近年、国内で多くの企業から注目されている「自社株買い」。自社株買いには企業価値を高める効果があるものの、一方で注意するべきデメリットやリスクも存在する。自社株買いを検討中の経営者としては、綿密な計画を立てるために正しい知識を身につけておきたい。今回は自社株買いの概要やその事例、メリットとデメリットを明らかにし、上場企業や非上場企業での自社株買いの方法についても解説していく。
目次

自社株買いとは?
自社株買いとは、企業が自社の株を買い戻すことだ。すでに市場に流通した株式を買い戻すため、発行時の株式価格ではなく市場の時価で買い戻しをする必要がある。国内における自社株買いは、もともとは原則として禁止されていた。しかし、1994年や2001年の法改正によって、買付時などの一定の条件を守れば、金庫株(市場に出回らない株)として保有することが認められている。
単純な視点で見れば、わざわざ資金を費やして自社株を買い戻す行動であるため、あまりメリットを感じられないかもしれない。しかし以下で解説する通り、自社株買いはさまざまな目的で行われている。
自社株買いが行われる主な目的と事例
企業が自社株買いを行う目的は、大きく以下の3つに分けられる。

上記の中でも特に押さえておきたいポイントは、自社株買いには「株価の引き上げ効果」がある点だ。自社株買いが無制限に行われると、買付によって株価を大幅に釣り上げることが可能になるため、相場操縦行為を防ぐ意味合いで以下のような買付時のルールが設けられている。
〇自社株買いの買付時のルール ・1日に買付できる証券会社は1つまで ・1日の買付は、直近4週間における1日あたりの平均取引数量の25%まで ・大引け30分前になると買付できない ・寄付前の買い注文では、前日終値以下での指値注文はできない ・寄付後の買い注文では、その日の高値を超えた価格での指値注文や、直近の売買価格を上回る価格で反復継続した指値注文ができない |
実際のケースにおいては、どのような目的で自社株買いが行われているのだろうか。もう少しイメージをつかむために以下では自社株買いの具体例を紹介しよう。
NTTドコモの事例
NTTドコモは2019年4月26日、上限を3,000億円とする自社株買いを公表。公表当初に2,400円程度だった株価は、同年の12月には3,000円を超えた。この自社株買いは翌年の2020年3月まで続き、累計で1億660万1600株、取得総額は当初の予定通り2999億9976万円となった。
NTTドコモは自社株買いの理由を「資本効率の向上」と「株主還元の充実を図るため」と説明しているが、今回の自社株買いはその目的を達成している。自社株買いを実行することにより発行済み株式数が減少し、一株あたりの株価は上昇しているからだ。株主への利益分配を増やす方法は、ほかに増配(一株あたりの配当金を増やすこと)が考えられるが、自社株買いであれば株価が上がることによって株主に利益が還元され、同時に資本効率の向上も図れる。またこのような話題を提供することにより、株主を大切にする会社であることもアピールでき、現在株を持っていない投資家からも注目を集めることができるのだ。
ソフトバンクの事例
ソフトバンクグループもNTTドコモと同様に、積極的な自社株買いを行う企業だ。ソフトバンクグループは過去(2019年)にもストックオプションの行使などを目的として自社株買いを行っているが、2020年には最大2兆円の自社株買いを行うことを発表し経済界からの注目を集めた。
2020年の3月に発表されたプレスリリースによると、ソフトバンクグループは最大4.5兆円の資産を売却または資金化。この資金を元に最大2兆円の自社株買いを実施し、残った資金は負債の償還、社債の買い入れなどに充てるとした。当時は新型コロナウィルス感染拡大の影響もあってか株価が暴落し、ソフトバンクグループは自社株が本質的な価値に対して同グループ史上最大幅となる73%もの過小評価となっていると判断。積極的な自社株買いと負債の償還によって、株価を引き上げることを決定したのだ。この発表と同時にソフトバンクグループの株価は急騰、当日の終値はストップ高水準となった。
このように自社株買いは大企業でも頻繁に行われており、全体としては株主への利益還元や株価の引き上げを目的にしているケースが多い。ほかにも自社株買いにはさまざまな事例があるため、実態を知りたい人はニュースなどで確認しておくと良いだろう。
自社株買いが株価上昇につながる理由
自社株買いの仕組みをより理解するために、次は株価上昇につながる理由を解説しよう。自社株買いによる株価上昇には、ROEとPERの2つの指標が関係している。
1. ROEによる株価上昇
ROE(Return On Equity)とは、「当期純利益÷自己資本(株主資本)」で求められる自己資本利益率のことだ。この指標は簡単にいえば株主から集めた資金を使うことで企業がどれくらい効率的に収益を得たのかを表している。このROEが上がると株主や投資家からの評価が高まるため、それが株価の上昇につながっていく。自社株買いによってROEが高まるメカニズムを以下の例で確認していこう。
〇自社株買いでROEが高まる例 当期純利益が2,000万円、自己資本が1億円の企業では、ROEは以下の式で計算される。 2,000万円÷1億円×100=20.0%……【1】 自社株買いは自己資本を使って行われるため、たとえば2,000万円分の自社株を購入する場合は、以下のように自己資本が減少する。 2,000万円÷(1億円-2,000万円)×100=25.0%……【2】 |
【1】と【2】の計算結果を見てわかる通り、自社株買いをすれば自己資本が下がるので、自然とROEが高まっていく仕組みだ。ROEが高いほど、自己資本の効率性や収益性が高いことを意味するため、世の中の投資家から注目されやすくなる。
2. PERによる株価上昇
PER(Price Earnings Ratio)は「株価÷1株当たりの純利益(EPS)」で計算される株価の割安度を判断するための投資尺度だ。ある株価に関してEPSの何倍の値段がつけられているかを表しており、PERの数値が低いほど株価は割安であると判断される。自社株買いによってPERが変動するメカニズムも以下の例で確認していこう。
〇自社株買いでPERが下がる例 株価が2,000円、当期純利益が2,000万円、発行済み株式が10万株の企業では、PERは以下の式で計算される。(EPSは「当期純利益÷発行済み株式数」の式で計算) 2,000円÷(2,000万円÷10万株)=10倍…【3】 自社株買いで2万株を買い戻した場合、発行済み株式は8万株に減少(10万株-2万株)するため、この場合のPERは以下の式で算出できる。 2,000円÷(2,000万円÷8万株)=8倍…【4】 |
【3】と【4】の結果から自社株買いによってPERが2倍下がったことがわかる。つまりこの株式は割安の状態になったため、投資家から注目される可能性が高まるだろう。自社株買いを行うと発行済み株式が減り、その影響でPERも下がる仕組みはしっかりと理解しておきたい。ROEやPERは株価に影響を及ぼすが、実際の株価は投資家の動向によって変わる。
そのため自社株買いは必ずしも株価が上昇するわけではない。直後は株価が上昇したものの、最終的には下落してしまう例もあるため、後述で解説するリスクや注意点も意識することが重要だ。
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企業が自社株買いをする4つのメリット
企業が自社株買いをするメリットについてもう少し詳しく見ていこう。より効果的なタイミングで自社株買いを行うには、各メリットをしっかりと理解しておくことが必要だ。
1. 株価上昇や株価の下支えを狙える
自社株買いを行うと、その企業はROEやPERが改善されるため、投資家が興味を示す可能性がある。その結果として多くの個人投資家から買い注文が集まれば、自然と株価は上昇していくだろう。また投資家からの継続的な買いにつながるケースも多く、このような状況下では株価の下支えも期待できる。つまり自社株買いは世の中の投資家に対して自社をアピールすることにつながるのだ。
2. 株主や投資家へのアピールにつながる
自社株買いをすると発行済み株式数が減少するため、企業の利益が減らない限り「1株あたりの利益・資産」は増加していく。株主の視点で見れば、1株あたりの利益配分が増えることになるため、うれしい状況といえるだろう。つまり企業は自社株買いを行うことで「株主の利益をしっかりと考えている」といったメッセージを発信できる。
その結果、株主や投資家がこれまで以上に興味を示し、さらに株式を購入・保有してもらえる可能性が高まる。自社株買いにはこのような側面があるため、前述で紹介した事例のように企業価値を高める目的で実施されるケースが多いのだ。
3. ストックオプションを得られる
ストックオプションとは、発行時に決めた価格で自社の株を購入できる権利のこと。このときの購入価格は「権利行使価格」と呼ばれており、仮に株価が大きく上昇したとしても権利行使価格が変動することはない。この特性を活かしてストックオプションは主に従業員のモチベーションを高めるために利用されている。この点の理解を深めるために以下で一つ例を挙げてみよう。
〇ストックオプションの例 ある企業では、従業員に対して権利行使価格が500円のストックオプションを報酬として与えた。その時点では株価が300円であったため、すぐにストックオプションを行使するのではなく、各従業員は成果を出すことに努めた。しばらく経過して各従業員の努力によって業績が上がり、企業の株価は1,000円に上昇。このタイミングで従業員はストックオプションを行使し、差額分である500円の利益(1,000円-500円)を手に入れた。 |
上記の例を見てわかる通りストックオプションを与えられた従業員は、自社の株価が上がれば将来的に利益を得られる。その影響で各従業員は少しでも株価を上昇させるために、積極的に業務に取り組む可能性が高いのだ。ストックオプションが従業員全体のモチベーションにつながれば、業績の向上により自然と企業価値も高まっていくため、企業・従業員の双方にメリットが発生する。
・ストックオプションは新規上場会社での実施が多い
ストックオプションは、2020年の東京証券取引所における新規上場社数94社のうち88%の83社が実施している。ストックオプションは自社株買いのタイミングだけでなく、上場時にもモチベーションアップの効果が高いのだ。
社員に対してインセンティブを設定したいとき、売上に応じて給与に報酬をプラスすることも効果的だが、ストックオプションであれば、単なる売上だけでなく会社の価値そのものにインセンティブが連動する。一時的な売上増は短期的なモチベーションアップにしか繋がらないので、会社の価値向上はそれよりずっと恒久的なものといえるだろう。特に新規上場時は直近の売上よりも、会社の価値向上に力を入れたい時期。新規上場会社でのストックオプション実施が多いのは必然なのだ。同様に会社の価値向上を目指すのであれば、もちろん既存の会社でも有効だ。
4. 敵対的買収を防げる
敵対的買収とは、経営者同士が同意をせずに行われる買収のこと。基本的には経営権を獲得するために過半数の株式取得を目指す形で行われる。そんな敵対的買収を防ぐ手段として自社株買いはおおいに有効だ。具体的には、株価の上昇によって1株あたりの株価が上昇するため、経営権を獲得するにはより多くの資金が必要になる。
敵対的買収と聞いて大企業をイメージする人も見られるが、中小企業にとっても決して他人事ではない。特に以下に該当する中小企業は、敵対的買収のターゲットになりやすいため、注意が必要である。
・株主構成が不安定な企業
・業績が良く、従業員の能力が高い企業
・資産額に対して株価が低い企業
日本で敵対的買収が発生するケースは少ないとされているが、その対策として自社株買いが効果的である点はしっかりと覚えておこう。
押さえておきたい自社株買いのリスクと注意点
ここまで解説した通り、自社株買いにはさまざまなメリットがある。しかしその一方で意識しておきたいリスクや注意点も存在するため、安易に自社株買いを実施するべきではない。自社株買いを検討している企業は、以下のリスク・注意点もしっかりと理解しておこう。
1. 自己資本比率が下がる
自社株買いは手元の資金を使って行われるため、企業の自己資本比率が低下する。自己資本比率とは「自己資本÷総資本」で計算される企業の安全性を判断するための指標だ。この自己資本比率が下がるほど周りからは企業の財務体質が悪化しているように映る。つまり自社株買いによって多くの自己資本を失うと株主や投資家が興味を示さなくなってしまう恐れがあるだろう。
業種によっても変わってくるが、自己資本比率の目安は「20%」といわれている。自己資本比率が20%を切ると株主や市場から「危険水域にある」と判断される可能性が高まるため、過剰な自社株買いは控えることが重要だ。
2. 長期的な成長を阻む恐れがある
自社株買いのために費やす資金には、本来さまざまな使い道がある。具体的なものとしては、設備投資や研究開発、新たな雇用の創出などが挙げられるだろう。つまり自社株買いによって資金を失うと会社や事業の規模を拡大させることは難しい。成長できる機会を失ってしまうため、自社株買いは会社の長期的な成長を阻む恐れがあるのだ。
もちろんケースによっては長期的な成長より、短期的な成長が重要になることもあるだろう。しかし仮に長期的な成長の機会を失うと将来的に投資家が興味を示さなくなってしまう可能性が高い。そのため自社株買いの前にはしっかりと経営計画を立てて、「どこに資金を費やすべきか?」を慎重に判断することが重要だ。
3. 処分により株価が下落する可能性も
自社株買いによって取得した株式は、最終的に以下のいずれかの方法で処理をすることになる。

株式を処分すると企業は売却した際に得た資金を手元に残せる。しかし発行済み株式の総数が増えるため、1株あたりの利益・資産は減少していく。つまり処分をすると株価が下落してしまう可能性が高まるのだ。だからといって金庫株として自社株を長期間保管しておく方法も決して健全とはいえない。消却しないまま保管している株式には、常に処分のリスクがつきまとうため、株主や投資家からの評価が下がってしまう恐れがあるだろう。
一方で金庫株が消却された場合には、処分のリスクが取り除かれた影響によって株価が上昇しやすくなる。このように自社株は扱い方によって企業価値が大きく変わってくるため、買い戻し後の計画もきちんと立てておくことが重要だ。

上の表は、ここまで紹介したメリット・デメリットをまとめたものだ。自社株買いにはさまざまなメリットがあるものの、状況次第ではデメリットやリスクのほうが大きい場合もある。したがって安易に計画を進めるべきではなく実施する最適な方法やタイミングを見極めなくてはならない。単に株価を引き上げられるものと考えず、デメリットやリスクとも向き合いながら慎重に計画を立てるようにしよう。
自社株買いの方法
最後に実際に自社株買いを実施する方法について確認しておこう。自社株買いは上場企業だけでなく、非上場企業でも実施することができる。
上場企業の自社株買い
上場企業が自社株の買付を行う場合は、一般的にはTOB (株式公開買付)が行われる。TOB(Take Over Bit)とは、株式の買付期間や買取価格、取得目標株数などの条件を公開し、不特定の投資家から株式を買い集める方法だ。証券会社から株を買い集めることもできるがこちらは時価となり、TOBの場合には時価に30%程度の上乗せを行って株式を買い集める。
非上場企業の自社株買い
株式が市場で取引されていない非上場企業の場合には、株主と直接交渉をして株式を買い集めることとなる。ただしこの場合には株式の時価が判断できないため、以下の2つの方法で株価を設定し、その価格を基準として買い取りの交渉を行う。
- 類似業種比準価額方式
類似業種比準価額方式は、業種や企業の規模(売上や社員数、資本金など)が類似する「上場企業の株価」と自社を比較して株価を算出する方法だ。非上場企業のM&Aを行う場合の価値算定にもこの方法は用いられる。この方法は類似する上場企業との比較となることもあり、非上場企業の中でも比較的大規模な企業の株価算定に用いられることが多い。
- 純資産価額方式
類似業種比準価額方式では株価を算出しにくい中小規模の企業で用いられることの多い株価の算出方法が純資産価額方式だ。この方式は仮に会社が解散した場合を想定し、まず会社の資産をすべて売却したときの総資産額を算出する。この総資産額を、発行済み株式の数で割れば株価が設定できるというわけだ。
ただし実際にはどちらか一方の方法で算出すると言うより、両方の方法で算出を行い、株価の高いほうを採用するというのが一般的に行われている方法だ。どちらの場合も公開されている株式と違い、投資家の評価とあまりにかけ離れている株価は設定できないと覚えておこう。
計画を立てる前に、まずは目的の明確化や知識の習得が必要
自社株買いによってメリットを発生させ、かつデメリットやリスクを抑えるには、綿密な計画が必要だ。まずは自社の現状をしっかりと分析し、自社株買いの概要やメカニズムを理解したうえで慎重に計画を立てなくてはならない。また「どのような目的を達成したいのか」によって自社株買いの最適な方法は変わってくる。計画を立てる前に目的を明確にして正しい知識を身につけてから具体的な計画を立てていこう。
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