企業経営者が企業を経営するにあたり、気になる点のひとつに執行役員の年収がある。自分とともに企業を経営していく役員には優秀な人材が欲しい。しかしながら、昨今は人材の流動化が進み、優秀な人材ほど転職市場では引く手あまたである。
優秀な役員を自社にとどめておくためにも、現在の執行執行役員の年収の実態や相場をつかんでおく必要があるだろう。さらに役員退任後の処遇についても考えておかねばならない。今回は執行役員の年収と退任後の処遇をテーマに解説しよう。
目次

中小企業の執行役員の年収の実態
中小企業の執行役員の年収の実態を把握するために注意したいのが、一般的に使われている中小企業の定義である。経営者に必要なのは、自社と競合するような同業者や自社の役員のスキルと能力を必要とする業界を超えた他企業の実態である。
中小企業庁では、中小企業の定義を中小企業政策の対象範囲の基準として、「資本金額または出資金額」と「従業員数」で下記のように定義している。

中小企業庁の定義でもわかるように、中小企業を表す範囲は広い。さらに、法律や制度、言葉として使用される場面によって、範囲が異なる。たとえば、法人税法の中小企業軽減税率の適用範囲は「資本金1億円以下の企業」となっている。
中小企業経営者が、自社の人材戦略の参考になる中小企業の執行役員の年収の実態を把握するためには、公表されているデータの内容から、自社の規模や実態に合った数値をピックアップし考察する必要があるだろう。
今回の記事では、中小企業庁の中小企業基本法の定義を参考に、資本金額などのランクごとに執行役員の年収の実態をまとめている。データは国税庁がまとめた「民間給与実態統計調査結果」から抜粋した。資本金額のランクは「2,000万円未満」「2,000万円以上」「5,000万円以上」「1億円以上」の4ランクのデータを掲載するので、自社の実態に合わせて検証してほしい。
中小企業の執行役員の平均年収額は?
国税庁がまとめた「2018年民間給与実態統計調査結果」では、456万2,000人の企業役員のデータを取りまとめている。まず初めに、資本金額のランクごとに対象人数が多い執行役員の年収をピックアップしてみていこう。

資本金額ごとの執行役員人数合計
役員総数456万2,000人を対象としたデータのうち、資本金額2,000万円未満の役員数が約180万人で、これは役員総数の約4割を占める。資本金額が大きくなるにつれ対象役員数は減っている。
資本金額ランクごとの対象人数が多い執行役員の年収
上記の表は、2018年民間給与実態統計調査結果をもとに、資本金額ランクごとに対象人数が多い年収上位3位をまとめたものだ。ざっと目を通しただけでも、資本金額ランクによって、執行役員の年収に大きな差があることがわかるだろう。中小企業役員といっても、年収は300万円以下から2,500万円超と格差があるのだ。
資本金額2,000万円未満の中小企業では年収200万円~400万円以下が上位3位までを占め、表には記載はないが、4位である年収500万円以下の20万3,048人を加えると、年収200万円~500万円以下割合は、総数の約半数を占める。
一方で、資本金額が2,000万円を超えた企業は、資本金額ランク「2,000万円以上」「5,000万円以上」「1億円以上」のいずれも、年収1,500万円以下が対象人数の多い年収1位となっている。資本金額が2,000万円を超えた企業の執行役員の年収のポイントは1,500万円という金額であることが予測される。しかし、資本金額「2,000万円以上」「5,000万円以上」のランクでは、年収300万円~600万円の人数も上位3位の中に入っており、各企業によりばらつきがあることも想定されよう。
資本金額が「1億円以上」の企業の執行役員の年収は、1位1,500万円以下、2位2,500万円超、3位2,000万円以下となり、高年収が実現している。
資本金額のランクごとの執行役員の平均年収額
2018年民間給与実態統計調査結果をもとに、資本金額ごとに役員平均年収額をピックアップしてまとめたのが下記の表である。

「中小企業の執行役員の年収はいくらか?」という問いをインターネットで検索すると、「平均年収額」が表示されていることが多い。ちなみに資本金額ごとではなくトータルでの2018年度の中小企業の執行役員の年収は「686.9万円」となっている。
多くのメディアで紹介されているデータは、平均値のみが表示されている。資本金額ごとのデータが掲載されている場合でも、上記のような平均値のみが示されているケースがほとんどであろう。
しかしながら、企業経営者が自社の人材戦略の参考になる中小企業の執行役員の年収の実態を把握するためには、平均値だけでは不十分であるような気がする。年収のようにばらつきがあるデータでは、平均値は実態を表す数値として十分であるとはいえない。そこで、「平均年収」をより実態のあるデータに近づけるために、前述の「資本金額のランクごとに対象人数が多い執行役員の年収」の表と、平均年収をミックスしたものが下記の表である。

資本金額2,000万円未満の中小企業の平均年収は、実に苦しいものがある。役員は、経営者とともに経営サイドとして企業経営に携わる人材である。企業経営者は、役員とともに業績を向上させ、コストやロスを減らすことで、同時に執行役員の年収もアップさせていくという将来に向けてのビジョンを自社の役員に伝えていくことが重要だろう。
資本金額2,000万円以上の役員の年収ランクは「2,000万円以上」「5,000万円以上」「1億円以上」でいずれも1,500万円以下であった。平均年収をみてみると、「1,200万円台」の金額が並んでいるのがわかる。
企業経営者が自社の人材戦略の参考になる中小企業の執行役員の年収の実態を把握するために考える「中小企業の役員平均年収額は?」という問いに対しての回答は、「資本金額のランクごとに対象人数が多い執行役員の年収」と「平均年収」をミックスした金額を参考にするのが現実的であろう。
役位で変わる平均年収額
執行役員の年収は、役位でも変わる。わかりやすいデータに産労創業研究所の「2015年役員報酬の実態に関する調査 結果概要」があるので紹介する。2015年のデータなので、平均年収の額についてはあくまで参考の金額になるが、役位で年収が変わるイメージの裏付けとしてほしい

一般従業員の職種別給与は?
前述では国税庁の2018年民間給与実態統計調査結果をもとに、資本金額2,000万円未満の企業の役員数が役員総数の約4割を占め、資本金額が大きくなるにつれ対象役員数も減っている現状を紹介した。
資本金額2,000万円未満の企業の役員の平均給与は605.0万円である。同じ資本金額2,000万円未満の企業の給与所得者の平均年収は325.8万円であるので、企業規模別で考えると、役員は高い年収を得ていると考えられる。
一方で、企業規模を考慮しないで年収を考えると、資本金が10億円以上の企業の給与所得者の平均年収は546.1万円となり、資本金額2,000万円未満の企業の役員の平均給与との差は約50万円となっている。
業種別では、平均年収の高い業種では、一般従業員でも平均給与が資本金額2,000万円未満の企業の役員以上か遜色ない年収を受け取っていることがわかる。たとえば、電気・ガス・熱供給・水道業の平均年収は787.7万円となり、金融業,保険業の平均年収は586.1万円となっている。
職種別で考えると、一般従業員が中小企業の執行役員の年収と同等の給与を得ている職業が存在する。厚生労働省の「2018年賃金構造基本統計調査」の職種別データによると、医師や弁護士など国家資格が必要な専門性の高い職種や、システム・エンジニアなどの専門職、大学教授、高いインセンティブが期待できる自動車外交販売員、航空機操縦士などは、高額の年収が期待できる。

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一般従業員から執行役員になると退職金が発生する?
一般従業員が執行役員に就任した場合は、退職金(一時金)を支払うケースが一般的である。執行役員に就任すると、契約の形態が「雇用から委任」へと変更されるためだ。
このときに支払われる退職金は、基本的には退職所得に該当する。ただし、以下の要件をひとつでも満たさない場合は、給与所得にみなされる(=税金が高くなる)ので注意しておきたい。

退職金が退職所得としてみなされれば、執行役員になる人物には節税メリットが生じるため、近年では執行役員制度を導入する中小企業が増えている。同様の理由で執行役員を配置する場合は、上記の要件をしっかりと意識しておきたい。
中小企業の役員退任後の処遇はどうする?
優秀な役員を自社にとどめるためや次期役員候補を採用募集する際に、執行役員の年収とともに重要なのが役員退任後の処遇だ。具体的には役員定年制や退職弔慰金制度などがある。
役員退任後の処遇の実態
役員退任後の処遇は、個々の企業の状況と退任する役員の存在価値によってケースバイケースで考えることが多い。特に処遇することなく、そのまま退任するケースもあるが、役員退任後も会社に残るケースでは一般的に下記のポストを準備する。
・常勤または非常勤の顧問・相談役
常勤または非常勤の顧問・相談役は、企業規模や特定の業界に限らず、役員退任後の処遇として準備されるポストであり、多くの企業で採用されている。
・グループ会社の役員
退任後の役員にグループ会社の役員を任せるには、グループ会社などが存在することが前提となる。したがって、企業規模がある程度大きい企業によくあるケースである。
・社長として雇用する
事業承継時の後継者に適任の役員がいる場合は、再度、社長として雇用されるケースもある。企業規模が小さい企業と比較すると、企業規模が大きい企業の割合が高くなるが、どちらの場合も実態としては稀である。
役員定年制がある企業の割合
役員定年制の採用は、役員の役位によって割合が変わってくる。産労創業研究所の「2015年役員報酬の実態に関する調査 結果概要」のデータを参考にすると、役員定年制採用の割合は、会長・社長で約3割、副社長約4割、常務取締役・取締役約6割となっている。
役員の退職慰労金制度がある企業の割合は?
総務省による2013年度の「民間企業における役員退職慰労金制度の実態に関する調査」では、従業員数50名以上の企業約1万社に対して調査を行い、2,997社から回答を得たデータをまとめている。
「従業員規模別」退職慰労金制度がある企業の割合

上記の役員退職慰労金制度の有無(従業員規模別)の表の合計のデータをみてみると、役員の役員退職慰労金制度があると回答した企業は、2,997社中1,364社で45.5%となった。従業員規模別データ上では、50人未満と1,000人以上の役員退職慰労金制度の採用がやや少なめになっているが、従業員規模と関連性があるとは断定できないであろう。
違う角度の指標で取りまとめた2つのデータで一定の傾向がみられたので紹介しておこう。それは、「設立後の経過年数」と「資本金額」である。
「設立後の経過年数別」退職慰労金制度がある企業の割合

「設立後の経過年数別」のデータをみてみると、企業が設立から期間が経過するにつれて役員退職慰労金制度を採用する企業の割合が増えている傾向がわかる。
「資本金額別」退職慰労金制度がある企業の割合

資本金額別に役員退職慰労金制度の実態を分析すると、「1,000万円未満」と「1,000~5,000万円未満」のランクの企業の役員退職慰労金制度の採用の割合が合計の45.5%を下回っている。特に「1,000万円未満」は、19.7%となり最も少ない割合になっている。
執行役員になって年収が増えたときの注意点
執行役員になると基本的には年収が増加するため、税負担や税務申告などの状況が変わることがある。ここからは年収が増えたときの注意点をまとめたので、執行役員を増やす前にしっかりと確認しておこう。
年収2,000万円を超えると確定申告の義務が生じる
雇用契約を結んでいる執行役員は、通常のサラリーマンと同じように年末調整によって税務申告を行う。ただし、就任にともなって年収が2,000万円を超える場合は、確定申告の義務が生じるため要注意だ。
自営業者に比べると手間はかからないが、確定申告は毎年行う必要があるので、繁忙期や決算との兼ね合いによっては大きな負担になる。自力で確定申告を行う余裕がない場合は、書類作成を代行してくれる税理士などへの相談も検討しよう。
翌年の税負担が急増することも
日本では所得税に累進課税が採用されているため、年収が増えると翌年の税負担が急増するケースもある。また、配当控除をはじめ、一定の所得金額を超えると適用されなくなる控除が存在する点も注意したいポイントだ。
一般従業員から執行役員になると、年収が数倍になることも珍しくないので、翌年の税金の支払いに悩まされる可能性がある。その影響で本業に支障が生じないよう、執行役員に任命する従業員には十分な説明を行っておきたい。
雇用保険に加入できないことがある
年収とは関係ないが、従業員が執行役員になると雇用保険に加入できなくなるケースがある。例えば、雇用保険の要件には「雇用契約を結んでいること」が含まれているため、委任契約をした執行役員には加入する権利がない。
また、雇用契約を結んでいる場合であっても、執行役員と取締役を兼任している人物は「役員」とみなされる。つまり、一般従業員と同じような労働性が認められない限り、雇用保険には加入できないため注意が必要だ。
このような人物が雇用保険に加入する場合は、ハローワークに「雇用実態を確認できる資料」と「兼務役員雇用実態証明書」を提出しなければならない。雇用実態を確認できる資料としては、就業規則や定款、組織図などが挙げられる。
手続きにあたって不明な点がある場合は、早めにハローワークの窓口に相談することを検討しよう。
執行役員を設置するメリット・デメリットのおさらい
最後に、中小企業が執行役員を設置するメリット・デメリットについても、改めておさらいをしておこう。

執行役員制度を導入する最大のメリットは、取締役の負担軽減につながる点だ。執行役員が上層部と従業員の橋渡し役になれば、取締役が本業に集中できる環境を整えられるので、会社全体としても成長を目指しやすくなる。
また、執行役員は従業員と同じ立場であるため、会社が支払う給与はすべて経費計上できる。一時金が退職所得として扱われることも考えれば、企業・個人の両方に節税メリットが発生する制度と言えるだろう。
ただし、執行役員には明確な定義がないため、業務範囲を細かく設定しておかないと存在意義が分からなくなりやすい。また、取締役と現場の距離が離れることで、意思決定の方向性を見誤るリスクも高まってしまう。
これらのデメリットに対策するためにも、執行役員を設置する際には業務内容を細かく煮詰めておく必要がある。ほかの役職との違いが明確になるように、「何のために設置するのか?」や「どんなメリットが発生するのか?」を意識しながら慎重に制度導入を進めていこう。
企業経営者は適切な役員報酬の計画を立てなければならない
優秀な役員を自社にとどめるためには、企業経営者が役員に対し最適な役員報酬の設定と役員退任後の未来予想図を提示していく必要があるだろう。一方、自社の経営状況によっては、役員報酬の減額が必要な場面も想定される。経営者には増額だけでなく減額も含めた経営に最適な役員報酬の設定が求められるであろう。
優秀な役員の動機付けは決して報酬面だけではない。経営者とともに企業経営を向上させるためにビジョンや企業理念の共有が必要なのではなかろうか。今回は、資本金や人員など、いくつかの視点から「役員報酬」と「役員退任後の処遇」について解説した。自社の状況に合わせて、最適なプランを考える参考にしていただきたい。
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文・小塚信夫(ファイナンシャルプランナー・ビジネスライター)