森岡毅氏は、不振にあえいでいたユニバーサル・スタジオ・ジャパンを立て直し人物として知られています。
今回ご紹介する彼の著書、『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』は、それをどのように実現していったかを解説しつつ、個人と組織の可能性を最大化させるためにマーケティング思考が有効であると説きます。
マーケティングの本質に触れる一冊
本書は、入門書ながらマーケティングの本質を知ることができる良書です。
マーケティングの入門書というと、「難解で横文字だらけ」というイメージから毛嫌いされがちです。
あるいは、すでにある程度学問としてのマーケティングを修めている経営者やリーダーの方にとっては、「今さら入門書を読む必要はない」と手に取ることを躊躇するかもしれません。しかし、本書は大変読みやすい上に、前の職場が広告代理店で、日々横文字や数字と格闘していた私でも新たに学ぶ点ばかりでした。
森岡氏が用いるマーケティング手法の根底には、彼がこよなく愛する数学の思考があります。
これは、組織運営の原理原則である識学とも非常に親和性が高く、私は本書を読みながら、まるで別角度からの識学の講義を受けている錯覚に陥ったほどです。
そこで、今回は本書のマーケティング思考やキャリア・アップのエッセンス、問題提起について識学という見地から読み解いていきたいと思います。
強力な意思決定の仕組みが必要
本書のタイトルにもなっている、「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方」とは、USJの価値観と仕組みを消費者視点に変えたことだと言います。つまり、USJの価値観と仕組みは、森岡氏が来るまで消費者視点ではなかったのです。
識学講師の私も、消費者視点になっていない会社をよく目にします。では、なぜ一見当たり前な消費者視点が会社では簡単にできないのでしょうか。
本書によれば、それは、会社の利害と個人の利害が必ずしも一致しないからです。この消費者視点に限らず、様々な課題において何もしなければ組織が一致団結するのは困難だといいます。
例えば、「カレーライスがいい」という意見と「すき焼きがいい」という意見があったとき、利害の衝突を避けるために妥協案を取り、本来の消費者にとって最適でないはずの「カレーすき焼き」を提供するようなことが起きてしまうのです。
本書は、この問題の解決策として、「部門間や個人間の利害やしがらみをぶった切ることができる強力な意思決定の仕組みが必要」であると説きます。
会社と個人の利害不一致の克服
識学は、「決めることがリーダーの役割」と定義する点においては本書と同じ考えですが、さらに踏み込み、個人の利害を会社全体の利害より優先させようという意識や、会社と個人の利害が不一致である、会社と個人は利益相反の関係であるという意識(錯覚)はなぜ発生し、どのように解消すべきなのかというところからこの問題へアプローチしていきます。
一つの解決法は所属意識を醸成することです。この所属意識は、帰属意識や仲間意識と置き換えても結構です。
すなわち、本書のたとえを用いると、「同じ船に乗っている仲間である」という意識です。
同じ船に乗っている仲間であれば、経営の危機、つまり船底に穴が空いて沈没しかけている状態のときに、部門や個人の役割(避難誘導役・穴をふさぐ役・不要な荷物を捨て浮力を得る役・浸水箇所をコントロールし船の姿勢を制御する役・最寄りの寄港先を探し交渉する役・SOSを発信する役など)の利害が不一致という意識は生まれないはずです。
このように、皆が生き残るという目的を共有するためには、所属意識が必要になるのです。
所属意識発生の機序とは
では、どのように所属意識は生まれるのでしょうか。まずは、皆さんが所属している、仲間の一員であると思っているコミュニティを思い浮かべてください。
そのコミュニティの構成員には共通点があるはずです。それは、同じ文化や風習、マナー、暗黙の了解の下にいるということです。つまり、同じルールを守っているわけですね。
会社と個人の利害が不一致である、会社と個人は利益相反の関係であるという意識を発生させないために、識学では共通のルール下にいるということを明確に認識してもらうことから始めます。
なぜこの意識を発生させないようにするかというと、結局その方が会社にとっても個人にとっても得だからです。
意識変革ではない
決して個人の意識を強制的に変革しようという訳ではないことを強調しておきます。
共通のルール下にいたくないということは、そのコミュニティに属したくないということと同義であり、自然とそのコミュニティから離れていくはずです。
会社も同様です。誰かに強制されて属している訳ではないはずですし、幸い日本は職業選択の自由が保障されています。
意思決定の仕組みが構築できたのであれば、次はどのように戦略を立案しなければいけないかです。今回はここまでとし、後編に続きます。