ナイキ 最強のDX戦略
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(本記事は、白土 孝氏の著書『ナイキ 最強のDX戦略』=祥伝社、2022年4月28日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

少年、少女へも投資

ナイキの「アスリートの資本化」は少年少女の世界にも及んでいます。

2017年、ナイキは9歳のサッカー少年と史上最年少となるスポンサー契約を結び世間を驚かせました。この少年は、ワールドカップのオランダ代表として活躍したパトリック・クライファートの息子でシェイン・クライファートです。英国のスポーツ情報サイト、スポーツプロメディアによれば、契約当時シェインはパリ・サンジェルマン傘下のチームに所属していました。ナイキが注目したのは彼のアスリートとして父親譲りの優秀な遺伝子のほかに、ユーチューバーとしての驚くべき影響力でした。契約当時、シェイン少年のユーチューブフォロワー数は3万2000人。インスタグラムに至っては12万8000人に達していました。シェインは、契約後もこれらのSNSにサッカーだけでなく、食品やライフスタイルなど様々なコンテンツを投稿し続け、その後フォロワー数は爆発的に増加していきます。現在ユーチュープのチャネル登録者は約9万人、インスタグラムのフォロワー数は38万人。大変なインフルエンサーです。彼はソーシャルメディアを通して少年たちに影響を与え、一説にはユーチューブから得る収入だけで100万ドルとも言われています。

このようにソーシャルメディア世代の選手を獲得することは、ナイキのアプリエコシステムを軸としたデジタルトランスフォーメーション戦略にとってとても重要です。ちなみに2021年にナイキの最年少契約選手の記録は、ブラジルの天才サッカー少年カウアン・バジーレとの契約によって破られました。その年齢はわずか8歳です。カウアン少年はサントスのU9インドアフットボールチームでプレイしていますが、なんと自身のインスタグラムフォロワー数は2万人を超えています。

シェイン少年やカウアン少年と似た理由で契約した少女もいます。2019年、ナイキはカリフォルニア州サンタクラリタ出身の13歳の女子サッカー選手オリビア・モールトリーとスポンサー契約を結びました。ナイキは早速その年の「ドリームクレイジー」キャンペーンのひとつに彼女を起用。プロテニス選手セレーナ・ウィリアムズがナレーションする印象的な女性とスポーツのメッセージ動画の1コマにオリビアが静止画で登場します。このコマーシャルは世界中で注目を集めましたが、オリビアを登場させた理由は、シェーン同様にインスタグラムで11万6000人のフォロワーを持ちソーシャルメディアで大きな存在感を示していたことにあります。ナイキがこの少女に支払った契約金は複数年で推定30万ドル以上ですが、もしオリビアやシェインやカウアンが世界的なスター選手に成長した場合、彼らのソーシャルメディアアカウントは極めて大きな存在感を示すようになるはずです。

米国のソーシャルメディア分析会社、アンメトリック・ドットコムによれば、ナイキの全世界のソーシャルメディアアカウント数は269アカウントあり、フェイスブックが108アカウント、ツイッターのハンドルは104ハンドル、インスタグラムが16アカウント、ユーチューブは41のチャネルを運用しているとされています。インスタグラムはアカウント数こそ少ないものの、ナイキが最も重視しているソーシャルメディアで、なかでもコーポレートブランドとして運用される「niki」アカウントは1.7億人以上のフォロワーを持ち、平均で週1回、動画や画像を配信しています。この「niki」アカウントは全世界のインスタグラムのフォロワー数ランキングでは16位にランクインし、企業アカウントとしては第1位となっています。

ではインスタグラム自身を除く全体のフォロワー数の第1位は誰かといえば、それはクリスティアーノ・ロナウド選手でその数は3.3億人にも達します(いずれも2021年9月3日時点)。言うまでもなく彼はナイキのヒーローアスリートで、ロナウド選手のフォロワーが「niki」アカウントに多数流入していることは容易に想像できます。またNBAのヒーローアスリートでナイキ契約選手であるレブロン・ジェームズも9800万フォロワーを持ち、ナイキの企業アカウントのフォロワー数増加に大きく寄与しています。

このように「アスリート資本」はソーシャルメディアで圧倒的な数のファンを獲得でき、それがナイキのブランドプレゼンスに大きな役割を果たしているのです。したがって、そもそもソーシャルメディアが日常である少年少女を早くから見出し「アスリート資本」として抱えこむことはナイキのデジタル戦略として非常に重要なことだと言えます。

ナイキ 最強のDX戦略
白土 孝
1954年生まれ。靴の量販店を全国展開する株式会社チヨダで、取締役としてマーケティングやIRを担当。2013年からカジュアル衣料チェーン、株式会社マックハウスの代表取締役社長を務めた。
2019年に同社退任後、コンサルティングサイト「LINK496」を設立。チヨダ在職中の2000年にECサイトを立ち上げるなど、ITリテラシーの高さと実績を生かし、事業者のデジタル経営をサポートしている。
またチヨダでは自ら店頭に立ちナイキのシューズを販売するとともに、ナイキという企業の経営戦略を研究。訳書に『スウッシュ――ナイキ「裏社史」』(小社刊)がある。

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