事業を創るとはどういうことか
三木 言葉(みき・ことば)
CROSS Business Producers 株式会社 代表取締役。世界市場をターゲットにした新たな技術を用いた新事業創造が専門。様々な価値観の中にも共通する想いを見出し、事業成果創造への道筋を創り出す。通信・メディア領域をはじめ、新しいテクノロジーを活用した案件に強みを持つ。事業企画立案・実行戦略策定、市場化のための実証実験企画・実施コーディネートをはじめ、事業立ち上げの初期に必要となる国内外パートナシップ対象抽出・デューデリジェンス・アライアンス企画、実行チーム設計、人材採用・評価制度構築、事業スキーム締結(法人設立)、広報企画などに経験保有。日本、米国、韓国、インド、フランス、英国、シンガポール、フィンランドをはじめ、様々な国においてプロジェクトを経験。早稲田大学社会科学部卒業、早稲田大学商学研究科(MBA)修了、早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程(商学専攻)、IMD“MOBILIZING PEOPLE PROGRAM(MP)” 修了、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京・ロンドンオフィス、富士通株式会社及び株式会社富士通総研を経て現職。

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創業者の熱い想いをECのビジネスモデルで実現―ファーフェッチの例

ここでグローバルな市場で温度ある経済の環を築きながら急成している企業として、ファーフェッチ(Farfetch)の例をみてみましょう。

ファーフェッチは、2008年にジョゼ・ネヴェス氏が英国のロンドンで立ち上げた、ラグジュアリーブランド専門のECプラットフォームサービス事業者です。ラグジュアリーとは、模倣や猿真似などのコピーではない独自の意匠を含んだ商品であり、一般的にはハイブランドといわれるブランドがそのイメージに合致するものです。例えば、プラダ、フェンディ、シャネルなどがその代表格です。

アパレル産業は世界的にも縮小している斜陽産業といわれています。日本に限らず、ユニクロを代表とするSPAの登場などにより、ハイブランドのアパレル企業は低成長、もしくは売上の下降を続けています。

この市場で新規事業を起こして新たな収益を獲得していくことは難しいように見えます。もし仮に古き良き名門アパレル企業において新規事業の命を負ったとしても、「どうせ何をやっても自分たちは絶対に勝てない。負け戦しかできないのだ」と思い込んでしまうような状況かもしれません。

そういった中、ファーフェッチは、2016年ベースで74%もの増収となり、毎年継続して急成長を見せています。EC市場の発展にともなって成長してきたことも事実ですが、あまたあるアパレル系ECサイトの中で、ファーフェッチの成長は群を抜いています。

なぜファーフェッチはこれだけの成長を続けてこられたのでしょうか。

ネヴェス氏は、ファーフェッチを創業した時の思いについて、次のように語っています。「まさに〝FOR THE LOVE OF FASHION(ファッションを愛している)〞。僕はファッション業界のクリエイティブやバイヤー、ジャーナリスト、スタイリスト、顧客のすべてを愛している。テクノロジーカンパニーとして、美しいと感じるこれらすべての要素をつなげたいと思っている」。そこに関わるすべての人を支えたい、というのが、創業時からのネヴェス氏の想いでした。

アパレル業界では、SPAなどの台頭により多品種少量かつスピーディに提供することが可能となりました。一方で、いつのまにかハイブランドが有していたこだわりの生地や職人技のつまった縫製などの価値や、こだわりの品を時間をかけて探し、時にビンテージ品をリペアし、丁寧に提供してきたセレクトショップの存在などが忘れられ始めていました。

ネヴェス氏が変えていきたいと感じたのは、アパレル業界において、こうした作り手の熱い想いの火が消えぬよう温め育て続けること。そして実は同じように、作り手の想いがこもったファッションを渇望している顧客の気持ちにも同じように向きあい、その想いを温め続けることでした。この二つをうまくマッチングさせ、喜び、感動、感謝の輪を循環させることでした。

結果として、それは、インターネット上で、デジタル技術を駆使したオンラインECプラットフォームを提供させることになりました。小さなブランドの店舗、とあるローカルのセレクトショップでも、全世界の顧客を相手にすることができる環境を提供していくことでした。

ECプラットフォームといっても、ネヴェス氏の目指したのは、技術によって人の手間を惜しんで人件費を省き、効率的に儲けを得るということではありません。ネヴェス氏の目指したのは、作り手、送り手、受け手、ラグジュアリーファッションという世界を愛する「すべての人の気持ちをつないでいく」というコンセプトを実現することでした。

そのためにファーフェッチでは、EC業界においては異例とも捉えられる、〝人間〞の心や行動を中心に据えた「つなぎ」の機能を強力に打ち出しています。特別な顧客向けに展開しているプライベートクライアントサービスがその代表例です。EC事業者でありながら、VIP向けのパーソナルスタイリストを擁し、顧客と個別のやり取りを深めることを目指しています。それにより商品の適正な調達やお客様の購入促進を実現しているのです。

一方の、商品を提供する側であるショップやブランド向けにも、同社の独自のシステムを提供しています。ファーフェッチの仕組みには無料で参加することができ、売上や在庫の管理、商品のアップロード、売れ筋ブランドやアイテムの情報などがリアルタイムで確認可能となっています。また、加盟店に対してファーフェッチから梱包材を実費で提供したり、顧客が返品する際にブティック&ブランドの負担を求めないといった施策も行っています。加盟店にとっては非常に魅力的なサービスです。

同社はいわば、プラットフォームを提供しているテクノロジーカンパニーでもありますが、デジタル技術は、それを支える道具の一つでしかありません。25万点も抱える商品の管理や、売り上げの決済、送り状や関税の手続きのための書類など、技術により一定化できるオペレーションは徹底して技術に頼っていますが、それは本質ではありません。

ネヴェス氏が目指していることは、顧客やメーカー、ショップなど立場は異なれども、素敵なファッションを楽しみたい、その気持ちを持つ人々の温度感を合わせて、心、感動、喜びをつないでいくことにほかなりません。それをECプラットフォーマーというビジネスモデルで実現しているのです。

こうした想いが賛同を呼び、グッチ、ディオール、トムブラウンなどをはじめとする1000近くのブランドやセレクトショップの参画、約100万人の顧客を確保するという結果につながりました。実際にファーフェッチに登録したことで、縮小していた売り上げが、その対象とする市場、顧客とのマッチングがよりスムーズに進み、大幅に拡大したという事例も少なくありません。また顧客においても、高価でも心のこもった、好みに合う商品がほしい、という気持ちに火がついたようです。ファーフェッチの顧客単価は、平均決済単価約8万円という非常に高い水準となりました。

その結果、古き良きアパレル業界の市場は縮小するほかないと多くの人が捉えていた中で、年率2倍近くの成長を成し遂げるという偉業を成し遂げてきました。アパレル業界において、時代を経て見えなくなっていた人々の熱い気持ちを掘り起こし、温め、つなぎ合わせ、経済の連鎖を創ったのです。

ファーフェッチは、作り手、送り手、受け手、ラグジュアリーファッションという世界を愛する「すべての人の気持ちをつないでいく」というコンセプトをECプラットフォームというビジネスモデルで実現しています。自分たちが心から愛し、大切に想うものを徹底的に突き詰める。それこそが、関係する人々の感謝、収益という成果につながっています。