
日本マーケットシェア事典2025年版巻頭言(執筆:2025年3月)より
社会統制への圧力を憂える
第2次トランプ政権がスタートして3ヶ月、他国の主権を顧みない言動、気候変動への疑義、多様性・公平性・包摂性(DEI)の否定、国際機関からの脱退、そして、敵対的な関税政策、、、これらに快哉をあげる支持者たち。彼らの姿が米国の退潮を象徴する。時代に取り残された“かつてのマジョリティたち”が排外的で強権的なリーダーを担ぎ上げるのは歴史の繰り返すところであり、対立する主張への圧力や言論統制もまた“マニュアル”どおりといったところか。
メキシコ湾をアメリカ湾と表記しなかった報道機関は記者会見場から排除され、大統領執務室での取材も禁じられた。黒人で二人目の米軍統合参謀本部議長、女性初の海軍作戦部長も解任された。国防省は男性同性愛者を指すゲイが含まれるとして広島に原爆を投下したB29爆撃機“エノラ・ゲイ”の写真を削除候補に指定、硫黄島の戦場で米海兵隊員が星条旗を掲揚する有名な写真も「隊員に先住民がいる」との理由で米軍の歴史を伝えるwebサイトから削除した(後に訂正。後述※参照)。
企業も「右へ倣え」だ。ウォルマート、アマゾン、フォード、マクドナルドをはじめ多くの企業がDEIプログラムの終了を発表、メタに至ってはファクトチェックプログラムの運用まで停止した。脱炭素を推進する金融機関の国際的な枠組み(NZBA)からは大手金融機関が次々と離脱する。「地球環境問題への貢献は今後とも継続する」としつつも日本のメガバンクグループまでもこれに追随する。 強権的な権威への阿り、忖度、同調、保身。なるほど、こうして社会は同じ方向を向いてゆくのか。
関税は米にとって好手か、悪手か
3月17日、OECDは2025年の世界経済の成長予測を昨年末時点から0.2ポイント引き下げ、3.1%へ修正した。要因はトランプ関税の発動である。OECDは「開かれた国際貿易の回復が急務」と警鐘を鳴らすが、中国、欧州が対米報復措置の発動に動く中、正常化への見通しは立たない。
日本経済も不透明感が募る。政府が昨年末に発表した成長見通しは1.2%、個人消費が改善し、内需が牽引する、と予測した。しかしながら、急激な物価高を背景に実質賃金のマイナス状態は続いており、個人消費の下押し圧力は強い。加えて、トランプ関税だ。昨年、日本からの輸出総額は過去最高の107兆912億円を記録した。最大の輸出先は米国で21.2兆円、2位が中国の18.8兆円。深刻な対立局面にある当事国2国で全体の4割に達する。米国へは自動車、中国へは半導体製造装置が主力輸出品であり、いずれも米中それぞれにとっての戦略品目である。それだけに米中対立の余波は大きい。
一方、トランプ関税が米国の産業を再び偉大にする決定打になるとは考え難い。既に実施済の鉄鋼・アルミ関税や中国製品に対する追加関税は当然ながら米国内のコストアップ要因であり、消費者はもちろん産業界にとってもデメリットは小さくない。
もちろん、海外から直接投資を誘引するインセンティブにはなる。しかし、一度、空洞化した国内サプライチェーンの再生は量的にも質的にも容易ではない。ましてや、移民の流入が制限される政策下において製造業の人件費を国際競争に耐え得るレベルまで下げることなど出来まい。そもそも関税による国内産業の保護や輸出産業の育成は途上国の政策である。金融・保険、IT、化学・医療、エンターテインメント、航空宇宙産業等に蓄積された資本、知財、そして、巨大な内需に支えられたドルの強さは言うまでもなく、“割安”で良質な他国の製品を買いあさって余りある富が米国にはある。結局、コスト高による不利益をまともに被るのは貧しくなった“かつてのマジョリティたち”ということになりかねない。
米の“脇の甘さ”を好機に出来るか
高関税は輸出型企業にとって当然ながら不利な条件となる。一時的な減収、減益を最小化するための施策は準備すべきであろう。とは言え、突然の高コスト化によるダメージは米国産業界も同様であって、そうであれば、むしろ“しばし静観”で良いかもしれない。われわれは外交に直接関与できるものではないし、ましてや相手は“彼”である。期間も中身も対象も予測不能な外部環境変化に過度に怯える必要はあるまい。
脱炭素を否定し、多様性を軽視し、途上国への支援を縮小し、自由貿易から遠ざかり、国際協調主義から離脱する米国が世界に与えるインパクトは大きい。
しかし、それはそのままこれらの領域における影響力の後退を意味する。要するに少なくとも向こう4年間は“隙だらけ”であり、ここをいかに突くかが戦略の要諦である。中国もここを狙うだろうし、日本そして“円”にとっても存在感を回復する好機である。
“国際社会”なる言葉は、その盟主を自認してきたはずの米国のあからさまなダブルスタンダードに完全に無効となった。今、私たちがなすべきは目先の4年間を越えた未来からの視座で世界を捉え、その先の自身の在り方を構想し、戦略化し、行動することである。まずは自社にとって決して譲れない価値を再定義すること、言い換えれば、自社の社会的存在意義そのものを問い直すことからグローバル戦略の再構築をはかりたい。
報道によると共和党内の一部に“トランプ氏3選”に向けての動きがあるという。もしも自身がトップの座にある時、自身の任期延長を可能とする法改正を自らの署名をもって行うとすれば、ここが米国の将来を占う分水嶺になるだろう。長期政権への道を拓き、権力の独占を実現したウラジーミル・プーチン氏や習近平氏の先例をみればその先にやってくる社会の在り様は歴然である。
3月19日、米国防総省は「トランプ政権の方針に従う中で一部の写真を誤って削除対象とした」と声明、エノラ・ゲイや硫黄島の写真もこれに含まれた※。米国の修正能力は健在だ。ここに米国の強かさがある。
今週の“ひらめき”視点 2025年3月
代表取締役社長 水越 孝