習帝国が終焉の危機? 中国内外で広まる「国家主席引退説」
(画像=ComugneroSilvana/stock.adobe.com)

2022年秋、開催予定の中国共産党大会で、習近平国家主席が異例の3期続投に突入する可能性が高まっている。しかし水面下では、同国家主席の引退説もまことしやかに囁かれ、政権No.2である李克強首相の存在感が増すなど、「習帝国」に異変の兆しが見える。

退任説の理由は失脚?病気?

習国家主席引退説の火付け役となったのは、カナダ在住のYoutuberである老灯(Lao Deng)の発言だ。台湾メディア、ニューズレンズ(TNL)などの報道によると、老灯は2022年5月5日に投稿した動画の中で、大手企業封じ込めやゼロコロナ政策、ロシア軍のウクライナ侵攻などの一連の重大な失政に業を煮やした政界の長老らが、習国家主席に退任を迫ったと主張。匿名の中国保安関係者を情報源とし、「習国家主席が2022年4月末の中国共産党政治局常務委員会で、(自国が直面している)経済・外交危機(の対応)を李首相に任せることに合意した」と述べた。

習国家主席が3期続投に意欲的な姿勢を維持している事実と照らし合わせると、同氏が退任をすんなり受け入れたとは信じ難い。“匿名の情報源”というだけでは信頼性に欠け、本来であれば単なるフェイクニュースと一笑に付すような内容だ。

ところがその後、せきを切ったかのように、国内外のメディアが習国家主席引退説を報じ始めた。

新華社と中国日報は、習国家首席に代わり李首相や中国人民政治協商会議全国の汪洋委員長、全国人民代表大会の李璋修常務委員長といった他の中国指導者が一面トップを飾るようになったなどと、政界報道の変化を指摘した。中国のメディア発展に関する研究プロジェクトであるチャイナ・マーケット・プロジェクト(CMP)の分析によると、習国家主席が1ヵ月に5回以上、人民日報の一面で取り上げられないことは異例の事態であるという。

また、英国やインドのメディアは「習国家主席は脳動脈瘤を患っている」と、中国側の情報筋による確証のない情報を報道している。

市場経済重視主義の李首相が台頭

とは言うものの、引退説に全く根拠がないわけではない。

習国家主席が2022年5月10日に開催された中国共産主義青年団(CYLC)創立100周年記念式典を除き、お得意の「自己主張の強い大演説」を行っていないことや、同日にソウルで行われた韓国の尹錫淑(ユン・スクヨル)大統領の就任式に王岐山副大統領を派遣したことなども指摘されている。

最も強力な根拠として挙げられているのは、習国家主席が掲げる独裁国家主義が色褪せ、李首相の市場経済重視主義が脚光を浴びている点だ。その温度差は、コロナ禍で一層鮮明になっている。

ウォールストリートジャーナル紙が政府関係者筋から得た情報によると、李首相は大手テックおよび不動産企業への規制緩和や、都市封鎖下の上海における製造産業の再開など、習政権下で大失速した中国経済の復興と安定化に向けて尽力してきた。

また、2022年5月25日には「政府当局者とのビデオ会議でコロナ対策と経済成長のバランスを上手に取るよう求めた」とブルームバーグ紙が報じた。ゼロコロナ政策に固執する習国家主席と、景気押し上げ・経済成長の目標達成を促す李首相の習国家主席に真っ向から対立する政策に、現場では戸惑いの声もあがっているという。

習政権に対抗できる後継者選びが狙いか

一部では、李首相が次期国家主席となる可能性が議論されているが、現時点においてその公算は低いだろう。同首相は、2022年4月に開催された全国人民代表大会で来年退任する意志を明言しており、残された任期中に可能な限り経済の安定化を図ることを自らの使命と捉えているのではないだろうか。

それと同時に、習国家主席が3期続投する可能性が高まっている現在、李首相の狙いは習氏に対抗できる後任者を選択することにあると関係者は見ているようだ。

関係者筋によると、李首相の支持者の中には共産主義青年団(李首相や胡錦濤第6代国家主席などを輩出した有力組織でありながら、習政権下で勢力を失った若手エリートを育成する共産党の派閥の一つ)とつながりのある幹部や、「習国家主席が固執する毛沢東の社会主義ビジョンに根ざしたイデオロギー」を懸念する一部の共産党当局者などがいるという。

コロナ禍の経済悪化で生じた習帝国の「綻び」

真相はどうあれ、発足8年目にして習政権が大きな試練に直面していることは疑う余地がない。「習国家主席が退任するとは思えない」との意見が大半を占める中、権力集中への懸念や柔軟性、国際社会との協調性を欠く政策を理由に、習帝国の継続を望まない声もある。

風向きを変えた主要原因は、中国の成長の原動力である経済の悪化とされている。習政権は過度の規制とコロナ禍の影響で、不良債権や相次ぐ経営破たん、失業率上昇が経済を圧迫していたところに、中国最大の都市、上海を封鎖するという大失策を講じた。

2022年の中国のGDP(国内総生産)成長率は年間5.5%という政府の成長目標を大きく下回り、2%前後になるとブルームバーグ紙のエコノミストは予想している。この予想が的中すれば、1976年以来初めて中国経済の成長率が米国経済(予想2.8%)を下回ることになる。

習政権存続か終焉か

政府は経済の速やかな正常化に向け、減税や緊急融資、融資返済期限の延長など、数々の経済支援措置を講じているものの、一度生じた綻びを取り繕うのは容易ではない。

強権誇示の目的で講じた数々の戦略が、自らを窮地に追い込んだ感が日に日に色濃くなる中、習帝国の存続と終焉の行方を世界中が注視している。

文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)

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