銀座、白金台、自由が丘…新ブランドの絶品スイーツ
東京・港区の「ヤツドキ」白金台店は、連日、近所のシロガネーゼで賑わっている。彼女たちが見入っているのは、アーモンドの香りの焼き菓子、フィナンシェに、餡子とバターを挟んだクロワッサン、そしてゴロっとしたリンゴがおいしい一番人気のアップルパイ。
値段は「苺ショートケーキ」が540円+税、旬のシャインマスカットのケーキ「フルーツポンプ」は550円+税といったところ。店の一角には樽出し生ワインも。こちらは瓶に詰めて686円+税。加熱処理をしていないので生の風味が味わえると言う。
東京・目黒区の「ヤツドキ」自由が丘店はカフェを併設している。人気はパフェ。ゼリーやアイスクリームの上にシャインマスカットがこれでもかと乗っているのは「グラスデザート シャインフォレスト」(1500円+税)だ。
「ヤツドキ」を仕掛けたのはシャトレーゼ。デパ地下などには出店せず、ひたすら郊外のロードサイドで客を集める大人気の洋菓子チェーン店だ。
その最大の特徴が安さ。大きな苺のショートケーキは300円+税、チーズケーキは200円+税、オリジナルのアイスは1本60円と、どれも買いやすいお値打ち価格だ。
店内には「特撰和風だしのみたらし団子カップ入」(120円+税)や「名水わらび餅(9個入り)」(230円+税)などの和菓子も。400種類を超える商品を自社製造し販売している。「行った回数は100回じゃきかない」と、村上龍も隠れたファンのひとりだ。
現在は全国に541店舗を展開。しかし、これまでは安さを実現するため賃料の高い都心への出店は避けてきた。そんな中、「ヤツドキ」はまさに一等地狙い。去年、銀座でオープンし、白金台や自由が丘、新宿などに進出。現在、東京で7店舗になった。
シャトレーゼの本社は山梨・甲府市にある。カンブリア宮殿には2014年に一度登場しているシャトレーゼホールディングス会長・齊藤寛(86)は、さらに日焼けして精悍さを増したように見える。齊藤は「ヤツドキ」についてこう語る。
「シャトレーゼ・プレミアム・ヤツドキということで、一段上の商品を作っていこうと。普通の店はプレミアムな商品をある程度高く売っている。我々はプレミアムな商品を皆さんの手が届く価格まで下げてリーズナブルに提供したい」と
ヤツドキはシャトレーゼの一段上のおいしさをアピールするための店。そして銀座や白金台、自由が丘など、スイーツの激選区に出店した理由を説明する。
「激選区だからいいんです。激戦区だから他店の菓子と比較してもらえるじゃないですか」
武器となる地元山梨の食材~売り上げは前年比110%超に
強力なライバルたちに勝つための武器となるのが、地元・八ヶ岳周辺で取れる素材だ。
まず大きいのが水。南アルプスで磨かれた雑味の混じらない白州の名水が使いたい放題。牛乳は地元・南牧村の牧場から。搾りたてで鮮度抜群の牛乳が常に手に入る。卵も甲斐の農家と契約。生みたてを2日以内に割り、最高の鮮度で使っている。
そして山梨といえばフルーツ王国。勝沼の農家から仕入れているのはシャインマスカットだ。値段も張る高級フルーツだが、この農家のひと房には、こだわりが詰まっている。 「おいしいかまずいかの決め手は酸です。酸が強いといくら糖度があっても酸っぱいと感じるんです」(生産農家・大野清慶さん)
その酸を抑えるために、大野さんは自分の畑にだけビニールの屋根を張った。どうしても酸を含んでしまう雨水が直接かからないようにしているのだ。シャインマスカットは地中で濾過された伏流水だけを吸い上げるのでおいしくなる。
こうした素材へのこだわりは「ヤツドキ」もシャトレーゼも同じだ。だが、シャトレーゼは極力、人の手を排した工場で大量生産し、安さを実現している。一方、「ヤツドキ」はそれぞれの店舗に工房があり、職人が手作りしている。だから棚に並ぶのは出来立て、焼きたての味。これが「ヤツドキ」のプレミアム感の正体だ。
さらにヤツドキには頼もしい味方もいる。商品開発の監修を務める洋菓子顧問の武江章シェフ。銀座の和光などでパティシエを務め、東京・仙川に今も語り継がれる伝説の店「サロン・ド・シェフ・タケエ」を作ったスイーツ界のカリスマだ。
「ヤツドキ」では奇抜なアイデアではなく、本物のおいしさの追求に手を貸している。
この日はクリスマスに向けた新作ケーキのスポンジ選び。武江シェフは味や硬さの違う5種類のスポンジを用意していた。「配合的には微妙な差ですが、小麦粉の量が若干違うだけで、食感や喉ごしがすごく変わってきますので」と言う。
長年の経験で得たスイーツ作りの秘訣を惜しげもなく伝授。商品開発に10年携わる商品企画開発部の陶泰子は、目からウロコの連続だと言う。
「スポンジ1個でもいろいろなパターンがあって、いろいろな商品に使えると教わり、視野が広がりました」(陶)
スイーツ界のカリスマはシャトレーゼからの要請を引き受けた理由をこう語る。
「材料がすごく良かったんです。いいものを使っていることが一番気に入ったところです」
「ヤツドキ」の売り上げベスト3は、第3位が八ヶ岳明野町・契約農場の「うみたて卵のプリン」(250円+税)。コクの強い卵のプリンは極限のトロトロ食感が味わえる。第2位は八ヶ岳南牧村の「しぼりたて牛乳のカスタードシュー」(250円+税)。ギリギリまで焼いた皮の中にカスタードクリームがたっぷり。そして第1位は「アップルパイ」(370円+税)。中のリンゴを大きく切り、食感を生かしたのは武江シェフのアドバイスだ。
ヤツドキも加わりシャトレーゼは大躍進。6年前の放送時、556億円だった売り上げは、去年過去最高の808億円まで伸びた。しかし、齊藤はまだ満足していない。
「今期の売り上げは前年比110%の計画でしたが、さらに伸びました。20年間の計画を立てていますが、1兆円を目指す。頑張ってやろうというわけではなくて、百十数%増を続けると、そうなってしまうんです」(齊藤)
大躍進のきっかけは…500万円の腕時計?
シャトレーゼの勢いはコロナショックの中でも止まらなかった。緊急事態宣言以降、客の人数制限をしたにもかかわらず、4月、5月の売り上げは前年比4割も増えたのだ。
コロナの中でも売れに売れたのがアイスクリームだ。一番売れているのはチョコが入った「チョコバッキー(6本入り)」(280円+税)。2年前に発売し、8000万本を売った大ヒット商品だ。
「工場では24時間のうち2時間は掃除をする時間で、あとは全部フル生産してようやく間に合っているという状況です」(齊藤)
そんなシャトレーゼ大躍進のきっかけは、ある屈辱的な出来事だったと言う。
山梨のぶどう農家に生まれた齊藤は、20歳の時、弟が経営する「甘太郎」という今川焼き屋を手伝うため、菓子業界に足を踏み入れた。しかし、当時は大手メーカーが全国的に台頭し始めた時代。齊藤は小売店に卸すアイスクリームの製造に挑戦するが、並みいる大手メーカーを前に大苦戦。全く儲からなかった。
大手に負けないビジネスはないかと考え続けた末、齊藤はあることを思いつく。それがシュークリーム作りの自動化だった。
「傷みやすくて大手メーカーにはできない商品を、工業生産の技術を使って開発しようと。そのラインの原型はシャトレーゼが作ったんです」(齊藤)
当時、傷みやすい生菓子を機械で生産しているところはほとんどなかった。そんな中、齊藤は試行錯誤の末、シュークリームを大量生産する設備を独自に開発。それまでにない低コストでの製造に成功する。そして1個10円で発売すると、取引先が一気に増えた。
しかし、当時の齊藤はまだ店を持たず、大手スーパーや百貨店に作った商品を納めるだけの立場だった。どんなにコスパのいい商品を作っても、しばらくすると、断ることのできない値下げの要請が。さらに、売り場作りに協力するという名目の寄付金を求められることもあった。それを断れば取引は終わった。
「やはり小売業の力は強いんです。我々はいいものを出そうと考えたが、相手は利益を優先したがった。そこは辛かったですね」(齊藤)
そして決定的な出来事が起きる。商品を納めていたある百貨店から、金色の時計を買うことを無理強いされたのだ。信じられないほど高価な時計だったが、買うしかなかった。 「当時で500万円でした。やはり無言の圧力みたいなものを感じました。これは何としても自分の売り場をもたなければいけないと感じました」(齊藤)
齊藤は自分たちの商品を売る店を作ろうと決意する。そして1985年、初の直売店をオープン。するとロードサイドの格安スイーツは大評判となり、一大洋菓子チェーンに発展するのだ。
やる気を生み出す秘密~「プレジデント」制度
会社は現在も改革の真っ只中にある。齊藤は3年前に「プレジデント制度」を導入。シャトレーゼの社員は1800人だが、そこにプレジデント、いわゆる社長が120人もいる。
「どらやき・プレジデント」の石原智也には、最近、会社に提案し導入したものがある。それがラインの中でどらやきに蓋をかぶせる機械だ。この機械の導入によって、年間で400万円もの人件費を浮かすことができた。このように、プレジデントたちは自分の持ち場のコストカットや作業の効率化などを社長のように考え、改善する役割を担っている。
「今までは社員が会社にぶら下がっていただけ。今度は自立しようと考える。立場が人を変えるんです」(齊藤)
プレジデントは成果を挙げれば報奨金がもらえる。成果によって金額は変わるが、毎月、表彰者が選ばれ現金が手渡しされる。「ロールケーキ・プレジデント」の小池勇一がもらったのは「大型冷蔵庫が買えるぐらい」の金額。一方、「あんこ・プレジデント」の村田英明は売り上げ増で2月から7月まで連続で報奨金をもらっていた。
今まではやってこなかった提案をするプレジデントも現れた。「アイス・プレジデント」の西沢智が3ヶ月かけて考え、提案するのが「白州で使っている天然水を氷にしたものを、クリームと混ぜてアイスクリームにした」新製品。
以前は言われたものを作るだけだったが、プレジデントになって商品開発まで手がけるように。クリームと氷が口の中で混ざり合う新食感で採用を狙う。
あらゆる部署が「もっと売れるものを」と目の色を変えているのだ。
隠れた大ヒット商品~糖質カットシリーズ
シャトレーゼには隠れたヒット商品がある。それはスイーツではなくピザ。シンプルな具のマルゲリータの「糖質86%カットのピザ(2枚入り」(340円+税)は、一般的なものより糖質を86%もカットしている。これがSNSで大評判となっている。
シャトレーゼではこうした糖質カットシリーズを16種類販売。ダイエットや生活習慣病対策などで支持され、この5年で売り上げは4倍になった。
「糖質50%カットのダブルシュークリーム」(110円+税)の中には生クリームとカスタードがダブルで詰まっているが、糖質はわずか8.1グラムだ。これらは糖尿病など、糖質制限をしなければいけない人の強い味方にもなっている。
糖質をカットしているのに、なぜ普通と変わらないおいしさになるのか。「糖質86%カットのどらやき」(160円+税)で見てみよう。
糖質カットのどらやきを作るのに欠かせなかったのが味覚センサーという機械だ。あらゆる食品の味を数値化できるという。
例えば、通常のどら焼きの生地を味覚センサーにかけると、旨味や酸味、塩味、甘味、苦味などが数値で現れる。このデータを元に小麦粉の代わりとなる食材を探した。そして見つけたのが、野菜や果物から抽出した食物繊維だ。こうして本物と全く同じ味の生地が完成した。
さらに餡子には、砂糖の代わりに血糖値の上昇を穏やかにする麦芽糖を採用。もちろん食感も追求し、モチモチ、トロリと仕上げた。
おいしくなければ意味がない。糖質カットでもシャトレーゼ流を貫いている。
~村上龍の編集後記~
「今は平和ボケでしょう」。80代の経営者は特別な感じがすると言ったときの、齊藤さんの答だ。契約農家から新鮮な牛乳、卵、果物を直接仕入れ、自社工場で生産、店舗に直送するという独自のビジネスモデル。加えてゴルフ場、ワイナリー、ホテルなどの事業も展開し、1つも失敗がない。創業時から広告は出さない、広告料を払うくらいなら客に還元。銀座の新業態は圧倒的なおいしさで他を寄せつけない。そんな人から「今は平和ボケでしょう」と言われるとその通りだと思ってしまう。齊藤さんは100歳超まで絶対にボケない。
<出演者略歴>
齊藤寛(さいとう・ひろし)1934年、山梨県生まれ。1954年、焼き菓子店「甘太郎」を出店。1967年、シャトレーゼ設立。2008年、代表取締役会長に就任。
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