25日、作家の村上春樹氏は自身がMCを務めるラジオ番組で神宮外苑の再開発に言及、「このままの緑を残して欲しい。一度壊したものは元に戻らない」と語った。この事業は現在の神宮球場、秩父宮ラグビー場を解体、建て替えるとともに180-190m級の高層ビルを複数棟建設するなど、2036年の完成を目指して神宮外苑一帯を再整備するというもの。神宮第二球場の解体は既に3月から始まっており、村上氏の発言は鉄塔の撤去作業に合わせていよいよ始まる樹木の伐採を前にしてのものである。
問題の焦点は工事に伴う樹木の伐採と絵画館前の銀杏並木の保全である。事業者側は当初971本の伐採を計画していたが、最終的に556本に削減、移植・植樹の可能性等を引き続き検討するとし、昨年の8月、東京都はこれを了承した。しかしながら、計画の中止を求める声も根強い。日本イコモス国内委員会(ICOMOS)は再開発の見直しを求める声明を発表、都民による反対署名も5月までに19万5千筆に達している。この3月に逝去した音楽家の坂本龍一氏が「先人が100年かけて守り育ててきた樹々を伐採しないで欲しい」旨の手紙を東京都知事など関連行政機関の長に宛てて出していたことも記憶に新しい。
そもそもの問題は計画の進め方にある。再開発計画は2013年、五輪招致決定直後から水面下で始動する。都は神宮外苑エリアについて、土地利用に際して自然景観の保全を優先させる風致地区の指定を外すとともに、都市計画公園指定を解除して再開発を可能とする「公園まちづくり制度」を創設、大規模再開発の道筋を段階的に整えてゆく。確かに手続き上の瑕疵はない。とは言え、計画の詳細が公表されたのは2021年末、つまり、都市計画の策定に際して都民の側が参画する機会が実質的に閉ざされていたということである。
今や公益性と事業性を単なる対立軸として捉える時代ではないし、「法令上問題ない」などという行政の強弁も時代にそぐわない。行政の役割は公正でオープンな合意形成の仕組みづくりにあると言え、是非とも未来に禍根を残さない道を探っていただきたい。
さて、再開発は「 “東京2020オリンピック・パラリンピック” のレガシーを次世代に引き継ぐため」ともされる。なるほど、そうなのか。本稿を書きながら、あるスポーツメーカーにて、解体された旧国立競技場のトラックの一部を見せていただいたことを思い出した。そこには切り取られた100m走のスタートラインがあった。戦後の復興を象徴するとともに日本のスポーツ文化の歴史を刻んできた貴重な “文化遺産” を改修可能性に関する議論を深めることなくさっさと解体しておきながら、レガシーも何もないだろ!? こんな思いが今更ながら蘇ってきた。
今週の“ひらめき”視点 6.25 – 6.29
代表取締役社長 水越 孝