日清食品HD 食用代替パーム油で作製した油揚げ麺
(画像=日清食品HD 食用代替パーム油で作製した油揚げ麺)

〈日本独自の油脂資源確保へ期待、大豆油・オリーブ油など他の代替油生産の可能性も〉
日清食品ホールディングス(HD)は、酵母から取り出したパーム油の代替油から、“麺のプロフェショナル”もおいしいと認める油揚げ麺の開発に成功した。

世界初の研究成果として、3月に実施された日本農芸化学会では、同社としても初となる「トピックス賞」を受賞し、油脂・食品メーカーから大きな注目を集めた。大豆や菜種といった油脂原料の大半を輸入に頼る日本にとって、将来的に独自の油脂資源を確保できる期待も大きい研究だ。酵母の培養条件を変えることで、油の脂肪酸組成を変化させることができ、大豆油やオリーブ油など、他の油種の代替油を生産できる可能性もあるという。

同研究を管轄する食品栄養研究室の相部かおり氏と、入社初日から実務を担当して学会発表を行った三根健太郎氏、油の精製条件の確立と油揚げ麺の製造を担当した髙城博也氏に、これまでの道のりと、今後の構想を聞いた。

左から、相部かおり氏・三根健太郎氏・髙城博也氏
(画像=左から、相部かおり氏・三根健太郎氏・髙城博也氏)

――まずはこれまでの研究の経緯を

相部 日本は油脂資源の自給率が非常に低いという問題がある。世界的に人口が増加し、需要も増加する中で、国土が狭い日本がどのように独自の油脂資源を確保するかは課題だった。日清食品グループでは油揚げ麺を製造している関係上、パーム油の使用量が非常に多いこともあり、日清食品HDとして、2019年春から微生物を用いたパーム油代替の検討を開始していた。

当初は油脂酵母に限らず、藻類で油をつくることも考えながら広く調査したが、培養条件などのさまざまな観点から油脂酵母が一番効率的と考え、ターゲットを絞った。油脂酵母の中でも、パーム油と類似した脂肪酸組成の油を産生するLipomyces starkeyi(リポマイセス・スターキー)という株に着目し、同酵母研究の第一人者である新潟薬科大学の髙久洋暁教授との共同研究をスタートした。

脂肪酸組成の油を産生するLipomyces starkeyi(リポマイセス・スターキー)
(画像=脂肪酸組成の油を産生するLipomyces starkeyi(リポマイセス・スターキー))

初年度は、同大学に三根が技術研修に行き、油脂酵母の基礎的な培養技術などを技術移管してもらう形で研究を進めた。2年目には、油脂酵母が産生する油の食品への適性確認や、酵母を育てる培地を食品添加物などに置き換える検討を行いつつ、油揚げ麺の試作・検討も同時に実施した。

その結果、世界で初めて食べられる酵母油を使った揚げ麺の開発に成功した。今年度からは、産業化に向けたスケールアップや効率化のための基礎研究、研究内容についての積極的なアピールを行っており、環境へのアプローチや取り組みの周知、SDGsの達成を目指して取り組みを進めている。

――研究における苦労話や試行錯誤したことは

三根 この油脂酵母は一般的なパン酵母やビール酵母と違い、産業化や製品化の例がなく、実験室レベルでの研究しか行われてこなかった。そのため、数mlのオーダーからスケールアップすることや、食用可能な形へ置き換えることに時間と労力を要した。日清食品HDの研究所では、いくつか微生物の研究を行っているが、乳酸菌がメインだったため、酵母の研究を始めることに理解を得ることや、機器や環境をそろえることにも苦労した。

5Lスケールの中規模培養に使用するジャーファーメンター培養機
(画像=5Lスケールの中規模培養に使用するジャーファーメンター培養機)

油揚げ麺の試作には数十リットルの酵母油を必要とした。日本で最も研究が進んでいる新潟薬科大学ですら最高でも数十ml規模だったので、その数百倍のスケールアップを自力で行う必要があった。まずは数トン単位のタンクで酵母を培養する必要があり、その規模のタンクを保有する会社に培養を委託することになったが、先方も未経験のことなので、長い期間かけて条件をすり合わせて解決していき、ようやく100kg近くの乾燥菌体が確保できるようになった。

そこから手作業でひたすら菌体を壊して油を外に出し、有機溶媒で抽出するステップを朝から晩まで約1カ月繰り返したことが、体力的にも精神的にも負担が大きかった。そのため、現在はより効率的な抽出方法の開発に取り組んでいる。

――酵母から油を抽出する詳しいメカニズムは

三根 物理的な力を加えて菌体を破砕し、中から出た油を有機溶媒で抽出する。酵母は乳酸菌などと比べて細胞壁がしっかりしており、非常に硬い。物理的に破砕するには、約10kgのポットの中に、乾燥菌体をセラミックビーズと一緒に入れ、激しく機械で振動させて破砕する。このプロセスは少しずつ行わないと効率が悪い。効率化を図るため、今まで微生物ではあまり使われていない革新的な方法に取り組んでおり、すでに良い結果も出ている。

――油脂をつくる酵母の存在は知られていた

三根 野生状態では土中に生息しており、酵母を顕微鏡で観察すると、細胞内に油を貯めることは知られていたが、実際に活用された産業化の例はなかった。酵母が細胞内に油脂を貯めるという現象はそこまで珍しくはなく、パン酵母でも確認されている。今回の酵母に着目した理由は、かなり大量に貯める性質と、油の脂肪酸組成がパーム油に非常に近かったからだ。酵母を育てる培地には、窒素と炭素という、2つの重要な栄養源が必要になる。酵母は培地中で窒素を取り込んで増えていき、炭素を原料として油の生産が始まる仕組みになっている。

――パーム油以外の油種も再現できるのか

三根 油はそれぞれ脂肪酸組成が異なり、その違いによって各油の特徴は表れる。リポマイセス・スターキーは、培地の種類や温度などの培養条件を変えることで脂肪酸組成も変化する。例えば大豆油の代替油をつくろうと思えば、大豆油の脂肪酸組成に近づけるような条件を探索すれば、ハードルは高いが可能性はある。それだけ同酵母のポテンシャルは高い。

――酵母油の揚げ麺は最初からうまくいったか

髙城 結論から言うと、すぐには成功せず、かなり苦労した。パーム油や大豆油と同様に、酵母油も搾ったそのままでは使えない。夾雑物などを取り除く精製が必要になる。この酵母油は今まで世の中になかったため、一から綿密な精製条件を確立する必要があった。油から発泡する、酵母由来の臭いが残る、真っ黒な麺になるなど、失敗が続いた。相当な条件の検討を重ね、パーム油と遜色ない油を精製し、それを使った揚げ麺をつくることに成功するまで半年はかかった。おいしい揚げ麺ができた時は皆で喜び、当社に数多くいる麺のスペシャリストが試食しても、パーム油で揚げた麺と遜色ないという結論になった。

〈将来的には専門部署の設立や設備投資も、コストダウンや量産化に取り組む〉
――酵母油の油揚げ麺の商品化の目途は

相部 当社の麺の製造ラインに必要な油の量は1日数トン単位になる。今回の酵母油をそこまで大量に確保するとなると、かなり大きな設備が必要になる。実用化に向けて、将来的には専門部署の設立や設備投資も視野に入れつつ、研究を進めている段階だ。油は食品に限らず幅広い産業で使われている。パーム油は最たるところだが、脂肪酸組成が他の油に似ている酵母油の利用まで考えると、可能性は無限大だ。

三根 社内で使用する油揚げ麺用のパーム油の代替品の使用だけでもかなりハードルが高いので、酵母油のみを販売するなど、油揚げ麺以外の応用は現時点で考えてはいない。実用化のためのコストダウンの取り組みとしては、食品残渣を酵母に与え油を貯めさせる研究を進めている。例えば自社商品の麺の残渣を使い、もう一度油をつくるサイクルを達成できれば、環境面でもプラスになる。

――最後に今後の研究の意気込みを

三根 入社した初日にこの研究を任され、3年間研究に取り組み、学会やプレスリリースなど対外的な発表ができるようになった。今後もコストダウンや量産化の検討を進める過程で得る知見を対外的に発表することを通し、当社の環境への配慮や目標について積極的にアピールしていきたい。夢は、食品残渣リサイクルの取り組みを実現させることだ。

髙城 このテーマは世界中に影響を与える可能性があるので、環境面でも世界を救えるような取り組みを実現したい。

相部 培養肉も管轄しているが、環境問題の世界的な関心の高まりを感じている。世界規模での環境への取り組みという点で「やるな!日清食品」と思われることに取り組んでいきたい。

〈大豆油糧日報2022年4月28日付〉