遺産相続では、ある相続人が遺産を勝手に使い込むトラブルがたびたび起こります。 高齢の親と同居していた子供が親の預金を使い込んでいたというケースが代表的な例です。
遺産は本来相続人どうしで分け合うものであり、遺産の使い込みが起こると遺産を公平に分け合うことができなくなってしまいます。
使い込みによって遺産を横取りされたときは、不当利得返還請求という手続きで遺産を取り戻すことができます。
この記事では、どのようなときに不当利得返還請求で遺産を取り戻すことができるのか、手続きの方法を含めて解説します。
1.相続ではどのような行為が不当利得となるか
不当利得とは、法律上の正当な理由がなく利益を得て、本来その利益を得るはずだった人に損害を与えることをさします。
相続では、ある特定の相続人が他の相続人に無断で故人の遺産を使い込んでしまうことが不当利得となります。
故人の遺産は死亡と同時に相続人全員の共有状態になり、相続人どうしで分け合うまで勝手に処分することはできません。
この決まりを無視して故人の遺産を勝手に処分すると、法律上の理由がなく利益を得て、本来遺産がもらえるはずの他の相続人に損害を与えることになります。
相続で起こりうる不当利得には次のようなものがあります。
・故人の現金を使い込む
故人が自宅で保管していた現金を他の相続人に無断で使い込んだ場合は、不当利得となります。死亡後に使い込むだけでなく、生前から徐々に使い込んでいるケースもあります。
・預金を勝手に引き出す
他の相続人に無断で故人の預金を引き出した場合も不当利得となります。
現金の場合と同様に、生前から徐々に引き出しているケースもあります。
・賃料を勝手に受け取る
故人がアパートや駐車場など賃貸不動産を保有していた場合は、定期的に賃料収入が得られます。その賃料を、他の相続人に無断で受け取った場合も不当利得となります。
このほか、故人の不動産や株式を勝手に売却したり、故人が他の人にかけていた生命保険を解約したりした場合も不当利得となります。
ただし、これらの行為が必ず不当利得になるわけではありません。
あらかじめ故人と約束していたことも考えられるため、事実関係を冷静に確認することが大切です。
2.使い込まれた遺産は不当利得返還請求で取り戻せる
ある相続人が遺産を使い込んだ場合、本来遺産を相続できるはずの相続人は使い込んだ人に対して遺産を返すよう求めることができます。これを不当利得返還請求といいます。
この章では、不当利得返還請求で遺産を取り戻す手続きの流れをご紹介します。
2-1.まず事実関係を確認する
他の相続人に遺産を使い込んだ疑いがあったとしても、いきなり犯人扱いして問い詰めては話がまとまりません。遺産を使った人に事情を聞くなどして事実関係を確認しましょう。
遺産を使った人は、「預金は引き出していない」とか「故人に頼まれていた」などさまざまな主張をします。その主張が事実であれば不当利得にはなりませんが、説明に矛盾があれば不当利得が疑われます。
遺産を使った人の主張とそれに対応する事実関係の確認方法としては、主に次のような例があげられます。
遺産を使った人の主張 | 事実関係の確認方法 |
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預金は引き出していない | 通帳または銀行の取引履歴を確認します。 故人の身体が不自由なのに預金が頻繁に引き出されている場合や、払出用紙の筆跡が異なる場合は使い込みが疑われます。 |
故人が自ら預金を引き出した | 医師の診断書やカルテなどを確認します。 認知症や寝たきりなど故人が自ら預金を引き出せる状況にない場合は使い込みが疑われます。 |
生活費に充てるため故人に預金の引き出しを頼まれていた 故人の療養費や介護費用に充てた |
領収書などで資金の使途を確認します。 本来の使途に比べて遺産の減少額が多い場合は使い込みが疑われます。 |
葬儀費用が必要だった | 葬儀費用の請求書・領収書を確認します。 葬儀費用に比べて遺産の減少額が多い場合は使い込みが疑われます。 |
故人から贈与された | 贈与契約書があるかどうかを確認します。 ただし贈与は口頭でも成立するため、契約書がないからといって使い込みになるとは限りません。 |
遺言で指定されていた | 遺言書を確認します。 遺言で指定されていたとしても、預金の引き出しは銀行で正式な相続手続きをしなければなりません。 |
故人を介護していたから遺産を多めにもらってもいいと思った | 領収書などで資金の使途を確認します。 故人の介護など特別な事情があったとしても、相続人どうしで話し合わなければ遺産を使い込んだことになります。 |
賃貸不動産の管理を任されていた | 委託契約や信託契約などがあるかどうかを確認します。 相続開始から遺産分割までの賃料は相続人が法定相続分に従って取得することになります。 |
なお、民法が改正されたことで、2019年7月1日以降は一定額までであれば他の相続人の同意がなくても故人の預金を引き出せるようになりました。この制度によって引き出された預金は法律上の正当な手続きを経ているため、不当利得にはあたりません。
相続預金の引き出し制度に関する詳しい内容は、「相続に関する民法改正の施行はいつから? 40年ぶりの改正を徹底解説!」の中の「4.仮払い制度で被相続人の預貯金の引き出しができる」を参照してください。
2-2.地方裁判所で訴訟を起こす
事実関係を確認した結果不当利得があった場合は、不当利得返還請求で遺産を取り戻す手続きをします。
まずは話し合いで解決を図りますが、難しい場合は弁護士に相談するとよいでしょう。 弁護士が仲介することで話がまとまる場合もあります。
弁護士が仲介しても解決の見通しが立たない場合は、原告の住所地を管轄する地方裁判所で訴訟を起こします。(参考:裁判所の管轄区域)
訴訟では、不当利得があって損害を被ったことを示す証拠が必要になります。 不当利得があったことの立証や証拠の収集は自分だけでは難しいため、弁護士によるサポートが欠かせません。
不当利得返還請求について弁護士に相談する場合は、遺産相続に強い弁護士を選ぶことが重要です。弁護士の選び方については、「遺産相続の相談に強い弁護士の選び方と弁護士費用の相場を徹底解説」を参考にしてください。
なお、不当利得返還請求の訴訟を起こしたとしても、多くの場合は和解による解決が図られます。
2-3.不当利得返還請求で取り戻せる遺産の額
不当利得返還請求で取り戻せる遺産の額は、請求する相続人の法定相続分までとなります。
ある相続人が他の相続人に無断で使い込んだ遺産が2,000万円あったとしても、請求する相続人の法定相続分が1,000万円であれば、取り戻せる遺産は1,000万円までとなります。
故人の死亡後に遺産の使い込みがあった場合は、以前は、使い込まれた後の金額をもとに遺産分割が行われていました。この方法では、たとえ不当利得返還請求で遺産を取り戻したとしても、遺産を使い込んだ人が遺産を多くもらう結果になっていました。
2019年7月1日から民法の改正が施行され、故人の死亡後に処分された遺産については遺産分割の対象に戻して、使い込まれる前の金額をもとに遺産分割を行うこととされました。この改正により、遺産の使い込みがなかった場合と同じように遺産分割ができるようになりました。
3.不当利得返還請求の時効は10年
不当利得返還請求には時効があり、権利を行使できるときから10年と定められています。遺産の使い込みの場合では、他の相続人が遺産を使い込んだときから10年の間に不当利得返還請求をしなければなりません。
なお、2020年4月1日から民法の改正が施行され、不当利得返還請求の時効は次のうちいずれか早い方となります。
・権利を行使できることを知ったときから5年
=遺産の使い込みがあったことを知ったときから5年
・権利を行使できるときから10年
=遺産の使い込みがあったときから10年
権利を行使できるときから10年以上経過して不当利得があることを知った場合は、不当利得返還請求はできません。しかし、損害と加害者を知ってから3年以内であれば、不法行為に基づく損害賠償請求で遺産を取り戻せる場合があります。
4.まとめ
ここまで、ある相続人が遺産を勝手に使い込んだ場合に、不当利得返還請求で遺産を取り戻す方法をご紹介しました。
不当利得をめぐる相続トラブルは当事者どうしで話し合って解決を図ります。
当事者どうしでの解決が難しい場合は弁護士に仲介を依頼するか、訴訟を起こすことになります。
不当利得返還請求には時効がありますが、2020年4月以降は改正後の規定が施行されます。遺産の使い込みが疑われる場合は、早めに相続問題を扱っている弁護士に相談するようにしましょう。(提供:税理士が教える相続税の知識)