新規事業やイノベーションを目指す経営者にとって、「魔の川・死の谷・ダーウィンの海」は無視できないものだ。事前に対策を考えておかないと、思わぬ失敗を招くリスクが高まる。本記事ではビジネスで注意したい3つの障壁と、成功に導くポイントをまとめた。

目次

  1. 魔の川・死の谷・ダーウィンの海とは?
    1. 魔の川とは?
    2. 死の谷とは?
    3. ダーウィンの海とは?
  2. 魔の川・死の谷・ダーウィンの海が生じる原因
    1. 魔の川が発生する原因
    2. 死の谷が発生する原因
    3. ダーウィンの海が発生する原因
  3. 魔の川・死の谷・ダーウィンの海の乗り越え方
    1. 魔の川を乗り越える方法
    2. 死の谷を乗り越える方法
    3. ダーウィンの海を乗り越える方法
  4. 魔の川・死の谷・ダーウィンの海を超える準備と対策
    1. 継続的な情報収集と外部環境の分析
    2. 前例ではなくアイデアから対策を考える
  5. 各障壁の要因とタイミングを理解し、あらかじめ万全の対策を
魔の川・死の谷・ダーウィンの海の乗り越え方とは?新規事業・イノベーション経営を成功に導くポイント
(画像=KevinCarden/stock.adobe.com)

魔の川・死の谷・ダーウィンの海とは?

魔の川・死の谷・ダーウィンの海とは、企業が技術経営で直面する障壁である。通常、技術経営は「研究・開発・事業化・産業化」の流れで進められるが、次の段階へと進む際には問題を抱えることが多い。このときに各段階で立ちはだかる障壁が、魔の川・死の谷・ダーウィンの海と表されている。

技術経営の考え方 MOTと開発ベンチャーの現場から

元々、魔の川・死の谷・ダーウィンの海はテクノ・インテグレーション社の代表取締役である出川通氏の著書(※)で提唱されたといわれている。簡単に言い換えると、新規事業やイノベーションを阻むハードルであり、特にスタートアップやベンチャー企業にとっては死活問題になりやすい。

(※)参考:光文社「技術経営の考え方 MOTと開発ベンチャーの現場から

魔の川とは?

魔の川とは、「基礎的な研究」と「製品化」の間に存在する関門である。いくら研究に力を入れても、製品化の見込みが立たないとコストが水の泡のように消えてしまうため、その様子を川にたとえて”魔の川”と呼ばれるようになった。

魔の川は、準備段階である「シード期」に発生する障害であり、ここでつまずくと開発の本格化や製品化には進めなくなる。テストマーケティングさえできない状態であるため、魔の川を超えない限りは基礎研究に費やしたコストが無駄になってしまう。

世の中にはさまざまな商品がありふれているが、実際に研究開発の段階でとん挫するプロジェクトは多く存在する。その主な要因は、現代の多様化したニーズや経済活動と言われている。

特にイノベーション市場は移り変わりが激しいため、研究開発に時間をかけすぎると流行やブームが過ぎ去り、まさに魔の川にはまった状態になってしまう。

死の谷とは?

製品化の目途がたっても、その技術やプロジェクトを市場に投入できるとは限らない。事業化段階へと進む際にも困難に直面することは多く、この障壁は「死の谷」と呼ばれている。

死の谷はアーリー期に直面する障害であり、調達・生産・流通の土台を構築する必要がある。研究段階よりも多くの資源を投入することになるため、この段階でつまずくと大きなダメージにつながる恐れがある。

また、生産ラインや流通チャネルは将来のコスト・労力に関わるため、単に実装するだけではなく効率も意識しなければならない。

ダーウィンの海とは?

3つの目の障壁であるダーウィンの海は、「市場投入」から「プロジェクトの完遂(成功)」の間に存在する関門だ。市場に投入された商品は、競合他社や顧客からの要求といった脅威にさらされ、まるで荒波にもまれたような状態になる。

このときに競争力や適応力がないと、企業は生存競争から淘汰され、最終的には市場から追い出されてしまう。このような一連の流れがダーウィンの進化論と重なるため、市場投入を迎えてから直面する障壁は“ダーウィンの海”と呼ばれるようになった。

ちなみに、魔の川・死の谷を乗り越えても、ダーウィンの海で溺れたプロジェクトは失敗とみなされる。

魔の川・死の谷・ダーウィンの海が生じる原因

魔の川・死の谷・ダーウィンの海が生じる原因は、主に以下の通りである。

<3つの障壁が生じる主な原因>

【魔の川】
・競合他社や競合商品の存在
・消費ニーズの変化
・研究開発のスピード

【死の谷】
・誤った方向性での顧客分析
・社内コミュニケーション不足による予算不足
・現場のモチベーション低下

【ダーウィンの海】
・消費ニーズの読み違い
・強力な競合他社の存在
・顧客からの要望の軽視

3つの障壁を乗り越えるには、魔の川・死の谷・ダーウィンの海の原因を突き止めて、それぞれの対策を考えることが必要になる。ここからは、新型の小型パソコンを市場投入する企業を例に、各障壁の原因や仕組みを解説しよう。

魔の川が発生する原因

魔の川の主な原因には、「競合他社や競合商品の存在」「消費ニーズの変化」「研究開発のスピード」の3つがある。以下では、競合の存在や消費ニーズの変化によって魔の川に直面する例を紹介する。

<魔の川の例>

パソコンメーカーであるA社は、これまでにない小型商品の開発を目指した。海外から膨大な数の部品や半導体、他社商品などを取り寄せながら、A社は最先端の研究開発を進めていく。
しかし、小型化を実現する技術がなかなか見つからないまま、消費者の興味はさらに小さなデバイスであるスマートフォンに向き始めた。このタイミングでA社はプロジェクトを諦め、それまで費やしてきたコストや労力が無駄になってしまった。

技術経営の世界では、多くの企業がイノベーションを目指してしのぎを削っているため、いつの間にか代替商品にシェアを奪われるケースが多い。また、プロジェクトの開始時点で競合が存在しなくても、研究開発のスピードが遅いと市場が飽和状態になることもある。

上記の例では、スマートフォンよりも早く小型パソコンを市場投入できれば、採算がとれるプロジェクトになる可能性があった。

死の谷が発生する原因

死の谷が発生する主な原因は、「誤った方向性での顧客分析」「社内コミュニケーション不足による予算不足」「現場のモチベーション低下」の3つである。まずは、顧客分析が原因となる例を紹介しよう。

○死の谷の例1

パソコンの小型化を実現したA社は、その技術に自信をもってテスト販売を開始。他社にはない最先端の技術であったため、市場や顧客のニーズは分析しなかった。

結局、興味を示す顧客は現れず、テスト販売は1台も売れずに終了した。

消費ニーズを軽視すると、提供すべき価値の方向性がズレてしまうことがある。いくら目新しい技術であっても、ニーズと結びつかないものでは売上を見込めない。

次に、予算不足によって死の谷に直面する例を紹介する。

○死の谷の例2

パソコンメーカーA社の従業員は、ふとしたタイミングで商品を小型化させる技術を思いついた。魅力的な商品をなんとか実現しようと開発を本格化するが、会社から十分な経営資源が投入されない。

このような状態が続いた結果、同じ技術を商品化に結びつけた競合他社が現れ、消費者ニーズをすべて奪われてしまった。

予算不足によって死の谷に落ちる現象は、社内のコミュニケーション不足が要因となる。一部署の従業員が魅力的なアイデアを出すケースは珍しくないが、経営トップと新規事業担当者が十分なコミュニケーションを取らないと、的確な投資判断は難しくなってしまう。

最後に、現場のモチベーション低下が要因となる例を見てみよう。

○死の谷の例3

パソコンの小型化技術を開発したA社は、商品化をするために本格的な開発段階へと移った。しかし、技術をデバイスに反映させることが難しく、小型化をするにあたって画質などの新たな問題が生じてしまう。

この新たな問題が解決しない状態が3年ほど続き、A社の開発担当者はモチベーションを失ってしまった。

いくら優れた技術やノウハウがあっても、その成果が長期間現れなければモチベーションを保つことは難しい。特に新たな問題が発生すると、まるで後退したように感じてしまう従業員も多いはずだ。

このように、”成果の不在”は従業員のモチベーション低下を引き起こし、最終的には会社が死の谷へと落ちることにつながる。

ダーウィンの海が発生する原因

ダーウィンの海が発生する原因としては、「消費ニーズの読み違い」「強力な競合他社の存在」「顧客からの要望の軽視」が挙げられる。まずは、消費ニーズを読み誤った例から紹介しよう。

○ダーウィンの海の例1

小型パソコンの商品化に成功したA社は、さっそく新商品を市場へと投入する。しかし、小型パソコンの必要性や利便性はまだ認知されておらず、興味を示す顧客がほとんど現れなかった。

数年後、小型パソコンの需要はある程度伸びたものの、競合の参入もありプロジェクトは赤字に終わってしまった。

時代のニーズを読み誤ると、市場が立ち上がっていない状態で製品を投入してしまう。大きな売上を期待できないどころか、競合他社にヒントを与えるリスクもあるため、市場投入のタイミングは慎重に判断しなければならない。

次に、競合他社が障壁となる例を見てみよう。

○ダーウィンの海の例2

新商品の小型パソコンをリリースしたA社は、一時的に業界トップクラスのシェアを誇るようになった。しかし、豊富な経営資源をもつB社が本格的な開発に乗り出し、A社よりもさらに小さいデバイスを開発する。

結局、シェアの大部分をB社に奪われてしまい、A社は同プロジェクトから撤退することになった。

経営資源が豊富な企業は、分析力や開発スピードが優れている。自社に落ち度がなくても、一般的な中小企業では対応することが難しい。このような状況下で生き残るには、経営資源とは違った角度から強みを構築する必要がある。

最後に、顧客からの要望を聞き入れなかった例を紹介する。

○ダーウィンの海の例3

パソコンの小型化に成功したA社は、自信をもって新商品をリリースした。最初の売れ行きは良かったが、次第に顧客から「別のカラーがほしい」「新たな機能を追加してほしい」などの要望が出始め、少しずつ売上が減少していった。

自信のあるA社はこの要望にほとんど応えず、同じモデルを販売し続けた結果、会社としてのブランド力も失ってしまった。

この例でA社がプロジェクトを成功させるには、顧客の要望を聞き入れてモデルチェンジをする必要があった。現代のビジネス市場は移り変わりが激しいため、A社のように変化に鈍感な企業は時代に取り残されてしまう。

魔の川・死の谷・ダーウィンの海の乗り越え方

ベンチャー企業や中小企業などが魔の川・死の谷・ダーウィンの海を乗り越えるには、大企業とは異なる視点で対策を練ることが必要になる。経営資源で勝負をしても勝ち目は薄いため、さまざまな視点から対策を考えることが重要だ。

魔の川を乗り越える方法

競合他社や競合商品に対しては、明確に差別化をすることが重要になる。例えば、上記の例でスマートフォンには実装できない機能を搭載すれば、ニーズの大部分を奪われることはなかったはずだ。

また、潜在顧客に対して効率的なアピールをするために、ターゲット層も明確にしておく必要がある。ターゲット層が分かれば、アンケートやレビューなどを活用することでニーズをいち早く掴めるので、市場の変化にもついて行けるだろう。

また、研究開発のスピードアップを図るために、経営資源の投入やプロセスの効率化にも取り組みたい。

死の谷を乗り越える方法

顧客分析の方向性をただすには、顧客が抱えている課題をしっかりと把握・理解することが必要になる。その上で、現在のプロジェクトが「どのような価値を提供できるか?」や「顧客の満足感につながるか?」を冷静に分析すれば、顧客が本当に求める商品像がはっきりとしてくるはずだ。

そのほかの要因に対しては、早い段階でテストマーケティングを繰り返すことが有効になる。仮にテスト段階であっても、市場への投入には経営トップの判断が欠かせないため、自然と社内のコミュニケーションは活発化するだろう。テストマーケティングのデータを収集すれば、それをもとに意見を交わし合う場も生まれることになる。

さらに、商品化・事業化は分かりやすい成果なので、従業員のモチベーションを刺激する効果も期待できる。ただし、あまりにも未完成な商品を市場に出すと、会社のブランド力を損なうこともあるので注意しておきたい。

ダーウィンの海を乗り越える方法

新規事業やイノベーションに挑戦する上で、ダーウィンの海に直面することは避けられない。よほど斬新なビジネスを思いつかない限り、市場には多くの競合や代替品が存在するためだ。

だからこそ、ダーウィンの海を乗り越えるには要因を明確にし、ひとつずつ丁寧に対策を立てることが重要になる。どのような対策がとれるのか、視野を広げて考えてみよう。

ダーウィンの海の要因

ちなみに、商品化を先走ってしまった場合は、市場が形成されるまで待つ方法も選択肢になる。

例えば、リチウムイオン電池は1990年頃から販売されたが、しばらくは世間から注目されなかった。しかし、さまざまなIT関連製品・技術が軌道に乗り始めた1995年頃に状況が一変し、その後は急成長を遂げていく。

このように、ダーウィンの海を長らく漂っていた商品でも、関連製品の台頭などのきっかけがあると爆発的に売れることがある。

魔の川・死の谷・ダーウィンの海を超える準備と対策

企業が直面する障壁は、魔の川・死の谷・ダーウィンの海だけではない。細かく見ると多くの障壁が存在するため、さまざまな課題に対して先回りをし、新規事業の土台を整えることが重要だ。

以下では、魔の川・死の谷・ダーウィンの海に共通する2つの対策を紹介する。

継続的な情報収集と外部環境の分析

さまざまな技術が台頭したことで、現代のビジネス環境は「VUCAの時代」に突入したといわれる。VUCAとは、物事や現象の不確実性が高く、予測が難しい状態を表した用語だ。

つまり、市場の変化が目まぐるしい時代であるため、継続的な情報収集や外部環境分析は欠かせない。仮にヒット商品を生み出しても、日々フレームワークを使いながら市場分析をするような努力が求められるだろう。

前例ではなくアイデアから対策を考える

新規事業やイノベーションを阻む障害は、前例だけで対策を立てることが難しい。見たこともないような課題が浮き彫りになる可能性もあるので、さまざまなトラブルを想定し、多様なアイデアを準備しておくことが重要だ。

上層部だけではアイデアの数が限られるため、必要に応じて現場からヒアリングするなどの対策も考えたい。

各障壁の要因とタイミングを理解し、あらかじめ万全の対策を

イノベーションの実現を目指す企業にとって、魔の川・死の谷・ダーウィンの海は深刻な障壁になり得るものだ。しかし、それぞれが発生する要因とタイミングを理解し、あらかじめ万全の対策を立てておけば、プロジェクトが成功する可能性は一気に高まる。

プロジェクトの大半は途中でとん挫すると言われるが、準備次第では多くの商品を世に残せるため、各障壁への対策はじっくりと考えるようにしよう。

著:片山 雄平
1988年生まれのフリーライター兼編集者。2012年からフリーライターとして活動し、2015年には編集者として株式会社YOSCAに参画。金融やビジネス、資産運用系のジャンルを中心に、5,000本以上の執筆・編集経験を持つ。他にも中小企業への取材や他ライターのディレクション等、様々な形でコンテンツ制作に携わっている。

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