日本を参考にしながら進む韓国の地方創生。消滅可能性都市・密陽(ミリャン)の挑戦
現在再生工事中の旧ミリャン大学の校舎。2024年にミリャン疎通協力センターとしてオープンする

韓国で日本の地方創生が注目され始めています。

2022年の韓国の人口は5156万人。そのうち50%がソウル周辺の首都圏に集中しています。

高齢化率は17.5%で、日本の29.1%と比べると低いですが、予測では2025年に20.6%に達し、2045年には日本を抜いて世界1位の高齢国家になると言われています。少子化も顕著で、出生率は0.78(2022年)と、日本の1.26(2022年)と比べるとかなり低い状況にあり、急激に少子高齢化が進んでいます。

そんな中で、日本の地方創生の事例や仕組みづくりに注目が集まり始めています。

今回、筆者は、韓国の南部、プサンから車で1時間ほどの場所にある密陽(ミリャン)市で行われた2日間の国際会議に招かれ、「ローカルベンチャー協議会」の紹介をしました。

その際、なぜ韓国で日本の地方創生が注目されているのか、西江(ソガン)大学校の研究者チョ・ヒジョンさんに伺いました(インタビュー記事中は敬称略)。

日本を参考にしながら進む韓国の地方創生。消滅可能性都市・密陽(ミリャン)の挑戦
国際会議1日目「ローカルブランディング・コラボレーション・カンファレンス」で発表する筆者

少子高齢化が急激に進む韓国にとって、日本は10年先の未来の姿

日本を参考にしながら進む韓国の地方創生。消滅可能性都市・密陽(ミリャン)の挑戦
チョ・ヒジョンさん
西江(ソガン)大学校研究員。博士(政治学)。2017年より日本の地方創生関連書籍を翻訳し、韓国に紹介している。翻訳書に『神山進化論/神田誠司』『ローカルベンチャー/牧大介』『ふるさと創生/黒井克行』『地域とゆるくつながろう/石山恒貴他』『まちづくり幻想/木下斉』『関係人口をつくる/田中輝美』『東京を捨てる/澤田晃宏』『まちの風景をつくる学校/森山円香』『南小国町の奇跡/柳原秀哉』。他に「ローカルベンチャー推進事業白書2018、同2020/ローカルベンチャー協議会」も翻訳。

チョ :
韓国では、2~3年前から地域の活性化が始まりました。ふるさと納税も日本を参考に昨年から始まりました。地域おこし協力隊のような制度はありませんが、ワーケーションや1ヶ月間のお試し移住は自治体ごとに進めています。ただ、いくつかの地域を除いて、まだ上手くいっているとは言えません。民間の中間支援組織が頑張っている地域もありますが、まだまだ少ない。韓国と日本は10年の差があります。韓国の未来を考えるのに日本は参考になります。

2016年、増田レポートの韓国版と言える「地方消滅指数」が出て、ミリャンは「市」の中で「人口消滅危険地域」第一位でした。

もともとミリャンは、プサンからソウルまでの街道沿いにあった交通の要所でした。一時期は人口20万人の都市でしたが、18年前に国立のミリャン大学が閉校になり、人口減少のスピードが上がり、現在は約10万人です。

日本を参考にしながら進む韓国の地方創生。消滅可能性都市・密陽(ミリャン)の挑戦
ミリャン市は川に囲まれた風光明媚な農業の盛んな地方都市。かつては養蚕業も盛んだった。2007年に公開された映画『密陽~Secret Sunshine』のロケ地でもある。写真は韓国三大楼閣の一つで朝鮮後期の代表的な建築「嶺南楼」からの風景

人口10万人の壁。自治権を保つため危機感をもち廃校再生プロジェクトに賭ける密陽(ミリャン)市

チョ :
韓国の地方自治体は、人口10万人以下になると予算や行政で多くの部分が縮小されます。

閉校になったミリャン大学の開校はちょうど100年前です。開校100周年記念にあたる今年、市は生き残りを賭けて、廃校になった大学を再生するプロジェクト「C campus」を始めました。市民に開かれた場所をつくり、ローカルベンチャーやクリエイターが入居する施設になる予定です。その廃校再生を担う「疎通協力センター(運営 : 株式会社共有のための創造)」のメンバーがローカルベンチャーに関心をもちました。

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カンファレンスに招いた日本の3つの事例を総括するチョさん

チョさんは、ローカルベンチャー協議会の取り組みを下記のように総括しました。

・自治体が連携した積極的な地域での創業支援
・単純な創業の励ましだけではなく、発掘、教育から売上拡大、広報まで 細心なカスタマイズ支援
・事務局の積極的な中間支援の役割
・自治体主導ではなく、自治体のバックアップと創業者需要のバランス

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旧ミリャン大学の正門。横断幕には「第3回ミリャン大フェスタ」。大学構内を活用したフェスタは3回目だが、 カンファレンスを行ったのは今回が初めてだそう

移住して10ヶ月。このまちでできた友人が楽しく働き暮らし続けられるまちをつくりたい

廃校再生プロジェクト「C campus」を担う「疎通協力センター(運営 : 株式会社共有のための創造)」は、ミリャン市から委託を受けて校舎の再生、ローカルブランディング、関係人口をつくるための案内所の設置を進めています。職員は12人。韓国の地域再生の成功事例と言われる巨済(コジェ)市でのプロジェクトに取り組んだメンバーを中心に今年の1月から取り組んでいます。ミリャン市出身のスタッフも2名います。

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疎通協力センター長のパク・ウンジンさん

センター長を務めるパク・ウンジンさんは、コジェ市でのプロジェクトに関わった後、2023年1月にミリャンに来ました。

国際会議当日の発表の中で、ワークショップなどのイベントの写真を紹介しながら、地元の方とつながり友達ができたこと、特に地元の女性の参加が嬉しかったことを紹介しました。そして、ここでしかできないローカルライフの良さを話し、友人がこの地を離れずに一緒に年を重ね、楽しく働き暮らせるまちをつくりたい。地元に古くからいる既存世代にはまちの再生を、新世代には文化と実験空間をつくっていく。両方の意味でこの空間を活用したいと述べました。

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国際会議2日目「つながる企画者のアンカンファレンス」のオープニング。体育館を改装したホールは明るく和やかな雰囲気だった

地方はライバルか同志か。ソウルから移住したコンテンツプロデューサーの新しい挑戦

ミリャン大学を再生するプロジェクト「C campus」のプロデューサーとして、ソウルから移住して取り組む、パク・ウヒョンさんにも話を聞きました。

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「C campus」プロジェクトのプロデューサー パク・ウヒョンさん

パク :
国の地域活性の戦略は、2022年に現政権になり、地域経済の活性からローカルブランディングへと方向性が変わりました。ミリャンでは、関係人口創出のための取り組みを計画しています。関係人口案内所を設置し、地域外の人にミリャンに注目してもらい、移住者を増やす計画を立てています。

私は1月までソウルに住んでいました。コンテンツプロデューサーとして、WEBや紙媒体や映像などの色々なメディアをつくったり、地域活性に取り組む若者のコミュニティを取材してWEBメディアで伝えたりしていました。しかし、都会に住みながら地方の情報を発信することに、心苦しさや罪悪感を感じていました。ミリャンに移住して、心と身体が一緒になった感覚で楽しく仕事をしています。ミリャンにとっての新しい挑戦は、自分にとっても家族と離れての新しい挑戦です。

ローカルベンチャー協議会の自治体は、ライバルではなく同志だというのが印象に残りました。韓国はふるさと納税でも、移住人口や関係人口でも、国が自治体同士を競わせています。

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国際会議の2日目は、「つながる企画者のアンカンファレンス」をテーマに、韓国の全土から地域活性に取り組む団体のメンバーが多く参加した。ランダムに座ったテーブルでは、「C campus」プロジェクトメンバーのファシリテーションで、 自己紹介や活動内容、印象に残った話を共有する交流が行われていた

若者がまちを離れないためには、若者が離れたくない、戻って来たいまちをつくること

滞在初日、筆者は地元のテレビ局から取材を受けました。質問は「若者が地域を離れないようにするにはどうしたらいいか?」でした。

筆者は、「魅力的な仕事をつくること、大人が楽しそうに働いている姿を見せること。子どもたちが帰ってきて働きたいと思えるまちをつくること。そのためにローカルベンチャー推進に取り組んでほしい」と答えました。

ミリャン市に滞在した3日間を振り返り、今のミリャンに参考になりそうな事例を2つ挙げてみます。

ひとつは、宮崎県日南市。若者がやりたい仕事ができる場を増やすために、首都圏からITベンチャー企業の支社を誘致し、近くに保育園をつくり子育てと仕事を両立できる環境を整備し、170人の雇用を創出した事例は参考になりそうです。

また、ローカルブランディングという意味では、宮城県気仙沼市の「気仙沼クルーカードの事例」も参考になるかもしれません。まずは市民に向けて、まちを再生する船の乗組員(クルー)になろうという市民が共感するストーリーを立ち上げ、市民が誇りを持って使うポイントカードを市外の人も一緒に使うという地域のブランディング戦略です。開始から6年で会員は5万人を突破、市内の会員は全世帯数とほぼ同じ2万人、市外にも3万人の会員がいます。

日本を参考にしながら進む韓国の地方創生。消滅可能性都市・密陽(ミリャン)の挑戦
15世紀の朝鮮時代からこの場所にある商店街。キムチ用の大きな白菜や大根が並んでいた。
訪問した土曜の午後には家族連れも訪れていた

韓国でも、日本と同様に深刻な課題はありますが、カンファレンスに参加していた若者たちが、楽しく明るくローカルのライフスタイルを語り合っていた姿が印象に残りました。また、ローカルベンチャー協議会の事例に関心をもち、行政の変化や、やりたいことを引き出し支援するETIC.(エティック)のコーディネートについて、韓国と比べながら真剣に語り合えたことに感激しました。

韓国の中でも課題先進地であるミリャンの挑戦は始まったばかりです。今後も注目していきたいと思います。

日本を参考にしながら進む韓国の地方創生。消滅可能性都市・密陽(ミリャン)の挑戦
「C campus」プロジェクトの12人のスタッフのうち地元出身のルシさん(左)とフニさん(右)。プロジェクトでは、外の風を呼び込むためにあえて移住者中心のチームを組成した。
ミリャンをよく知る2人には、地元の方と移住者をつなぐキーマンの役割が期待される

■関連リンク

>> ローカルベンチャー協議会

https://initiative.localventures.jp/