矢野経済研究所
(画像=PIXTA)

8月21日、日本ペイントホールディングスは、筆頭株主であるシンガポール塗料大手ウットラムグループを引受先に1兆2,900億円相当の第3者割当増資を実施、ウットラムのインドネシアにおける100%子会社と両社が合弁で展開しているアジア事業のウットラムの持分49%を買収すると発表した。これによりウットラムの株式保有率は39.6%から58.7%へ上昇、日本ペイントは文字通りウットラムの子会社となる。

日本ペイントとウットラムの関係はウットラムが日本ペイントの販売代理店となった1962年に遡る。その後、ウットラムはアジアの成長とともに業容を拡大、2013年に日本ペイントに対して買収提案を行う。この提案は不成立に終わったが、両社は資本提携の強化について合意、2017年にはウットラムの出資比率は39%に達する。2018年の株主総会では取締役10人のうちウットラム推薦の候補者6人が選任され、同社を率いるゴー・ハップジン氏が会長に就任した。つまり、この時点で日本ペイントは事実上ウットラムの傘下に入っている。

こうした経緯もあって今回の発表に対して報道では「主客逆転の企業買収」、「東証一部の大企業が華僑の軍門に下る」といったセンセーショナルな見出しも踊った。しかしながら、見方を変えれば、日本ペイントは自己資金ゼロでアジア事業におけるウットラムの全経営権を取得した、ということでもある。
世界の塗料市場の3強はPPGインダストリーズ(米)、シャーウィン・ウイリアムズ(米)、アクゾノーベル(蘭)、世界規模の企業再編を乗り越え、グローバル競争を勝ち抜くためにも成長力の大きいアジアを押さえることの重要性は言うまでもない。その意味で日本ペイントは極めて攻撃的な “被買収戦略” を実行したと言えよう。

12日、昭和電工は飲料用アルミ缶事業の売却を表明、24日、武田薬品工業も大衆薬品事業の米投資ファンドへの譲渡を正式発表した。いずれも収益事業である。背景には昭和電工は日立化成、武田はシャイアー、それぞれの巨額買収によって悪化した財務の立て直しといった狙いもあるだろう。しかし、安定という停滞ではなく、成長へのリスクに賭けた経営判断は応援したい。事業の切り売りがすべて正しいわけではない。とは言え、中核部門の厚みと可能性を強化するための資産の入れ替えは評価すべきだ。
コロナ禍が企業の構造改革の加速を促す中にあって、前例や従来の発想にないM&Aが進行する。成否の予想に時間を費やすのは止そう。そもそもその決定がなければ成功の芽すらないのだから。

今週の“ひらめき”視点 8.23 – 8.27
代表取締役社長 水越 孝