
従業員を雇用する際には、雇用保険に加入しなければならない。煩雑な手続きが必要な上、従業員のために加入するものと思われがちだが、実は会社側にもメリットはある。本記事では雇用保険制度の概要とともに、経営者にとっての加入メリットを解説していく。
目次
雇用保険はどんな制度?主な目的と役割
社会保険制度のひとつである雇用保険は、労働者や雇用する事業主を支援するための強制保険制度である。就労中の労働者の傷病に対する補償を行う「労働者災害補償保険(労災保険)」と合わせて、「労働保険」と呼ばれている。
雇用保険の目的と役割
雇用保険の目的・役割は、大きく2つに分けられる。
ひとつ目は、失業した労働者の再就職を支援することだ。具体的には失業者に対して必要な給付を行い、再就職ができるようになるまで安定した生活をサポートしている。
2つ目の目的は、雇用安定や労働者の能力開発につながる「雇用保険2事業」を通して、福祉の増進を図ることである。
○雇用保険2事業とは?
【1】雇用安定事業
事業主に対する助成金の給付や、就職が困難な労働者の支援などを行う事業のこと。
失業の予防や、雇用機会の増大などを目的として実施されている。
具体的な施策としては、高齢者や障がい者などを積極的に雇用する事業主に対しての特定求職者雇用開発助成金の給付や、失業者に対しての就職支援ナビゲーターによる就職相談・職業紹介などが含まれる。
【2】能力開発事業
労働者に対する職業訓練の実施や、事業主が行う教育訓練への支援などを行う事業のこと。
労働者の能力開発及び向上をはじめとした福祉増進を主な目的としている。
具体的な施策としては、職業能力開発のための公的施設の設置・運営や、職業訓練を実施した事業主に対するキャリア形成促進助成金などが含まれる。
このように雇用保険は、労働者と事業主それぞれに対する支援を通して、社会全体の雇用を安定させるために存在している。
雇用保険の加入条件と加入義務
ここからは、雇用保険の加入義務及び加入条件について解説する。
加入条件(雇用保険における被保険者の適用基準)
雇用保険の被保険者の対象は、以下の2つの条件を満たす雇用者である。
・31日以上継続して雇用される見込みがある
・1週間の所定労働時間が20時間以上である
被保険者の対象に含まれる従業員を雇う場合は、事業の業種や規模、雇用形態に関わらず雇用保険に加入しなければならない。
加入義務
加入条件を満たす労働者を1人でも雇用する場合、雇用主は加入義務を負うことになる。具体的には、その労働者を雇用保険の被保険者として、公共職業安定所(ハローワーク)に届け出をしなくてはならない。
なお、義務があるにも関わらず加入を怠ると、追徴金や過去分を含めた保険料(未払い分)の支払いが命じられる。さらにこの命令に応じない場合は、雇用保険法第83条第1項により、懲役6ヵ月または罰金30万円以上のいずれかが課されてしまう。
企業が雇用保険に加入する2つのメリット
ここからは雇用保険に加入することで生じる、企業・経営者のメリットを解説していく。
なお、加入条件を満たす労働者を1人でも雇う場合、雇用主に「加入しない」という選択肢はない。この点を前提とした上で、雇用保険に加入するメリットを確認していこう。
1.事業主に対する様々な給付金を受給できる
雇用保険に加入している事業主には、さまざまな給付金制度が適用される。具体的にどのような制度があるのか、以下で簡単に紹介しておこう。
・雇用調整助成金
新型コロナウイルスの影響によって、事業の縮小を余儀なくされた事業を対象とした助成金制度。労使間の協定に基づき休業している事業主に対して、一部の休業手当分などが支給される。
・労働移動支援助成金(再就職支援コース)
事業の規模収縮によって、離職を余儀なくされた労働者の再就職を支援するための助成金。主な目的は労働者の再就職支援だが、実際に助成金が支給されるのは関連する取り組みを行った事業主となる。
・労働移動支援助成金(早期雇入れ支援コース)
再就職援助計画などの対象者を雇い入れた場合に、一定金額の支給を受けられる助成金制度。支給を受けるには、離職から3ヶ月以内に期限なしで雇い入れることが条件となる。
・トライアル雇用助成金
トライアル雇用の対象者を、3ヶ月間続けて雇用する事業主に対して支給される助成金。対象者には、2年以内に離職を2回以上繰り返している者や、日雇い労働者などが含まれる。
2.社会的な信用性が高まる
2つ目のメリットは、会社の社会的な信用性が高まる点だ。
「雇用保険に加入している」という事実は、その現場で働く者の安心感につながる。仮に職を失っても失業手当などを受けられるため、求職者や就活生からの信頼も獲得できるだろう。
つまり、雇用保険に加入していることが求職者に伝われば、人材確保を安定させやすくなる。
雇用保険の加入手続きの流れと必要書類
ここからは雇用保険加入の手続きの流れと、加入時に求められる必要書類を解説していく。雇用保険の手続きにあたっては、雇用保険と労災保険の2つを包括した「労働保険」に関連した手続きも必要となってくるため、合わせて手順を紹介していこう。
雇用保険の加入手続き
まずは、雇用保険の加入手続きをステップ別に解説する。なお、雇用保険に関連する書類の提出先は、会社の事業が「一元適用事業・二元適用事業」のどちらに該当するかによって異なる
一元適用事業とは、二元適用事業以外のすべての事業のことであり、該当する企業は雇用保険と労災保険の手続きをまとめて行う。二元適用事業は以下のいずれかに該当する事業であり、雇用保険と労災保険の手続きを別々に行う必要がある。
・都道府県および市町村、並びにこれらに準ずる者が行う事業
・農林水産事業
・建設事業
・港湾労働法が適用される港湾で、港湾運送の行為を行う事業
二元適用事業に該当する場合は、書類の提出先が雇用保険と労災保険で異なるため注意しておきたい。

また、以下では各手続きの概要やポイントをまとめた。

雇用保険加入の必要書類
続いて、雇用保険の加入手続きに必要な書類について解説していく。
・労働保険保険関係成立届
労働保険の適用事業の開始を報告するための書類。最寄りの労働基準監督署や会社の所在地、事業の概要や雇用保険の被保険者数などを記載する。
・労働保険概算保険料申告書
労働保険料の概算額を申告するための書類。労働保険番号や支払う予定の賃金総見込み額、雇用保険の被保険者数、保険料率などを記載する。
「労働保険保険関係成立届」の提出時に付与される「労働保険番号」の記載を求められるため、労働保険保険関係成立届提出後に記載する必要がある。なお、労働保険料は「労働者に支払う賃金の総額×保険料率(労災保険率+雇用保険率)」で計算できる。
・雇用保険適用事業所設置届
雇用保険の適用事業の開始を報告するための書類。労働保険番号や事業概要、雇用保険被保険者数や社会保険の加入状況などを記載する。
・雇用保険被保険者資格取得届
雇用保険の被保険者となる従業員が、雇用保険に加入するための書類。該当の従業員のマイナンバーや氏名などの個人情報や、雇用形態、職種などを記載する。
雇用保険の気になるポイント!FAQ形式で注意点を紹介
最後に、ここまで解説しきれなかった雇用保険のポイントをFAQ形式で紹介する。
Q1.雇用保険の適用外となるのはどのような従業員?
以下の条件に当てはまる従業員は、雇用保険の被保険者とはならない。ただし、例外的に被保険者となる場合もある。
(1) 季節的に雇用される者(雇用期間が4ヶ月以内と定められているか、1週間の所定労働時間が30時間未満の者)
(2) 昼間学校に通っている学生
※卒業見込証明書を有し、卒業後も同じ会社に勤務する予定の学生や、休学中の学生などは被保険者として認められる可能性がある。
(3) 会社取締役及び会社役員
※同時に従業員としての身分を有し、他の従業員同様に労働している実績があり、雇用関係が明確である場合は被保険者として認められる可能性がある。
(4) 事業主と同居している親族
※他の従業員同様に労働している実績があり、雇用関係が明確である場合は被保険者として認められる可能性がある。
Q2.従業員が離職した際はどのような手続きが必要?
被保険者でなくなった日の翌日から10日以内に、「雇用保険被保険者資格喪失届」と「雇用保険被保険者離職証明書」を所轄のハローワークに提出しなければならない。なお、離職理由によって失業手当等の給付額が異なるため、提出の際は離職理由が確認できる書類の提示が求められる。
Q3.雇用保険に関する手続きは電子申請でも可能?
電子申請でも可能である。「労働保険保険関係成立届」をはじめとした雇用保険加入時に必要な申請や、毎年の保険料の納付に際した「年度更新申告」の手続きなども電子申請で行える。
ただし電子申請を行うためには、「認証局」から電子証明書を取得する必要がある。
加入を怠らず、受け取れる助成金がないか改めて確認を
雇用保険への加入は義務であり、加入を怠ると会社としての信頼を失うなどの様々な不利益を被ってしまう。加入すれば雇用保険料を毎年支払わなければならないが、それ以上に加入するメリットは大きい。手続きが煩雑だからといって、雇用保険の手続きは後回しにしないほうが賢明だろう。
また、給付される助成金については、社会の状況に応じて変化する。雇用保険を最大限活用できるよう、受給できる助成金がないか常にアンテナを張っておきたい。
文・大町拓也(フリーライター)