
本記事では、株式会社TSKの代表 孫 恩喆さんに、グローバルな研究・開発キャリアから起業に至るまでの経緯、そして大学で眠っていた技術を事業化するプロセス、さらに環境・農業・電子材料といった多領域にまたがる事業戦略と今後の展望についてお話を伺っています。
株式会社TSKはCFスタートアップパートナーズが運営するCFSピッチ2024で岩谷産業賞を受賞、また、まきチャレ2025で現在セミファイナリストに選定されています。
※本インタビュー企画・記事執筆は株式会社CFスタートアップパートナーズよりEXPACT株式会社が委託を受け、実施しております。
株式会社TSKの起業の背景・サービス
−本日はお時間をいただきありがとうございます。さっそくですが、まずはご経歴と起業の背景について教えてください。
孫氏: 博士課程は2002年から2006年まで、京都大学の物質エネルギー化学専攻に在籍し、工学博士の学位を取得しました。その前は韓国で大学院までを終え、博士課程から日本で学び卒業後、日本の大手化学メーカーで約10年間、有機ELに関する素材の開発に携わっていました。
大学時代は有機合成を研究しており、クロスカップリング反応など、有機EL材料に関係のある反応にも関わっていました。その後、材料メーカーでは、有機ELデバイス用、エポキシ系の封止膜の研究開発に従事。韓国に戻ってからは、サムスンディスプレイで材料を“使う側”として、iPhone向けディスプレイ用材料を担当していました。
2019年に日本に戻り、素材メーカーとパネルメーカーをつなぐコンサルティングを始めた際に、中村先生から鉄触媒の研究を社会実装したいという話を受けました。京都大学のインキュベーションプログラムに、中村先生が研究開発、私が事業推進を担うペアで応募し、約1年半にわたって研究を続けたのち、2021年7月に会社を設立しました。

−御社の主な事業内容について教えていただけますか?
孫氏: 弊社TSKが取り組んでいるのは、鉄触媒反応の制御技術を用いた機能性材料の研究、開発、製造、販売です。私たちは、幅広い分野に対応するマテリアルプラットフォーマーを目指しています。
具体的には、有機EL、バイオスティミュラント、電池、医薬品、半導体関連の材料の開発を行っています。鉄触媒が活用できるものを優先しながら、鉄触媒以外でも有機化学に関わる分野で研究開発・生産を進めています。
昨年のCFSのピッチで発表した鉄フルボ酸については、当初は翌年夏ごろの販売を予定していましたが、前倒しで2024年3月に自社製品として販売を開始しました。有機EL材料も着実に進行中で、他の分野でも企業と共同研究を進めています。

鉄触媒に着目したきっかけ
−鉄を触媒として利用しようという発想に至ったきっかけや原体験を教えてください。
孫氏: はい、もともと1971年に、Kochi先生が鉄触媒によるクロスカップリング反応を発表されたのですがしたのが始まりです。ただし当時は、「鉄は選択性と収率性が悪いため、実用化は不可能」という評価がされていました。
その1年後にはニッケルが、さらにその後にはパラジウムが触媒として報告され、クロスカップリングの実用化が進みました。特にパラジウムについては、後に日本の研究者がノーベル化学賞を受賞するなど、大きな注目を集めました。
一方で、現在共に研究を進めている中村先生は2000年頃から再び鉄に注目し、有機EL材料に使えるC–C結合やC–N結合の反応を研究。2008年頃には、有機EL向けの合成反応として成果が発表されてきました。
私は2006年に京都大学で博士号を取得した後、ちょうど中村先生が私の恩師の後任として教授に着任され、わずかですが在学中に接点がありました。その後も交流を続け、2019年に私がコンサルを始めた時期と、中村先生の技術実装のタイミングが重なり、現在に至ります。
−鉄触媒や鉄フルボ酸の開発を通して、どのような社会課題の解決を目指していますか?
孫氏: 有機EL材料については、パラジウムの供給が止まると製造が困難になるというリスクがあります。鉄触媒で代替できるようになれば、そのリスクを回避できます。
また、鉄フルボ酸は農薬や化学肥料の使用を減らす可能性があります。農林水産省も「みどりの食料システム戦略」で、環境負荷の少ない農業への転換を掲げています。そうした背景の中、鉄フルボ酸のようなバイオスティミュラントが注目されています。
加えて、温暖化やCO₂削減にも貢献できます。今は杉の樹皮をバイオマス発電所で燃やしており、CO₂が発生しますが、弊社の技術ではそれを燃やさずにフルボ酸へと変換し、かつそのフルボ酸を使った作物がCO₂を吸収する。これにより、トータルで排出量の削減にもつながります。
実はフルボ酸自体は以前から存在していましたが、大量に高濃度で作ることが難しく、流通が限定的でした。弊社の技術は、安定供給を可能にするという点で、新たな価値を提供していると考えています。

−これまでの事業展開の中で特に印象に残っている出来事や、転機となったエピソードなどはございますか?
孫氏: CFSのピッチが大きな転機となりました。この会社は2021年7月に設立し、もうすぐ丸4年になりますが、その中でも特に印象深い出来事です。
京都や大阪での登壇はありましたが、CFSは全国規模のイベントで、しかも約2000社の中から選出されたという点でも特別でした。最初は予選通過できれば良いな…くらいの気持ちで臨みましたが、審査が進むごとに「本当に通るのか?」という気持ちになり、最終的に岩谷産業賞をいただくことができました。
その後、東京でも登壇する機会が増え、全国規模での認知が広がるきっかけとなりました。特に、CFSのイベントがその第一歩になったことは間違いありません。
CFSPのオープンイノベーション・ピッチについて
−CFSのオープンイノベーション・ピッチについて、エントリーされたきっかけと、提案内容について教えていただけますか?
孫氏: エントリーのきっかけは、ベンチャー支援機関の方からの紹介でした。「こういうところがあるのでどうですか?」というお話をいただき、参加を決めました。
提案内容としては、有機EL分野における鉄触媒による合成技術が中心でした。従来、有機ELの合成にはレアメタルが使われており、大手企業でもそれが常識となっていました。しかし、弊社では鉄触媒によって、レアメタルを使わずに電子材料を開発することができるという点が強みです。
さらに、鉄フルボ酸についてもご紹介しました。自然界では数千年かかる生成過程を、鉄触媒を使って1週間程度で再現できるという点を強調しました。実際のプレゼンでは、「もしご興味がある企業があれば、ぜひTSKと一緒にやりましょう」という呼びかけをさせていただきました。
−参加するにあたって、印象に残っている出来事はございましたか?
孫氏: 一番印象に残っているのは、やはり最終審査です。一次審査などはすべてオンラインでしたが、最終プレゼンがソウル出張中で、ホテルからバタバタとつないで発表したんです。直前まで打ち合わせがあり、急いでホテルに戻って、落ち着く間もなく喋ったのですが、それでも通過して受賞できたのはとても嬉しかったですね。
対面のピッチでも全国からさまざまな企業が集まり、初めての全国規模の大会ということもあり、非常に緊張しました。その場で岩谷産業賞を受賞できたときは、信じられない気持ちでしたし、社内のメッセンジャーでもみんながすごく喜んでくれて、「よかったね!」という声がたくさん飛び交いました。
岩谷産業賞をいただいたことで、実際に販売につながる動きも加速しました。その後、鉄フルボ酸のスケールアップもうまくいき、販売開始からわずか3ヶ月で350kg以上、現在では400kg近くの出荷を達成しています。知名度もぐっと上がったと思います。
また、こういったピッチ大会は他にも全国規模でいろいろありましたが、参加者が多く実際に出会える人が少ないと感じる場面もありました。
その点、CFSは他とは違います。大阪や京都にもピッチ大会はありますが、CFSは独自のシステムがあって面白かったですし、ベンチャー企業としても得られるものが大きいイベントだったと思います。
だからこそ、まだ出たことがない方々にも、ぜひチャレンジしてほしいと思います。弊社のようにエントリーすることで、新しい流れが生まれる可能性は十分にあると思います。
現在の課題と今後の展望
−現在、事業をされている中で、課題に感じられていることがあれば教えてください。
孫氏: やはり人材と資金の確保が最大の課題です。2021年に会社を設立したときの売上計画はまだ達成できていません。
現在はシリーズAのセカンドラウンドで資金調達を進めていますが、ありがたいことに鉄フルボ酸事業に対して関心を持っていただいている投資家も増えています。8月までに目標額を達成し、その後は優秀な人材を採用して、来年末のシリーズBに向けた結果を出すことが喫緊の課題です。
−今後の展望についてお聞かせください。
孫氏: まず今年(2025年)の12月ごろまでに資金調達を完了し、来年には確実な製品ラインのパイプラインを構築したいと考えています。来年末までにそのパイプラインを完成させ、2027年には自社のパイロット工場を持ちたいと思っています。
電子材料については、量はそれほど多くなくても品質管理が非常に厳しいので、年間100kgほどの製造ができる体制を。鉄フルボ酸については、現在は委託で製造していますが、2年後には自社で年間100トンを製造できるような体制を整えたいと考えています。実際に一度のバッチで1トンを作る体制づくりに入っており、それを月10トン、年間100トン以上まで引き上げるのが目標です。
今後、製品の量産体制が整えば、それに伴って問い合わせや引き合いも増えてくると期待しています。

読者・起業家へのメッセージ
−最後に、読者や社会全体へのメッセージをお願いできますか?
孫氏: 私たちTSKは、京大発のベンチャーとして、日本の素材産業・化学産業の中でも非常に優れた技術を持つ企業の力を信じています。そうした技術と、私たちのような挑戦するスタートアップが連携することで、世界に向けて新しい価値を発信できると思っています。
弊社は鉄触媒の技術を活用し、環境負荷を減らしながら、より持続可能な社会を実現したいと考えています。新しい素材、社会課題を解決する化学、そして人々の暮らしをより良くする技術を、世界に届けたい。そんな想いを持って、今後も挑戦を続けてまいります。
ー本日は貴重なお話をありがとうございました!素材という「見えにくい技術」にこそ社会を変える力がある。そう確信させてくれるインタビューでした。鉄という誰もが知る元素に新たな価値を吹き込もうとする姿勢、そして大学の知を社会につなげる挑戦には、強い信念と静かな情熱が宿っていました。地方に根ざしながら、世界に通じるものづくりを目指すその歩みに、これからも注目していきたいと思います。
〈企業概要〉
【会社名】株式会社 TSK
【URL】https://tsk.kyoto/
【YouTube】https://www.youtube.com/@TSKCorporation
【Instagram】https://www.instagram.com/tsk.fe/?igsh=YzFoNHJ6N3hjNGg3&utm_source=qr#
【設立日】2021年7月1日
【所在地】本社オフィス 〒619-0237 京都府相楽郡精華町光台二丁目2番地2 ATR内
【代表者】代表取締役 孫 恩喆
企画/監修:出縄(株式会社CFスタートアップパートナーズ)
取材: 赤星・坂井(EXPACT株式会社)
執筆: 赤星・難波 (EXPACT株式会社)