前、埼玉の酒販店、中田屋さんからワイン会のお誘いがあった。バタール・モンラッシェばかりを1945から2001まで、縦飲みしようというのである。場所は広尾のアラジン! 大好きな川崎誠也シェフの店だ。古いワインリストを見てみると、バタールがPhilippeBrenot 2001、Louis Jadot 1995、 Etienne Sauzet 1987、Chanson Père et Fils 1945。そして、Leflaive のシュヴァリエ1984を挟んで、クリオ・バタールがEdmondDelagrange 1964とChanson Père et Fils 1945である。1987のソゼがイメージされるスタンダードなバタールの味で、これを基準として比較した。
1945のシャンソン・ペール・エ・フィスのバタールとクリオ・バタールはともに枯れ気味のニュアンスながらも、時間とともに黄昏の踏ん張りを見せてくれた。しかし、もっと早く飲んであげたかったというのが正直な感想だった。ムルソーやコルトン・シャルルマーニュのように、60年、70年という大熟成には向いていないようだ。
〈2019.7〉
※画像をクリックするとAmazonに飛びます