新たなランドマーク~「地域の特別なスタバ」とは?
京都市東山区。清水寺へと続く参道・二寧坂には明治の末から大正の初めにかけて建てられた風情ある町家が立ち並ぶ。そのうちの一軒に入ってみると、満月を思わせる丸い障子窓があり、廊下の途中には坪庭がある。
畳の部屋には客の姿が。廊下のわきにはカウンターがあり、入り口の土壁にはおなじみのスターバックスのロゴマークがある。ここはスターバックスの店舗だった。
スタバはいまや47都道府県に1637店。ライバルを圧倒する日本最大のカフェチェーンだ。コロナショックが始まった去年の春には1200店舗を休業したが、再開すると新たに100店舗を出店し、王者の底力を見せつけた。
ドリンクメニューはコーヒーを中心におよそ40種類。メインの「ドリップコーヒー」(363円/Tall)は日替わりで提供している。スイーツも提供しており、イタリア生まれの「マリトッツォ ランポーネ&フラーゴラ」(418円)は一部店舗の限定商品だ。
そしてスタバ最大のウリが、有料・無料のさまざまなトッピングがあり、自分好みのドリンクにアレンジできることにある。
スターバックスの創業は1971年。アメリカ・シアトルの小さな店から始まった。それを世界83カ国・3万店の巨大カフェチェーンへと成長させた立役者が元CEOのハワード・シュルツだ。
シュルツが成功したのは、コーヒーがおいしいだけでなく、ある信念があったからだ。
「ただコーヒーを出すだけじゃなく、安心して家族や友だちと語り合える場所。もっといえば、会社や家の延長にあるような人間関係を築いていける場所を作ろうと」
自宅でも職場でもない第三の場所、「サードプレイス」を提供し、そこで客とのコミュニティーを作り上げる。それがスタバ成功の秘密だ。
そんなシュルツの思いを日本で形にしているのが、スタッフから「タカさん」と呼ばれているスターバックスコーヒージャパンCEO、水口貴文(54)だ。
「今は家から出られなくて人としゃべりたいなど、少し社会が分断されてしまう時代。温かい人と人とのつながりを提供することが我々の仕事で、それが今、すごく求められていると感じます」(水口)
人とのつながりを提供するために水口が今、特に力を入れていることがある。
「その究極バージョンが『リージョナルランドマーク』です。その地域の人にとって特別な存在であるようなスターバックスを作っていく」(水口)
たとえば鹿児島仙巌園店は、登録有形文化財になっている薩摩・島津家ゆかりの建物に出店した。地元の店長たちの熱意で実現したという。
「鹿児島の歴史を象徴する島津家の家紋が入った瓦屋根をもっと鹿児島の人に広げたい、知ってほしいと思って。地元の近くに住んでいる方たちから『自慢できるスターバックスができた』と言っていただいてうれしかったです」(オープン当時のストアマネージャー・川原葵)
「リージョナル ランドマークストア」とは、地域を象徴する場所で、地元の人々が集える店のこと。神戸北野異人館店では異人館を丸ごとスタバにし、福岡の太宰府天満宮表参道店は太宰府天満宮の参道に店を開いた。現在、全国に28店舗。中でも代表的な店といえるのが、冒頭で紹介した京都二寧坂ヤサカ茶屋店だ。
ここは世界初ののれんをくぐって入るスタバであり、世界で唯一、座敷があるスタバとして4年前にオープン。だが、出店にこぎつけるまでには実に10年もの歳月がかかったという。
町の景観保全に力を入れる地域の人とは何度も話し合いを重ねた。人形職人でもある当時の「古都に燃える会」会長の島田耕園さんが振り返る。
「地域を維持・保存しながら、未来に向けてどうあるべきかを考えてほしい。売れるなら なんでもという売り方はやめてほしい、と」
そんな地域の人々の願いに応えるため、建物を徹底的に残す店にした。例えば、むき出しになった屋根裏の梁(はり)はそのままに。スズメバチの巣も、あえてオブジェとして残した。住んでいた人の息吹まで、残していくことにとことんこだわった。こうした思いを地域の職人たちに伝え、二人三脚で作り上げていった。
京都市景観政策課の門川信一郎さん(当時)は、「人との交流を通して、いろいろな町の魅力が伝わっている。地域の街づくりを支えているプレーヤーの一人に、スターバックスさんはなっているのではないかと思います」と、語っている。
特にコロナ禍で観光客がほとんど来ない今、店には地元の客が集まり、地域の中で本来の役目を果たしている。
47都道府県特産も使った~今夏限定「地元フラペチーノ」
地域との共存をさらに進めるため、水口はこの夏、ある商品で地域を元気にするプロジェクトを進めている。主役を務めるのが、コーヒーと並ぶ人気商品「フラペチーノ」。夏場に人気のフローズンドリンクで、通常は10種類ほど出している。
この日、本社内にあるテストキッチンで商品開発部が試作していたのは「地元フラペチーノ」。「47都道府県それぞれ、その地域のために作ったフラペチーノです」(商品開発チーム・嶋田憲嗣)という。
この夏、スタバでは47都道府県それぞれが地元限定のフラペチーノを販売する。地元の特産を使ったり、食文化などに触れられるメニューだ。しかも「商品を作るアイデアをくれたのは店舗のパートナー。その地元の事を調べ尽くして、みんなで作り上げました」(嶋田)。
商品は1つの県にひとつだけ。各県の店舗スタッフがアイデアを出し合い、その中から選ばれた。それを本社の開発部がレシピに落とし込んでいく。
例えば秋田県で選ばれたのは、男鹿半島産の塩を使い、塩キャラメル風に仕上げたフラペチーノ。この日は秋田のスタッフとリモートでつなぎ、仕上がりを最終調整した。
「実際に味わってもらって、おいしいという声が聞こえると、自信を持ってお客様に届けられるのですごく安心しました」(秋田ディストリクトマネジャー・櫻木芳樹)
山梨は名産のぶどうとホワイトチョコを組み合わせたもの。宮崎では日向夏とマンゴーのソースを使ったのものが、選ばれた。
「ただ商品を作ることが目的でなく、商品を間に介して、店舗のパートナーと地元のお客様がつながるきっかけになればと思い進めています」(商品開発チーム・東 治輝)
地域に寄り添い続けるスターバックス。その根幹にあるものを水口はこう語る。
「一番大切なのは存在意義だと思っているんです。お客様の日常に活力と潤いをということをとにかくやろうと思っていて。そこはずっと変わらないです」
スタッフはパートナー~客も従業員も幸せに
スターバックスには他のカフェチェーンにはない武器がある。客に気軽に声をかけ、常連のお気に入りは覚えているような接客だ。会話だけでなく、例えば子連れの客には商品をテーブルまで届けるという気遣いも。女性客は「ベビーカーだと店に入りにくかったりするが、スタバは入りやすい」と言う。
接客マニュアルはない。スタッフは個々の判断で客に最適な接客を実践しているのだ。
ハワード・シュルツは9年前、カンブリア宮殿に登場した時、こう言っていた。
「勘違いしてはいけないことがあります。事業を続けていく上で目的とするのはお客の財布からお金を取ることではありません。お客との関係を確立させることが大事なんです」
スターバックスでは全世界共通で、店舗に立つスタッフを「パートナー」と呼ぶ。客がハッピーな気分になれるパートナーとして向き合っているからだ。
そんなシュルツの理念と共にスターバックスが日本に上陸したのは1996年。北米以外では初の出店だった。それまでの日本式の喫茶店は男性客が主流だったが、明るく清潔なスタバは女性客を引きつけ、たちまちカフェブームが起こった。
現在日本法人を率いる水口は、上智大学卒業後、コンサルタント会社に就職。その後、イタリアの大学でMBAを取得した。帰国して、実家が経営する靴の製造卸会社に入るのだが、そこで数十億円もの借金があることを知った。
「父がワンマンの経営者だったので、きちんと彼に対して意見を言うのは難しい環境だったんです。なかなか大変だと分かっていたけど、そこに対して自分ができることをやるのが今は大切だと思い、入社しました」(水口)
家業に入った水口は、資金繰りに奔走する毎日に明け暮れる。さらにコストカットのため、リストラを言い渡す役目も負わされた。500人いた従業員を200人にまで縮小。だが業績は上向かず、会社は従業員ごと、他の企業に引き継いでもらった。
「その時の体験で思ったのですが、どんなかっこいいこと言っても、会社はやはりきちんと利益を出して、資金が回ってというのが大切だなと。そうでないと働く人は守れない。あともう一つ、会社が動いていく中で人が成長する組織でありたいと思いました」(水口)
職を失った水口だが、34歳の時、世界有数のブランド「ルイ・ヴィトンジャパン」に採用され、ブランドビジネスの神髄を学んでいく。その後、2010年にはスペインの高級ブランド「ロエベジャパン」でCEOに就任した。
そんなある時、運命を変える一冊の本と出会う。それはハワード・シュルツの自叙伝『スターバックス成功物語』だった。
「ハワード・シュルツの創業の理念に非常に感銘を受けました。きちんと結果を出し利益を出していくことで、それを還元していく。還元していくことで人が成長していく、社会にも貢献していく。新しいチャレンジもどんどんしていく。でもそこのベースにあるのはやっぱり人。人が中心にいて、人を大切にする感じが外から見てもしていました」(水口)
人が中心にいる会社。かつて家業の職人たちと向き合えなかった水口にとって、それはまさに「そうありたい」と求めていた会社だった。
2014年、水口はスターバックスコーヒージャパンに入り、2年後にはCEOに就任。以来、人が主役となる店づくりを進めている。
そのために何より大切にし、多くの時間を割いているのが対話だ。
アルバイトを含めた店舗のパートナー(スタッフ)は4カ月に一度、店長と面談する。
世田谷ビジネススクエア店では、ストアマネージャーの川本実佳がアルバイトの椋尾真悠子と向き合っていた。話題は社員登用についての意向や家庭の事情について。パートナーが店でどうありたいか、将来何を目指しているのかに耳を傾け、共にその実現に向かっていくのだ。
「ただ働くだけでなく、寄り添ってくれて周りのフォローがいただけるのでありがたいです」(椋尾)
聴覚障害者が中心の店~コミュニケーションは手話
東京・JR国立駅の改札を出てすぐ近くにあるスターバックスnonowa国立店では、接客を手話で行っている。ここは日本のスタバで唯一の、聴覚障害者が中心となって運営するスタバだ。
現在、国内のスターバックスには、障害のあるパートナーが368人在籍し、そのうち聴覚障害者は63人。本人たちの強い要望から、2020年6月、彼らが中心となって働く店のオープンに至ったという。
接客は手話が基本。お客に分かるよう、筆談ボードも置いてある。さらにキッチンにも、独自に開発したシステムを導入した。通常の店では、コーヒーが出来上がるとタイマーが音で知らせるが、ここでは振動で伝えるデジタルウオッチを使っている。
ほかにもさまざまな工夫があるから、ほとんど不便は感じないと、客は言う。
「普通、ろう者がやっているお店は、手話に関心があるお客が集まるが、ここは手話に関心がない人も集まるのが、とても意味があるし面白いと思います」「自分にとっての当たり前が、必ずしも当たり前ではないってことを教えてもらえる」といった意見も聞かれた。
障害のある人も、入りやすいという。
「(手話で)親子です。私がろう者で娘が健常者。聴覚に障害のある者同士なので、注文がすぐ通じるので安心します」
スタッフの育成も、障害のあるパートナー同士で行っている。この店で店長を補佐するリーダーの高杉彩花は言う。
「(手話)新人のパートナーを指導して成長していくのがうれしい。ろう者のパートナーがお客様とコミュニケーションをとって、いい雰囲気になっているのを見てうれしく思います。だからこれからも続けていきたい」
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~
しかしどうしてスターバックスが「リージョナル ランドマークストア」を28店舗も運営するのか。本来日本企業がやるべきことなのに。店長とパートナーは4ヶ月に1度1時間ほど話す。どんなことをやりたいか、それを仕事に落とし込み、どう実現したいのか。個人の目指したいことと会社が目指す方向の接点を発見。この力で本当にすごいことが起こる。スタバにマイナス面、闇はないのか。水口さんは「喫茶店を見直したい」と言った。期待したい。
<出演者略歴>
水口貴文(みなぐち・たかふみ)1967年、東京都生まれ。1989年、上智大学法学部卒業後、コンサルタント会社に入社。その後、伊ボッコーニ大学へ留学しMBA取得。2001年、ルイ・ヴィトンジャパンカンパニー入社。2014年、スターバックスコーヒージャパン入社。
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