事業を創るとはどういうことか
三木 言葉(みき・ことば)
CROSS Business Producers 株式会社 代表取締役。世界市場をターゲットにした新たな技術を用いた新事業創造が専門。様々な価値観の中にも共通する想いを見出し、事業成果創造への道筋を創り出す。通信・メディア領域をはじめ、新しいテクノロジーを活用した案件に強みを持つ。事業企画立案・実行戦略策定、市場化のための実証実験企画・実施コーディネートをはじめ、事業立ち上げの初期に必要となる国内外パートナシップ対象抽出・デューデリジェンス・アライアンス企画、実行チーム設計、人材採用・評価制度構築、事業スキーム締結(法人設立)、広報企画などに経験保有。日本、米国、韓国、インド、フランス、英国、シンガポール、フィンランドをはじめ、様々な国においてプロジェクトを経験。早稲田大学社会科学部卒業、早稲田大学商学研究科(MBA)修了、早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程(商学専攻)、IMD“MOBILIZING PEOPLE PROGRAM(MP)” 修了、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京・ロンドンオフィス、富士通株式会社及び株式会社富士通総研を経て現職。

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あらゆる事業の起点は人の心

新規事業開発に成功する組織と、そうではない組織は、何が違うのでしょうか。

事業開発を成功させるには、どのようなプロセスをたどればよいのでしょうか。

世の中に出回る経営書には、さまざまな理論や分析手法、フレームワーク、ケーススタディなどが載っています。カンファレンスや講演会に参加してアイデアを得たり、コンサルティング会社などからアドバイスを受けたりすることもできるでしょう。

しかし、私がまず読者のみなさんにお伝えしたいのは、あらゆる事業開発は人間の「心」が起点となるということです。

情緒的で非論理的な話と思われるでしょうか。しかし、冒頭に例示したように、現実の多くの事業開発の現場は、「できない理由」が数多く語られ、ネガティブな空気に支配されていることが多いのです。

人の気持ち、特に組織内で醸成され固定化された集団的な感情は、事業の成否に強い影響をもたらします。ネガティブな空気に覆われているチームでは、ワクワクするアイデアは生まれにくく、外から持ち込んでくれる人もなかなか現れないものです。たとえ良いアイデアがあっても、皆で「できない」気持ちを強め合っている組織では、成果は遠のいてしまうでしょう。

そもそも「事業」には本質的に、人の心が介在しています。

ある商品やサービスを「ほしい」「嬉しい」「おもしろい」「楽しい」「助かった」と思う人の気持ちや感謝の心があるからこそ、その価値が認められ、お金が支払われます。

あらゆる経済活動の土台には、人の価値判断があり、心があります。顧客との関係だけでなく、仕入れ先や委託先、株主、金融機関など、さまざまなステークホルダーとの関係においても同様です。

これは当たり前のような話ですが、とても重要です。新規事業が成功するためには、関わるすべての人が、前向きな気持ちや感謝の心を持って相互につながることが必要なのです。

前向きな気持ちや感謝の心といった、いわば温度のある関係性(つながり)こそが、結果的に、良質な価値を持つ商品やサービスをつくり、届け、事業者が対価を受け取るまでの流れへとつながります。そのため、それぞれの主体がどのようなことに「心」を動かされるのかを的確につかまなければ、事業の成功はありません。

そのうえで、一連の関係性(つながり)を「数字」の上でも成り立つように設計し、実現するために組織として行動しなければならないのです。

私たちは、事業の作り手、送り手、受け手まで、すべての主体がつながりあった状態を「温度ある経済の環」と表現しています。

「温度」とは、関わる人の間に、ポジティブな状態、前向きな気持ちやエネルギーが湧き出ていることを意味しています。これらが経済合理性を備えたうえで「環」になる。つまり相互につながり、循環するというイメージです。顧客に提供した商品やサービス(の価値)が最終的に自社の利益として戻ってくるように、事業には価値や金銭や感情の「循環」を作る性質があります。この性質こそが、事業開発に楽しさ、嬉しさ、喜びをもたらしてくれるものでもあります。

新規事業開発は「温度ある経済の環」をつくることに他なりません。そのためには、関係者の感情を司る「心」と、目に見える成果を示す「数字」の両方に目を向けて、組織を動かすことが必要です。読者のみなさんにその担い手となっていただくのが本書の目的です。

大局観を持つビジネスプロデューサーが必要だ

「温度ある経済の環づくり」としての新規事業開発には、収益を成り立たせる「数字」と、人間らしい「心」の両方に目を配る、バランスのとれたプロジェクトの推進が求められます。

また、事業全体を構想する、どこへ向かうかの絵を描く、収益計画を立てる、商品やサービスを作り上げる、営業・広報活動により実際に収益を確保する、といった幅広い活動を、整合性を取りながら進めていかなければなりません。

大局的な視座とバランス感覚をもってこれらを推進できる人材を、事業開発のプロフェッショナル、本書では「ビジネスプロデューサー」と呼びます。

ビジネスプロデューサーにとって、まず何よりも重要なことは、事業の「全体」を捉えることです。

新規事業がうまくいかないと感じている企業では、往々にして、その原因をある特定の、かつ具体的な事象に求めがちです。たとえば「市場そのものが縮小しているから仕方がない」「関係している海外現地のスタッフに企画力がなく、日本側の担当者にも調整力が足りないからだ」「当社の意思決定のプロセスに、このような異質な案件を承認する前例がないからだ」といった具合です。

その点だけを見れば正しい場合もあるでしょう。しかしほとんどの場合、問題はただ一つの原因から発しているのではありません。複数の異なる原因が複雑に絡み合い、混沌としていることが多いのです。正しい原因がよくわからないまま、闇雲に対策をとってしまっているケースも多々あります。

一つのポイントだけをとらえた対策をとっても事態は改善しないのです。事業、人材、組織を一気通貫で考え、構想を描かなければなりません。ビジネスプロデューサーは、大局的な視点でプロジェクトのプロセスを設計し、リーダーとして道を切り開いていく必要があります。

時代の節目にある今、このようなビジネスプロデューサーの存在が、多くの分野で求められています。大変な仕事と思われるかもしれませんが、ビジネスプロデューサーは、特別な才能や経験を有した人だけがなれるというものではありません。ごく普通の社員の方でも、自身の関わる事業に真摯に向き合うことで、ビジネスプロデューサーとしての一歩を踏み出すことができると私たちは考えています。