矢野経済研究所
(画像=takasu/stock.adobe.com)

2025年8月
事業創造コンサルティンググループ
主任研究員 櫻木 基起

多様化、複雑化が進む社会課題

近年、我が国では、人口減少や少子高齢化、地球温暖化をはじめとする社会環境等の変化により、教育や子育て、医療・福祉、環境・エネルギー等、社会が抱える課題は多様化、複雑化が進み、ますます深刻化している。こうした社会課題は、国や行政の施策のみで解決できるものではなく、また、単一の企業や団体等の活動・取組による努力によっても同様である。さらに地域に目を移すと、地方自治体では財政難や人手不足の影響が顕著であり、従来のように地域が抱えている課題を公的な行政サービスによって解決し続けることは困難な状況に陥っている。

社会課題解決へのアプローチ ~シェアリングエコノミーとオープンイノベーション

今回、筆者がこれまで調査研究事業として携わった中で、社会課題の解決に有効と考えられる2つのアプローチについて紹介する。紙面の都合上、概念的な話にはなるが、まずは広く認知してもらうことを目的として取り上げることとする。
まず1つ目が「シェアリングエコノミー」の活用である。一般社団法人シェアリングエコノミー協会によれば、「シェアリングエコノミーとは、個人・組織・団体等が保有する何らかの有形・無形の資源(モノ、場所、技能、資金など)を売買、貸し出し、利用者と共有(シェア)する経済モデル」と定義されている。特に全国の自治体が財政難や人手不足等の課題に直面する中、従来の行政サービスを「公助」とすると、そこに「共助の仕組み」を取り入れたシェアリングエコノミーをベースにしたビジネスモデルが、地域社会が直面する課題解決へのアプローチ手法として2017年1月に内閣官房シェアリングエコノミー促進室(当時)を設置し、政策レベルで導入が進められてきた。具体的にシェアリングエコノミーで解決できる地域課題分野として、「防災」、「遊休資産活用」、「観光」、「関係人口創出」、「交通」、「働き方」、「子育て」等が挙げられている。
2つ目は、「オープンイノベーション」である。この概念は2003年当時ハーバード大学経営大学院の教員であったヘンリー・チェスブロウによる著書によって注目され、その中で「オープンイノベーションは、組織内部のイノベーションを促進するために、意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイデアなどの資源の流出入を活用し、その結果組織内で創出したイノベーションを組織外に展開する市場機会を増やすことである」として、主に研究開発における産学間のアイデアや人材流動性を高める手法として定義されている。その後、オープンイノベーションはより広い概念で捉えられ、かつ手法も多様化が進み、我が国でも内閣府や経済産業省、文部科学省などを中心に、オープンイノベーションの推進によって社会課題の解決を目指す施策や取組が数多く進められている。私自身は、内閣府事業に携わる機会が多いが、オープンイノベーションの推進によって「社会課題の解決」と「経済成長」の両立を目指している点に特徴があり、大企業のみならず、大学やスタートアップの研究開発等の成果を迅速に社会実装し、社会的ニーズの解決や新たな価値の創造につなげていくための手法として、組織の壁を越えて知識や技術、経営資源を組み合わせて新しい取組を推進することを期待し、オープンイノベーションの推進に注力している。その一環として、内閣府では平成30年度に「日本オープンイノベーション大賞」を創設し、我が国のオープンイノベーションをさらに推進するために、今後のロールモデルとして期待される先導性や独創性の高い取組を表彰している。

鍵を握る「多様なつながり」と「イノベーション」

今回の2つのアプローチに共通しているのは、多様なステークホルダーによる連携・協働・協創などの「多様なつながり」と、解決困難な社会課題をブレークスルーするような新たな技術やビジネスモデルなど「イノベーション」の存在がベースになっている点にある。
2015年9月に国連サミットで採択された「SDGs(Sustainable Development Goals」においても、2030年に向けた持続可能な開発目標として「ゴール 17:パートナーシップによる目標達成」を挙げ、社会課題解決に向けて多様な主体間が連携・協働していくことを重視している。その点、シェアリングエコノミーでは、個人・NPO法人・地域コミュニティ・自治体・民間企業など地域における多様なステークホルダーが「担い手」となって活用が進んでいる。また、オープンイノベーションもさらに進化し、企業や大学、研究機関、政府、行政、金融機関などが深く連携して新たな価値を創出し、社会実装していく「エコシステム」の形成が進んでいるなど、それぞれに多様な主体によるつながりが根底にある。
イノベーションの観点では、オープンイノベーションではエコシステムを基盤としてイノベーションを加速化し、持続的な成長、国際競争力の強化の実現を目指している。またシェアリングエコノミーにおいても、先述の内閣官房シェアリングエコノミー促進室(当時)では「破壊的なイノベーション」と「温もりのあるイノベーション」の2タイプに分類している。AirbnbやUberなどに代表されるグローバルに展開するシェア事業者によるビジネスを新たな需要を掘り起し市場に劇的な変化をもたらす「破壊的なイノベーション」とする一方で、主に地方で展開されるシェアリングエコノミーを、地域の共助の精神などを育て、地域コミュニティの再生や地域独自の課題の解決を目的とした「温もりのあるイノベーション」と位置づけ、社会的課題解決への取組としてのイノベーションの重要性を指摘している。
今回は、筆者の経験から、多様化、複雑化が進む社会課題への解決アプローチとして、シェアリングエコノミーとオープンイノベーションを紹介したが、今後も持続可能な社会実現に向けて、このような「多様なつながり」と「イノベーション」の要素を備えた、新たなビジネスモデル、連携スキーム、社会コミュニティの枠組み等が生み出されることを期待するとともに、貢献していきたい。