中村 太郎
中村 太郎(なかむら・たろう)
税理士・税理士事務所所長。中村太郎税理士事務所所長・税理士。1974年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。税理士、行政書士、経営支援アドバイザー、経営革新等支援機関。税理士として300社を超える企業の経営支援に携わった経験を持つ。税務のみならず、節税コンサルティングや融資・補助金などの資金調達も得意としている。中小企業の独立・起業相談や、税務・財務・経理・融資・補助金等についての堅実・迅速なサポートに定評がある。

事業承継の成功とは、長く生き残る会社を託すために、後継者や従業員、取引先にとって一番良い状態で事業を引き継ぐことである。そのためには、会社を長期目線で見つめ直し、実現可能な事業承継計画を立てなければならない。本記事では、中小企業の事業承継を成功させるための4つのポイントを解説する。

目次

  1. 事業承継の種類や承継する方法
    1. 事業承継の種類と近年の傾向
    2. 事業承継で引き継ぐもの
    3. 事業承継の方法
  2. 事業承継を成功させるポイント4つ
    1. 1.事業承継計画の作成
    2. 2.事業承継計画の周知
    3. 3.事業承継に関する法務・税務対策
    4. 4.事業承継に伴う資金対策
  3. 事業承継の成功事例4選
    1. 伝統技術の事業承継の成功事例
    2. 有力企業への事業承継で会社も従業員も守った事例
    3. 従業員アンケートを活用した従業員承継の事例
    4. 家族経営の仕出し弁当店のM&Aの成功事例
  4. 事業承継の成功には専門家への相談が不可欠
中小企業の事業承継成功に必要なこととは?4つのポイントを解説
(画像=AndreyPopov/stock.adobe.com)

事業承継の種類や承継する方法

事業承継とは、会社や個人事業を次の経営者に承継することであり、親族はもちろん第三者にもこれまでの事業を繋いでいくことである。ここでは、事業承継の種類や引き継ぐものなど、事業承継の基本について解説する。

事業承継の種類と近年の傾向

中小企業庁の『事業承継ガイドライン」による分類を参照すると、事業承継は承継者の違いで以下の3つに分けることができる。

①親族内承継
②役員・従業員承継
③社外への引継ぎ(M&A等)

2015年における中小企業庁の調査によると、調査時の直近5年における事業承継では、②と③の割合が65%以上であり、中小企業経営者の高齢化と後継者不足の問題から、②や③のニーズが高まっている。

また、2020年版中小企業白書によると、2017年から2019年の事業承継では、同族承継は減少傾向にあり、代わりに内部昇格や外部招聘が増加している。2017年の同族承継は41.6%であったが、2019年の同族承継は34.9%まで下がり、同年の内部昇格の33.4%とほぼ同じ割合になっている。

(参考)中小企業庁:事業承継ガイドライン
中小企業庁:中小企業白書2021帝国データバンクの「全国・後継者不在企業動向調査(2019年)」

事業承継で引き継ぐもの

事業承継によって引き継ぐものは、会社の経営権(株式)の他、現金預金、有価証券、債権、事業用設備などの資産、借入金や社債などの負債といった有形なものから、従業員がもつ技術、ブランド、経営理念といった無形なものなどがある。

・許認可は承継できる?

M&Aによる事業承継の場合、売り手側の許認可が買い手側に承継されるかどうかが問題となる。

例えば、事業譲渡や合併、会社分割では、売り手の事業を買い手側が引き続き営むことになるが、その際、許認可は自動的には承継されない。

個別の根拠法において、事業譲渡の際に許認可の承継を認める規定があれば話は別であるが、そうでなければ対策が必要になる。(例:買い手が事業承継の前にその許認可を取得する等)

事業承継の方法

株式会社における事業承継は、現経営者が保有する株式を、後継者に承継することで行われる。株式を承継する方法には、贈与、相続、譲渡(売却)がある。

事業承継を成功させるポイント4つ

事業承継を成功させるには、承継する前の準備から承継後のフォローまでさまざまな対応が必要なる。ここでは、事業承継を成功させるためのポイントを4つ紹介する。

1.事業承継計画の作成

事業承継を成功させるには、「いつ・誰に承継するか」等を定めた、事業承継計画を立てなければならない。

業績が悪化しているタイミングで事業承継をしても、後継者が難局を打開し、うまく軌道に乗せられるとは限らない。また、業績が好調であったとしても、その状態を後継者が引き継いで守っていくためには、事業の実情や将来性を分析しておく必要がある。

会社全体の方向性がない状態で、後継者に会社と従業員を引き渡すことのないよう、まずは自社の状況を正しく知った上で、できる限り良い状態で事業承継ができるよう、事業承継計画を立てることがスタートとなる。

・会社の状況を把握するには
まず、後継者が経営の方向性を理解できるよう、現在の会社の強みと経営課題を整理しておく必要がある。

士業等の専門家に相談する以外にも、公的な支援として「事業承継・引継ぎ支援センター」の活用や、経済産業省のローカルベンチマークなどの分析ツールを活用してみる方法もある。

なお、非上場会社の事業承継では、自社株の評価額が重要となる。正しく評価するためには、正しい会計基準に基づき作成された決算書等が必要となるが、税務申告上は問題のない貸借対照表でも、会計基準に則ったものであるとは限らない。財務会計の専門家のチェックを受けるべきである。

・後継者の選定と育成
事業承継を成功させるために、経営状況の把握とともに不可欠となるのが後継者の選定・育成である。

特に後継者の育成は、個々の事情も影響するが、一般的には5年~10年が必要である。子に事業を継がせたい経営者は多いが、「今はまだ若いから」「やりたいことがまだあるようだから」と少しずつ先延ばしにすると、育成が不十分になる恐れがある。

後継者候補である本人の意思やプレッシャーを与えすぎないことが重要であるが、後継者候補がいるのであれば、早めに意思を確認しておくことが会社だけでなく後継者のためにもなる。

後継者の育成は、経営のノウハウだけを伝えればよいものではなく、創業者の想いや経営理念といった会社の歴史を承継させることが重要である。

想いや理念は、共に仕事をしなければ伝わらないことも多く、時間がかかる部分であるが、きちんと伝えることで後継者が経営者として生きる長い人生の支えとなるはずだ。

2.事業承継計画の周知

事業承継計画が定まったら、関係各所に周知することが大切である。

・従業員、取引先、顧客などへの周知
経営者が50代や60代になると、表立って口にはしないものの、従業員や取引先・顧客は、誰が事業を継ぐのか気になっているものだ。早く周知するほど、後継者が早期に周囲との円満な関係を築きやすくなる。

・家族への周知
事業承継と相続は表裏一体である。

例えば、経営者個人の財産が自社株1億円、自宅不動産5,000万円、現金等5,000万円で、自社株を後継者に生前にすべて承継した場合、相続時に残される遺産は半分となる。

他の相続人が承継できる財産が必然的に減少するため、事業承継について理解を得られていなければ遺産分割時に揉めることとなる。相続で揉めた結果、相続人からの遺留分の請求による自社株の分散が懸念される。

これについては、経営承継円滑法によって、民法の特例にあたる除外合意・固定合意の規定が整備されている。

全ての事業承継でこの特例を利用する必要があるわけではないが、事業承継が原因で相続時に親族が揉めないよう、親族に計画を伝えて理解してもらうことは重要である。

3.事業承継に関する法務・税務対策

株式の承継における法律上の手続きやそれに伴う税負担を把握していないと、思わぬところで計画が破綻する可能性がある。

例えば、株式を譲渡(売却)する場合、後継者が買い取り資金を用意するが、贈与・相続であっても、対策しなければ非常に高額な納税義務が発生し、結局、後継者が納税資金を別の方法で調達しなければならなくなる。

少なくとも決算後には必ず自社株の評価を行い、納税額のシミュレーションと資金調達方法の確保を考えておく必要がある。

相続や贈与であれば、事業承継税制の活用を検討するとよい。

・事業承継税制とは
贈与や相続によって非上場株式等を後継者に承継させる際、納税猶予を受けることができる税制である。納税猶予を受けた税額は、さらに条件を満たせば納税が免除される。

贈与や相続で株式を取得するケースは親族内承継が一般的だが、事業承継税制は親族以外の後継者でも適用可能である。

なお、この税制では、譲渡(売却)によって発生する譲渡所得税の対策にはならない。例えば、老後の生活資金確保のために売却を検討している場合は、退職金の受給で代替し、株式は贈与することも検討するとよいだろう。

・株式譲渡の手続きの一般的な注意点
中小企業の多くは、定款によって株式に譲渡制限が付されている。譲渡制限付きの株式の譲渡は、株主総会(取締役会設置会社は取締役会)の承認決議が必要になる。

取締役会の決議の場合、特別利害関係人(その決議によって、個人的な利害関係が生じる取締役)は決議に参加できない。したがって、過半数の出席数をそれ以外の取締役で満たす必要があることに注意しなければならない。

4.事業承継に伴う資金対策

・株式の買い取り資金対策
親族外承継では、株式の有償譲渡(売却)が行われることが一般的である。

この時の税務については、まず、後継者個人に株式を売却すると、現経営者に売却代金から必要経費(出資額等)を控除した所得から計算された譲渡所得税が発生する。もし時価よりも著しい低額で売却すると、後継者には時価との差額の贈与があったとみなされ、後継者に贈与税が発生する。

こうした事情から、後継者への売却は時価で行うことが一般的となり、後継者の買い取り資金対策が必要になってくる。

この場合の資金調達方法としては、まずは、金融機関の借り入れが考えられる。金融機関からは、法の認定を受けた後継者を信用保証制度の対象とする融資制度である「特定経営承継関連保証」を勧められる可能性がある。

また、後継者が役員であれば役員報酬の引き上げなどで不足分を補う対策も考えられる。

他にも、後継者がSPC(特別目的会社)を設立し、SPCで金融機関や投資家から資金調達を行って現経営者から株式を買い取り、対象の会社をSPCの子会社化するスキームがある。

事業承継の対象会社の信用力を担保に借り入れできるなどのメリットがあるが、返済金額はかなり高額になる可能性が高く、対象会社のキャッシュから返済を続けるリスクを考慮
しなければならない。

なお、個人から法人に株式を売却する際は、課税関係に別途注意点がある。

・事業承継に伴う経費やM&A費用の対策
事業承継補助金を活用することで、事業承継に伴い発生した経費の負担を軽減できる。

補助対象となる経費には、以下のようなものがある。

・経営革新を伴う事業承継によって発生する事業費・廃業費
・M&Aの利用によって発生する事業費・廃業費
・買い手・売り手側それぞれの専門家費用や表明保証保険料

補助率は2分の1で、上限は250万円と500万円の2パターンがあり、廃業費は200万円の上乗せ枠がある。詳細は、公募要領で確認していただきたい。

(参考)中小企業庁:令和3年度当初予算「事業承継・引継ぎ補助金」の公募要領を公表します

事業承継の成功事例4選

事業承継を成功させるポイントは、前述のとおり、事業承継計画の作成、その周知、法務税務の対策、資金面の対策の4つにあるが、これらすべてに通じる成功要因は「早めに準備を開始すること」と「早めに専門家に相談すること」である。

ここでは、事業承継・引継ぎ支援センター等で公開されている事業承継の事例を見ながら、成功のポイントを解説する。

伝統技術の事業承継の成功事例

まずは、広島県に所在する、老舗の和菓子店の事業承継の事例である。
職人の技術を承継しなければならない場合、後継者の経験がネックになりやすい。
この事例でも、買い手の希望者はあったものの最初の2年はマッチングしなかったという。

最終的には、和菓子作りの経験はないものの、大手お菓子商社から独立した後継者を迎え入れ、2代目は新設会社の執行役員としてしばらく共に歩むことにしたそうである。
この事業承継の成功要因の一つは、50歳という若さで後継者探しを開始したことにあると言ってよいだろう。

通常、特定の技術や経験を重視して後継者を探す場合、母数が少ないため希望者は限られる。

その上、事業承継までの時間がなければ、さらにチャンスは減ってしまう。
しかし、逆に時間さえあれば、経験が不足していたとしても、この事例のように自分が教えるという選択肢が生まれる。その分、より広範囲に後継者探しができるため、伝統を託すにふさわしい経験や人柄を重視しながら相手を探すことができる。

(参考)事業承継・引継ぎ支援センター:〈事例21〉の事例紹介を参考に解説

有力企業への事業承継で会社も従業員も守った事例

次は、鳥取県内で清掃用のワックス等を販売する会社のM&Aによる事業承継の事例である。社員は6名で、社長の年齢は60歳。周りには70代80代の経営者もいるが、会社と従業員を守るための判断であった。

会社は単年度では赤字が出たこともあったが、その度に社長が経営改善計画を立てて要因を分析してきたことにより、堅実な経営を続けてきた。そのため、財務状態は良好だったそうである。

結果、ビルメンテナンス事業を手掛ける島根県の有力企業に会社と全従業員を引き継いでもらう形で事業承継に成功した。
この事例も、事業承継に向けての早期に行動を開始したことが、成功要因の一つといえるだろう。

(参考)事業承継・引継ぎ支援センター:〈事例7〉の事例紹介を参考に解説

従業員アンケートを活用した従業員承継の事例

続いては、大阪市内の表面処理加工業を営む企業の、従業員承継の事例である。従業員に対して、後継者として誰が適任であるかのアンケートを取って決定している。

社長は、従業員が自ら選んだ者が次の社長になるため、会社の一体感が高まり、さらに選ばれた本人にとっても社内からの信頼を感じられるメリットがあったという。

どのようにして候補者を決めれば納得感が得られるかについて悩んでいる場合は、参考になるかも知れない。

なお、実際には、アンケート後にすぐに事業承継をしたわけではなく、選ばれた候補者が承諾するまでに1年、経営についての勉強に3年、社長就任後も代表権は前経営者に残したままさらに4年半の期間をかけて計画的に事業承継をしている。社長が、早いうちに取り組んだことが、もう一つの成功要因であると言えるだろう。

(参考)ミラサポplus:「従業員への事業承継に当たり、全従業員アンケートにより後継者を選定した企業」の事例を参考に解説

家族経営の仕出し弁当店のM&Aの成功事例

最後は、奈良県内に所在する、有限会社である仕出し弁当店のM&Aである。第三者への事業承継を考える経営者にとっての不安は、売却後の生活だろう。

この弁当店は、社長夫婦と最低限のパートタイマーでやってきたところ、社長の妻が年の暮れに体調を崩し、事業を続けることが困難になった。社長の年齢は60歳手前であるが、事業承継までの時間は限られる。

このケースでは、後の買い手となる弁当の宅配サービスを展開する企業が、翌年2月には候補者として見つかっている。

特筆すべき点としては、売り手側の社長が、買い手側企業の社員として雇用されたことである。その際、料理人として働きながら、妻の看病ができるよう取り計らいがあったという。

事業承継における売却後の生活資金について、一般的な対策としては、事業承継に向けて経営改善をして役員報酬・退職金を受け取る、納得できる価格で売却できる相手をしっかり探して交渉するといったことが考えられる。

しかし、この事例のように、同業者同士のM&Aであり、かつ、想いの合う相手がタイミングよく見つかれば、条件をしっかり調整することによって、事業承継を「終わり」から「第2のスタート」にする道もあるということだ。当初は廃業も考えたそうであるが、早めに専門機関(この場合は、地元の商工会)に相談をしたことが成功の要因となった事例であるといえるだろう。

(参考)事業承継・引継ぎ支援センター:〈事例19〉の事例紹介を参考に解説

事業承継の成功には専門家への相談が不可欠

事業承継の成功のカギは、早期に専門家に相談して着手することにある。仮に会社が債務超過の状態であっても、時間があれば、事業再生を計画に組み込んで進めることも可能だ。

相続税対策や老後のマネープランなども、相談時期が早いほど有効な対策が多い。事業承継というデリケートな悩みを、経営者と同じ目線で共有できる相手ができることも心強いはずだ。

主な相談先には、金融機関、士業、商工会・商工会議所、事業承継の専門業者などがあるので、事業承継着手前に早めに相談して欲しい。

文・中村太郎(税理士・税理士事務所所長)

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