韓国の政権交代を受け、複数の中国メディアが「アンチ尹錫淑(ユン・ソクヨル)大統領キャンペーン」を展開している。中には尹次期大統領を「韓国のトランプ」呼ばわりするものもある。中国側の最大の懸念は、尹次期大統領の潜在的な親日米・反中国スタンスが、東アジアにおける軍事勢力に影響を及ぼすことだ。
中国メディアが指摘するトランプ氏との共通点
大統領選から2日後の2022年3月11日、中国の鳥有週刊は「韓国のトランプ?」という見出しでアンチ尹次期大統領キャンペーンを開始した。「真の政治的新参者」として尹次期大統領の経歴を紹介し、「(出馬中に尹大統領が行った)一連の発言から判断すると、“この政治初心者”はドナルド・トランプ前米大統領と共通点がある」 と皮肉った。
同誌が両者の共通点として非難しているのは、「北朝鮮と中国に対してより厳しい姿勢をとり、中国への依存を減らすことを提唱している」「米軍によるTHAAD(高高度ミサイル防衛システム)の配備を拡大する可能性を提案した」「(韓国の男女共同参画省を廃止し)フェミニスト運動を非難した」「経済的・社会的問題に関して、自由放任主義に大きな熱意を示した」などだ。
思わずあっけにとられるほどの激高ぶりである。
さらに、全斗煥(チョン・ドゥファン)第11・12代大統領(任期1980~88年)まで引っ張り出し、尹次期大統領が全氏を称賛する発言をしたとして、「“米国の政治的正当性“に対する“トランプの挑戦”に非常に似ていることを認識すべきだ」と注意を促した。
民主化要求デモをきっかけにして約200人の犠牲者を出した光州事件 が象徴するように、全氏統制下の韓国は今なお「弾圧の暗黒時代」とされている。
同誌は「韓国の総選挙の結果は、ますます分裂している韓国社会を反映している」と締めくくった。
中国が警戒する「日米韓MD(ミサイル防衛)同盟」発足
一方、EU(欧州連合)のメディア、モダン・ディプロマシーは 中国メディアの反尹政権感情を取り上げ、「中国は尹政権が日米と結束し、反中国への強硬なアプローチを取る可能性を恐れている」と報じた。
対日感情の扇動を政治戦略に組み込んでいた文寅在大統領から一転、尹次期大統領は選挙運動中から一貫して日韓関係の改善を重視する姿勢を打ち出してきた。「対日関係の改善を強く望んでいるという点では、トランプ前政権より手強いかもしれない」と中国側は警戒している。「中国のゲームプランを揺るがす脅威は、米日韓が足並みを揃え、東アジアにおける安全保障体制を構築すること」である。
前述のTHAAD配備問題ひとつとっても、日米韓MD(ミサイル防衛)同盟の構築は中国にとって脅威となる。米国は北朝鮮の弾道ミサイルから在韓米軍を保護することを理由に、2017年に 6基の暫定配備を完了させた。
強く反発していた中国 は、韓国人の商用複数査証の発給に制限をかけるなどして報復措置を講じたが、両国間で「THAADの追加配備をしない」「ミサイル防衛に参加しない」「日・韓・米の安保協力を軍事同盟化しない」などの公約が交わされたことにより、緊迫した空気は緩和された。
しかし、尹次期大統領はこれを覆そうというのである。米議会調査局(CRS) は韓国の新大統領に関する報告書の中で「尹氏は米国と共に先制攻撃能力やミサイル防衛能力の強化など、韓国の国防および抑止能力を拡大すると明らかにした」「対中を含め多くの問題で米国と意見を一致させるだろう」とし、文在寅大統領との決定的なスタンスの違いを評価した。
日米韓が結束すれば、安保協力の対象が中国やロシアなどへと広がる可能性が高い。
韓国国民の約8割が中国に否定的
中国にとって、韓国で反中感情が高まっているのも懸念材料だ。ピュー研究所が2021年6月に発表した調査では、韓国国民の77%が中国に否定的な見解を示した 。
反中感情を加速させている最大要因のひとつは「朝鮮半島の高句麗が中国の歴史の一部だ」とする中国の主張である。
高句麗 は西暦668年まで続いた王朝で、現在の満州の一部から北朝鮮と韓国の北部に位置した。中国は長きにわたり高句麗を朝鮮史と認めていたが、中国東北部についての研究を行った結果、2002年に高句麗が中国の一部であると主張し始めた。それ以来、両国間では高句麗を巡る領土問題が膠着状態にある。
このような歴史的確執を背景に、韓国の若者間では「中国による韓国の歴史の間違った解釈」や「文化に対する恩着せがましい見下した態度」といった文化的要因に対する憤りが広がっている。
一例を挙げると、スタンフォード大学韓国学プログラムディレクターのシン・ギウク教授によると、中国はキムチやサムゲタンなどの韓国の伝統料理や韓服(ハンボク)について、「中国にルーツがある」 と高唱しているとのことだ。世宗大学の李文基教授の言葉を借りれば、「韓国人は自分たちの文化は独自に築いたものと思っているが、中国は韓国の文化が中国によるものだと思っている」という。
それに加えて、新型コロナウイルスの起源疑惑やウイグル族への人権侵害、民主主義の弾圧など複数の要因が火に油を注ぐ形で、中国に対する不信感や嫌悪感を助長させている。
「米中板挟み」から抜け出せるか?
5月10日には文大統領が任期を 終え、尹次期大統領が韓国のトップに立つ。
一部からは「国政ビジョンも目標も内閣人選も曖昧 」と評価されている新政権が、米中板挟み状態にどのように対処していくのかは、韓中のみならず世界にも大きな影響を与える。
文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)