2021年10月にマイナンバー保険証の本格運用が開始されてから約2年が経過した。その間にマイナンバーカードにまつわるさまざまなトラブルが発生したことから、カードの利用をためらっている人もいるだろう。
その一方で、日本政府は2024年秋ごろを目途にマイナンバーカードと保険証を一本化させ、紙の健康保険証を廃止する方針を示した。2023年4月からマイナンバー保険証を利用した場合の医療費を改定するなど、さらなる普及に努めている。マイナンバー保険証を使う場合と使わない場合では、利用者にとってデメリットが大きいのはどちらなのかを知っておくことが大切だろう。
目次

マイナンバー保険証とは?
マイナンバー保険証とは、マイナンバーカードに健康保険証機能を持たせたものであることをすでにご存じの人も多いだろう。医療機関で従来(紙)の健康保険証を提示する代わりに、受付に設置されたカードリーダーにマイナ保険証つまり、マイナンバーカードをかざし顔認証で受け付けする。
運用開始から相次ぐトラブル
医療機関側は患者が加入している公的医療保険や自己負担割合の確認、かつ本人であることの確認がオンラインでできるというわけだ。これをオンライン資格確認というが、これまでオンライン資格確認の際に別人の健康保険情報が登録されていたというトラブルが相次いで報道された。
その数は、オンライン資格確認の運用開始から2023年5月22日までの間で7,372件に及ぶ。そこで厚生労働省が翌5月23日付けで全保険者に対して点検を依頼したところ、1,109件の別人登録が確認された(2023年9月29日現在)。
本人の保険情報が登録されていても医療費の自己負担割合が誤登録されていたというトラブルもある。所得によって自己負担割合が1~3割となる高齢者に特に多いようだが、なかには6歳未満の幼児であるにもかかわらず、「高所得 現役並み」と表示されたケースもあるようだ。
自己負担割合の誤登録に関しては、全国保険医団体連合会が全国6万5,811の医療機関にアンケート調査を行い、現在までに978の医療機関で確認されている。ちなみにアンケートに回答した医療機関数は、約1割の7,070機関にすぎない。実際には、より多くのトラブルがあった可能性も考えられる。
マイナンバー保険証に限らず、マイナンバーカード自体の以下のようなトラブルも相次いでいる。
- 同姓同名の別人へのマイナンバーカード交付
- コンビニで別人や抹消済みの証明書を誤発行
- マイナポータルで別人の年金記録を閲覧できる など
これでは、安全性に不審を抱いてしまうのは致し方ない。
マイナンバー保険証のデメリット
トラブル続発のマイナンバー保険証であるが、ほかにもいくつかのデメリットがある。主なデメリットを3つ紹介する。
1.窓口負担が高くなる
「令和4年度診療報酬改定」により2022年4月1日からオンライン資格確認システムが導入されている医療機関や薬局を利用した患者を対象に、医療費の窓口負担が上がった。これは、これにオンライン資格確認システム利用の対価としての加算である。しかし同じ医療機関で診療しても、マイナンバー保険証を利用するほうが従来の保険証を利用する場合よりも高かった。
マイナンバー保険証の活用普及というのは、政府の方針であるにもかかわらず、費用負担は患者に降りかかる。この事実に納得できない人も多く、政府は2022年10月にこの加算措置の名称を変えるとともに加算額を改定し、自己負担3割の場合、初診でマイナンバー保険証の場合が6円(それまでは21円)、従来の保険証の場合は12円(それまでは9円)とした。
つまりマイナンバー保険証を使ったほうが医療費負担は軽くなったが、マイナンバー保険証に対応していない医療機関の場合は、そもそも加算がなく未対応の医療機関等で診療を受けたほうが患者負担は少ない。
政府は、2023年4月からは全医療機関等にオンライン資格確認システム導入を原則義務づけたこともあり、結局はその負担が患者に回ってくることになる。
2.利用できない医療機関もある
マイナンバー保険証は、医療機関や薬局がマイナンバーカードを読み取るためのオンライン資格確認システムを導入していなければ使えない。前述したようにすべての医療機関等は、オンライン資格確認システム導入を原則義務づけられた。しかし厚生労働省のデータによると2023年10月8日時点で同システムを申し込んだ医療機関等は92.1%、実際に参加している機関は88%となっている。
マイナンバー保険証の利用を希望しても実際には利用できない場合もあるということだ。
3.個人情報漏洩リスクは拭えない
冒頭で説明した別人登録など、個人情報漏洩リスクが心配だ。また誤登録がないにしてもマイナンバーカードを医療機関に持参することで紛失リスクが高くなるデメリットもある。マイナンバーカードでなくても診察カードの渡し忘れは少なくない。
マイナンバー保険証も同じように返却忘れが起こる可能性は充分考えられるだろう。患者側も返却してもらったかどうか意識せずに帰宅してしまいそのまま失念してしまう可能性も考えられる。紛失した場合、大切な個人情報を悪用される危険性は拭えない。
マイナンバー保険証のメリット
デメリットが目立つマイナンバー保険証。利用する際は、メリットとのバランスを考えて提示するかどうかを検討することも必要だ。そこで、マイナンバー保険証のメリットを整理しておこう。
医療費が割安
デメリットの部分で「窓口負担が高くなる」ことを説明した。しかしマイナンバー保険証の利用促進を目指す政府は、2023年4~12月までの特例措置として「マイナンバー保険証を使わない場合」の加算額を引上げた。
従来の保険証で受診すると、初診時の12円加算(3割負担の場合)が18円に、さらには再診時にも6円が加算される。マイナンバー保険証に対する加算額は変わらないため、どちらの保険証を利用するかによっての負担額差が広がり、マイナンバー保険証の割安感が大きくなった。
就職・転職・引越しをしてもずっと使える
例えば会社員の場合、健康保険証は会社で発行手続きをすることになる。そのため就職・転職をした際には、新たな就職先で健康保険証を発行してもらうことになる。また引っ越しや結婚して姓が変わったときには、住所や氏名の変更手続きが必要だ。しかし新しい健康保険証が届くのを待っている間に病気やケガで医療機関へ受診するケースもあるだろう。
そのような場合でも新しい健康保険証の発行を待たずにマイナンバー保険証で受診できるのは便利だ。
医療費が高額になっても自動的に窓口精算額を軽減できる
救急などで医療費が高くなりそうなときのメリットもある。公的医療保険に「高額療養費制度」があるが、マイナンバー保険証で受診することでこの手続きの手間が省ける。
高額療養費制度とは、1ヵ月の医療費窓口負担が一定額を超える場合にその超えた部分が還付される仕組み。事前に申請しておけば医療機関の会計で多額の支払いをしなくてよくなる「限定額適用認定証」がもらえる。
マイナンバー保険証で受診した場合、医療機関がシステム上で限定額適用認定資格を確認できるため、限定額適用認定証の提出も不要になるのだ。自動的に窓口での支払額が抑えられるのはありがたい。
過去の診療情報データにもとづいた診察・処方を受けられる
マイナンバー保険証を利用すると処方された薬の情報などが履歴として残るため、診察をする医師も患者の同意を得たうえで履歴を確認しながらより適切な診察・処方が期待できる。これは、医師・患者の両者にとって安心につながるだろう。
従来の健康保険証は2024年秋までに廃止、その後はどうなる?
2023年6月9日に政府は、マイナンバー法等の一部改正法を公布し、そのなかで従来の紙の保険証を廃止することを決めている。施行は、2024年秋ごろとされており、その後は紙の保険証は発行されなくなる予定だ。
現在は、双方のメリット・デメリットをわきまえたうえで、患者自身がマイナンバー保険証と紙の保険証のどちらを利用するか選べる。しかしマイナンバー保険証に一本化されてしまえば、選択の余地がなくなるうえ、必ずマイナンバーカードを発行申請する必要がありそうだ。
施行までには、約1年の期間があるが、まだマイナンバーカードを所有していない人やマイナンバー保険証の利用に不安がある人は、今から対応を検討しておくのがおすすめだ。まず2024年の秋ごろに当改正法が施行された時点で発行済みの紙の保険証は、その後1年間、つまり2025年の秋ごろまでは使用できる。
ただし健康保険証の有効期間がそれより早く到来する場合には、健康保険証に記載されている有効期間までとなる。また高齢者や子どもなどマイナンバーカードを発行できない事情がある人、紛失した人、更新中の人など、マイナンバーカード(マイナンバー保険証)を利用できない人は保険者(健康保険組合や協会けんぽ、自治体など)に申請して「資格確認証」を発行してもらうことが可能だ。
医療機関等の窓口では、マイナンバー保険証の代わりに資格確認書を提出すれば受診できる。資格確認書には、最長1年の範囲で有効期間が定められるため、注意が必要だ。
国がマイナンバー保険証を進めるワケ
マイナンバーカードが登場して以来、日本政府はマイナンバーカードの発行促進に躍起になっている。なぜならマイナンバーと紐づけることで医療情報や保険料・納税額、口座情報などの個人情報を一元管理しやすくするためだ。そのあおりがマイナンバーカードと健康保険証の一体化という形で、医療関係者や国民への負担になっている。
将来的には、個人の金融資産や納税額、医療費等を把握して、医療費の自己負担を増やす可能性もあるかもしれない。公平な負担は当然求められるべきものであるが、現状のように「マイナンバー保険証を使うか」「通常の健康保険証を使うか」によって個人負担額が異なるようでは、公平とはいえない。
