従業員を雇用する際には、雇用保険に加入しなければならない。煩雑な手続きが必要な上、従業員のために加入するものと思われがちだが、実は会社側にもメリットはある。本記事では雇用保険制度の概要とともに、経営者にとっての加入メリットを解説していく。
目次
雇用保険はどんな制度?主な目的と役割
社会保険制度のひとつである雇用保険は、労働者や事業主を支援するための強制保険制度である。就労中の労働者の傷病に対する補償を行う「労働者災害補償保険(労災保険)」と合わせて、「労働保険」と呼ばれている。
<雇用保険の概要>
引用:厚生労働省「雇用保険の加入手続はきちんとなされていますか!」
雇用保険制度は、労働者が失業した場合などに必要な給付を行い、労働者の生活及び雇用の安定を図るとともに再就職の援助を行うことなどを目的とした雇用に関する総合的な機能をもった制度です。
雇用保険の加入義務については、雇用保険法に明記されている。基本的には政府が管轄しているが、政令で定められた一部の業務については都道府県知事が行う場合もある。
参考:e-GOV法令検索「雇用保険法」
雇用保険の目的と役割
雇用保険の目的・役割は、大きく2つに分けられる。
ひとつ目は、失業した労働者の再就職を支援することだ。具体的には失業者に対して必要な給付を行い、再就職ができるようになるまで安定した生活をサポートしている。
2つ目の目的は、雇用安定や労働者の能力開発につながる「雇用保険二事業」を通して、福祉の増進を図ることである。
<雇用保険二事業とは>
引用:厚生労働省「雇用保険二事業について」
失業の予防、雇用機会の増大、労働者の能力開発等に資する雇用対策 -失業等給付の給付減を目指す-
<雇用保険二事業の内容>
引用:総務省「第2 雇用保険二事業の概要と調査対象事業」
(ア)雇用安定事業
雇用保険法(昭和 49 年法律第 116 号)第 62 条において、政府は、被保険者、被保険者であった者及び被保険者になろうとする者に関し、失業の予防、雇用状態の是正、雇用機会の増大その他雇用の安定を図るため、次のような雇用安定事業を行うことができるとされており(同条第1項)、また、雇用安定事業の一部を独立行政法人雇用・能力開発機構(以下「(独)雇用・能力開発機構」という。)及び独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構(以下「(独)
高齢・障害者雇用支援機構」という。)に行わせるものとするとされている(同条第3項)。
(イ)能力開発事業
雇用保険法第 63 条において、政府は、次のような能力開発事業を行うことができるとされており(同条第 1 項)、また、能力開発事業の一部を、(独)雇用・能力開発機構に行わせるものとするとされている(同条第3項)。
このように、雇用保険は労働者と事業主への支援を通して、社会全体の雇用を安定させるために機能している。
雇用保険の加入条件と加入義務
ここからは、雇用保険の加入義務及び加入条件について解説する。
加入条件(雇用保険における被保険者の適用基準)
雇用保険の被保険者の対象は、以下の2つの条件を満たす雇用者である。
・31日以上継続して雇用される見込みがある
・1週間の所定労働時間が20時間以上である
被保険者の対象に含まれる従業員を雇う場合は、事業の業種や規模、雇用形態に関わらず雇用保険に加入しなければならない。
加入義務
加入条件を満たす労働者を1人でも雇用する場合、雇用主は加入義務を負うことになる。具体的には、その労働者を雇用保険の被保険者として、公共職業安定所(ハローワーク)に届け出をしなくてはならない。
なお、義務があるにも関わらず加入を怠ると、追徴金や過去分を含めた保険料(未払い分)の支払いが命じられる。さらにこの命令に応じない場合は、雇用保険法第83条第1項により、懲役6ヵ月または罰金30万円以上のいずれかが課されてしまう。
企業が雇用保険に加入する2つのメリット
ここからは雇用保険に加入することで生じる、企業・経営者のメリットを解説していく。
なお、加入条件を満たす労働者を1人でも雇う場合、雇用主に「加入しない」という選択肢はない。この点を前提とした上で、雇用保険に加入するメリットを確認していこう。
1.事業主に対する様々な給付金を受給できる
雇用保険に加入している事業主には、さまざまな給付金制度が適用される。具体的にどのような制度があるのか、以下で簡単に紹介しておこう。
・雇用調整助成金
新型コロナウイルスの影響によって、事業の縮小を余儀なくされた事業を対象とした助成金制度。労使間の協定に基づき休業している事業主に対して、一部の休業手当分などが支給される。
参考:厚生労働省「雇用調整助成金」
・労働移動支援助成金(再就職支援コース)
事業の規模収縮によって、離職を余儀なくされた労働者の再就職を支援するための助成金。主な目的は労働者の再就職支援だが、実際に助成金が支給されるのは関連する取り組みを行った事業主となる。
参考:厚生労働省「労働移動支援助成金(再就職支援コース)」
・労働移動支援助成金(早期雇入れ支援コース)
再就職援助計画などの対象者を雇い入れた場合に、一定金額の支給を受けられる助成金制度。支給を受けるには、離職から3ヶ月以内に期限なしで雇い入れることが条件となる。
参考:厚生労働省「労働移動支援助成金(早期雇入れ支援コース)」
・トライアル雇用助成金
トライアル雇用の対象者を、3ヶ月間続けて雇用する事業主に対して支給される助成金。対象者には、2年以内に離職を2回以上繰り返している者や、日雇い労働者などが含まれる。
参考:厚生労働省「トライアル雇用助成金(一般トライアルコース)」
2.社会的な信用性が高まる
2つ目のメリットは、会社の社会的な信用性が高まる点だ。
「雇用保険に加入している」という事実は、その現場で働く者の安心感につながる。仮に職を失っても失業手当などを受けられるため、求職者や就活生からの信頼も獲得できるだろう。
つまり、雇用保険に加入していることが求職者に伝われば、人材確保を安定させやすくなる。
企業が雇用保険に加入するデメリット
雇用保険に加入した事業主は、国の定めに従って雇用保険料の一部を負担しなければならない。以下の表は、2023年度における雇用保険料率をまとめたものだ。
上記の通り、雇用保険料は事業主のほうが多く支払う。料率で見ると小さいかもしれないが、全従業員分の雇用保険料を負担すると大きな支出になるかもしれない。
また、新たに従業員を雇う度に手続きが必要になる点も、企業側のデメリットといえる。特に人材の出入りが激しい業種では、加入手続きが負担になる可能性もあるだろう。
雇用保険料のシミュレーション
労働者や事業主が支払う雇用保険料は、以下の式を用いて計算される。
額面の給与額(賞与額)×料率=雇用保険料
仮に額面の給与額を30万円として、2023年度における雇用保険料(一般の事業)を計算してみよう。
労働者負担分:30万円×6/1,000=1,800円
事業主負担分:30万円×9.5/1,000=2,850円
なお、事業主負担分については、対象となる全従業員の給与・賞与を合計して計算する。上記では労働者1人分の保険料を計算したが、実際のプロセスが異なる点には注意してほしい。
アルバイト・パートでも雇用保険に加入できる?
雇用保険の対象者は、正規雇用の従業員だけではない。下記の条件を満たす場合は、アルバイトやパートなども非正規雇用者も、雇用保険に加入させる必要がある。
・所定労働時間が1週間で20時間以上である
・雇用期間の見込みが31日以上である
・学生ではない
所定労働時間とは、就業規則で定められた労働時間のうち、休憩時間を差し引いた時間だ。仮に1週間の勤務時間を30時間、休憩時間の合計を5時間とした場合、所定労働時間は25時間(30時間-5時間)となる。
また、学生については例外があり、夜間の高等学校や大学、定時制課程に通う者や、休学中の学生などは雇用保険の加入対象者に含まれる。
条件を満たしても加入できないケース
前述の加入条件を満たしていても、以下のケースに当てはまる従業員は、原則として雇用保険の被保険者にはならない。
季節的に雇用される者(雇用期間が4ヶ月以内と定められているか、1週間の所定労働時間が30時間未満の者)
昼間学校に通っている学生
※卒業見込証明書を有し、卒業後も同じ会社に勤務する予定の学生や、休学中の学生などは被保険者として認められる可能性がある。会社取締役及び会社役員
※同時に従業員としての身分を有し、他の従業員同様に労働している実績があり、雇用関係が明確である場合は被保険者として認められる可能性がある。事業主と同居している親族
※他の従業員同様に労働している実績があり、雇用関係が明確である場合は被保険者として認められる可能性がある。
ただし、一部の学生のように例外もあるため、判断に迷ったときは社会保険労務士などの専門家に相談することを検討しよう。
雇用保険の加入手続きの流れ
雇用保険の加入にあたっては、雇用保険と労災保険の2つを包括した「労働保険」に関連した手続きも必要になる。以下では、雇用保険に加入するまでの流れと、各手続きのポイントをまとめた。
手順1.届出を提出する
まずは、保険関係が成立した日の翌日から10日以内に、労働保険の保険関係成立届を以下の機関に提出する。
一元適用事業:労働基準監督署
二元適用事業:所轄のハローワーク
一元適用事業とは、二元適用事業以外のすべての事業のことであり、該当する企業は雇用保険と労災保険の手続きをまとめて行う。二元適用事業は以下のいずれかに該当する事業であり、雇用保険と労災保険の手続きを別々に行う必要がある。
・都道府県および市町村、並びにこれらに準ずる者が行う事業
・農林水産事業
・建設事業
・港湾労働法が適用される港湾で、港湾運送の行為を行う事業
二元適用事業に該当する場合は、書類の提出先が雇用保険と労災保険で異なるため注意しておきたい。なお、書類提出時に発行される「労働保険番号」は以降の手続きで必要となるため、最初に届出を提出しなければならない。
手順2.概算保険料の算出
次は賃金支払見込額をもとに、保険関係が成立した日から保険年度の末日(3月31日)までの分を計算する。提出書類や期限はないが、以降の手続きが間に合うように進める必要があるため、できるだけ早めに取り組んでおきたい。
手順3.申告書・納付書の提出
概算保険料を算出したら、保険関係が成立した日の翌日から50日以内に申告書・納付書を提出する。提出先については、以下の通りである。
一元適用事業:労働局、労働基準監督署または金融機関
二元適用事業:労働局または金融機関
このプロセスでは、口座振替や電子納付、銀行の窓口などで概算保険料も納付する必要がある。
手順4.設置届と資格取得届の提出
次に、適用事業を開始した日の翌日から10日以内に、雇用保険適用事業所設置届と雇用保険被保険者資格取得届を所轄のハローワークに提出する。
このプロセスでは、「労働保険保険関係成立届」の事業主控や、「登記事項証明書」などの事業所についての確認書類の提示が求められる。また、新しく雇用保険の適用対象となる従業員を雇用する場合は、該当の従業員の「雇用保険被保険者資格取得届」の提出が必要だ。
なお、「労働保険保険関係成立届」をはじめとした雇用保険加入時に必要な申請や、毎年の保険料の納付に際した「年度更新申告」の手続きなどは、電子申請でも可能である。ただし、電子申請では「認証局」から電子証明書を取得する必要があるため、早めの準備が必要となる。
例外:従業員が離職した際の手続き
従業員が離職した場合は、被保険者でなくなった日の翌日から10日以内に、「雇用保険被保険者資格喪失届」と「雇用保険被保険者離職証明書」を所轄のハローワークに提出しなければならない。なお、離職理由によって失業手当等の給付額が異なるため、提出の際は離職理由が確認できる書類の提示が求められる。
雇用保険加入の必要書類
続いて、雇用保険の加入手続きに必要な書類について解説する。
<労働保険保険関係成立届>
労働保険の適用事業の開始を報告するための書類。最寄りの労働基準監督署や会社の所在地、事業の概要や雇用保険の被保険者数などを記載する。
<労働保険概算保険料申告書>
労働保険料の概算額を申告するための書類。労働保険番号や支払う予定の賃金総見込み額、雇用保険の被保険者数、保険料率などを記載する。
「労働保険保険関係成立届」の提出時に付与される「労働保険番号」の記載を求められるため、労働保険保険関係成立届提出後に記載する必要がある。なお、労働保険料は「労働者に支払う賃金の総額×保険料率(労災保険率+雇用保険率)」で計算できる。
<雇用保険適用事業所設置届>
雇用保険の適用事業の開始を報告するための書類。労働保険番号や事業概要、雇用保険被保険者数や社会保険の加入状況などを記載する。
<雇用保険被保険者資格取得届>
雇用保険の被保険者となる従業員が、雇用保険に加入するための書類。該当の従業員のマイナンバーや氏名などの個人情報や、雇用形態、職種などを記載する。
加入を怠らず、受け取れる助成金がないか改めて確認を
雇用保険への加入は義務であり、加入を怠ると会社としての信頼を失うなどの様々な不利益を被ってしまう。加入すれば雇用保険料を毎年支払わなければならないが、それ以上に加入するメリットは大きい。手続きが煩雑だからといって、雇用保険の手続きは後回しにしないほうが賢明だろう。
また、給付される助成金については、社会の状況に応じて変化する。雇用保険を最大限活用できるよう、受給できる助成金がないか常にアンテナを張っておきたい。