2024年11月
事業創造コンサルティンググループ
上席マネージャー 伊東真
矢野経済研究所では、これまでに地方自治体からの相談・依頼等により、都心に集中するICT企業の本社機能の一部や開発拠点のオフィス誘致を目指した業務支援を数多く手掛けてきている。背景には、地方都市では、地元で就職したいと考える優秀な若い人材が一定存在するが、その受け皿となる、若い人材が希望するような条件(事業内容や職種、給与水準等)の企業が多いとは言えず、首都圏等の大都市圏に若い人材を流出してしまっているという、地方ならではの課題がある。
人材の継続的確保がICT企業の経営課題に/活路を地方に求める企業の増加
一方、ICT企業では、近年の成長率に見合ったリソース、エンジニアの人材確保が事業規模拡大にあたっての最重要ファクターとなるケースが多い。新卒、中途いずれにおいても人材採用の計画水準に達していない企業が大勢を占めている。中堅・中小・スタートアップ企業のみならず大手企業においても同様である。今後、労働人口が減少を続ける中で何かしらの対策が必要となっている。
そこで地方都市の若い、地元志向の優秀な人材を現地で採用・育成し、業務を行う開発拠点を構えることで事業拡大を推し進めようとする企業が増えている。基本的には首都圏で受けた仕事を切り出す機能(いわゆるニアショア機能)としての位置づけである。人材確保だけでなく、地方都市は、賃貸オフィスの賃料や最低賃金が大都市に比べ低く、顧客からの要求等でコストを下げたいプロジェクト案件に対応できるメリットもある。また、近年のトレンドとして、特に中小企業や官公庁等のIT化が遅れている地方都市を「市場」として評価、まず現地で仕事を確保し、頻繁にやりとりがしやすい、近接性のある現地拠点で対応することを狙う企業も増えている。このように、エンジニアの人材確保や新たな市場・ビジネス展開を目的にICT企業の地方への関心は以前よりも高まってきている。
地方自治体による各種サポート/都市規模による強み・特徴
そういった企業を呼び込み、地域での雇用拡大を図るべく、各地方自治体においては、様々な支援メニューを用意している。新規投資に係る固定資産税等の相当額(オフィス賃借にも対応)や雇用に紐づく助成金、会社説明会の開催支援や地元学生とのマッチングといった円滑な人材確保に向けたサポート等、企業ニーズに見合った内容を事業化し、積極的なプロモーションを展開している。なお、各自治体の訴求内容等から、以下のように都市規模による特徴がみてとれる。
- 札幌、仙台、京都、福岡等、政令指定都市以上の中核都市では、20~30歳代の人口比率が高く、優秀で地元に残りたい若い人材が多い点、アクセスのしやすさ(交通の利便性)、企業連携等による「横のつながり」を軸とした新たなイノベーション・市場創出の実現を主に訴求
- 沖縄、宮崎、松江等、都心から物理的な距離のある地方都市では、各種助成金やオフィス賃借料等のランニングコストの安さ(大幅なコストダウンの実現)、自然災害の影響が少ない等のBCP拠点としての立地が有効といった点を主に訴求
企業と地域のネットワーク形成/つなぎ役の必要性
ICT企業の多くは、こうした自治体による各種サポートや特徴、具体的なメリットについてよく理解できていないし、そもそも知らない企業も多い。もちろん事前のリサーチや細かいシミュレーションは必要不可欠である。実際に現地で取り組んでみないと分からない事象も多いが、近年は、各都市でコワーキングスペース等も充実してきており、大きなコストをかけずともスモールスタートでのお試し事業も容易な時代になっている。自治体においては、先々の実りをイメージし、こうした提案や企業の細かいニーズに寄りそう等、よりICT企業に対しての働きかけが必要になる。
若い人材の都心流出を防止する雇用受け皿の確保やIT化の遅れといった地域側の課題、対するICT企業側の経営課題(人材採用、コストダウン、企業連携、新たなビジネス創出等)には親和性がある。矢野経済研究所ではこのマッチング、つなぎ役を担うことで地方創生、企業の価値創造、いずれにも対応できるものと考えている。