
新規事業やイノベーションを目指す経営者にとって、「魔の川・死の谷・ダーウィンの海」は無視できないものだ。事前に対策を考えておかないと、思わぬ失敗を招くリスクが高まる。本記事ではビジネスで注意したい3つの障壁と、成功に導くポイントをまとめた。
目次
新規事業やイノベーションを阻む3つの障壁
新規事業やイノベーションを阻む障壁は、「魔の川・死の谷・ダーウィンの海」の3つに分けられる。それぞれどのような障壁なのか、まずは基本的な知識から身につけていこう。
魔の川とは?
魔の川とは、「基礎的な研究」と「製品化」の間に存在する関門のことである。いくら研究に力を入れても、製品化の見込みが立たないとコストが水の泡のように消えてしまうため、その様子を川にたとえて”魔の川”と呼ばれるようになった。
世の中にはさまざまな商品がありふれているが、実際に研究開発の段階でとん挫するプロジェクトは多く存在する。その主な要因は、現代の多様化したニーズや経済活動と言われている。
特にイノベーション市場は移り変わりが激しいため、研究開発に時間をかけすぎると流行やブームが過ぎ去り、まさに魔の川にはまった状態になってしまう。
死の谷とは?
製品化の目途がたっても、そのプロジェクトを市場に投入できるとは限らない。魔の川と同じく、「開発段階」から「事業化段階」の間にも関門が存在しており、この障壁は”死の谷”と呼ばれている。
あるプロジェクトを事業化段階へと引き上げるには、生産ラインや流通チャネルなどの確保が必要だ。つまり、研究段階よりも多くの資源を投入することになるため、このタイミングでつまずくと企業は深い谷に落ちてしまう(大きなダメージを受ける)。
ダーウィンの海とは?
3つの目の障壁であるダーウィンの海は、「市場投入」から「プロジェクトの完遂(成功)」の間に存在する関門だ。市場に投入された商品は、競合他社や顧客からの要求といった脅威にさらされ、まるで荒波にもまれたような状態になる。
このときに競争力や適応力がないと、企業は生存競争から淘汰され、最終的には市場から追い出されてしまう。このような一連の流れがダーウィンの進化論と重なるため、市場投入を迎えてから直面する障壁は“ダーウィンの海”と呼ばれるようになった。
ちなみに、魔の川・死の谷を乗り越えても、ダーウィンの海で溺れたプロジェクトは失敗とみなされる。
3つの障壁はなぜ生じる?具体例を交えて解説
魔の川・死の谷・ダーウィンの海を乗り越えるには、それぞれの障壁が発生する原因を突き止めることが必要になる。ここからは、新型の小型パソコンを市場投入しようとする企業を例に挙げて、各障壁の仕組みを分かりやすく解説していこう。
魔の川が発生する要因
まずは、魔の川の分かりやすい例を紹介する。

A社が魔の川にはまってしまった直接的な要因は、「競合商品の存在」と「消費者ニーズの変化」である。イノベーションの世界では多くの企業がしのぎを削っているため、いつの間にか代替商品が登場してシェアを奪われてしまうケースが多い。
また、間接的には「研究開発の遅さ」も失敗した要因であり、上記の例ではスマートフォンよりも早く市場投入ができれば、プロジェクトが成功していた可能性も考えられる。
死の谷が発生する要因
死の谷が生じる要因はケースによって異なり、企業が失うものにも顧客や予算、モチベーションなどがある。魔の川に比べると発生要因が多いため、以下では3つの例を紹介しよう。

顧客が興味を示さないタイプの死の谷は、顧客分析の進め方が間違っているときに起こりがちだ。消費者ニーズを無視して独りよがりな分析を行うと、提供すべき価値の方向性がズレてしまう。
このような状態では、仮に優れた技術があっても多くの顧客を獲得することは難しい。

この例のように、予算不足によって死の谷に落ちる現象は、社内のコミュニケーションが要因となって発生する。一部署の従業員が魅力的なアイデアを出すケースは珍しくないが、経営トップと新規事業担当者の間で十分なコミュニケーションが行われないと、企業は的確な投資判断を下せなくなる。
特に、従業員に対して予算の裁量を与えていない企業は、この点に注意しながら開発体制を整える必要がある。

いくら優れた技術やノウハウがあっても、その成果が長期間現れなければモチベーションを保つことは難しい。特に新たな問題が発生すると、まるで後退したように感じてしまう従業員も多いはずだ。
このように、「成果の不在」は従業員のモチベーション低下を引き起こし、最終的には会社が死の谷へと落ちることにつながってしまう。
ダーウィンの海が発生する要因
ダーウィンの海はさまざまな要因によって発生し、死の谷と比べても発生要因が多い。また、プロジェクトの成否を決定づける障壁でもあるため、ダーウィンの海についても3つの例を挙げながら丁寧に解説していこう。

この例の失敗要因は、時代のニーズを読み間違えた点にある。斬新なイノベーションを実現したとしても、市場が立ち上がっていない状態では大きな売上は期待できない。それどころか、この事例のように商品化を先走ると、競合他社にヒントを与えてしまう恐れもある。

同じ業界に強力な競合が存在すると、自社に落ち度がなくてもダーウィンの海に溺れてしまうことがある。経営資源が豊富な企業は、分析力や開発スピードが非常に優れているため、一般的な中小企業では対抗することが難しい。
このような状況下で生き残るには、経営資源とは違った角度から強みを構築する必要がある。

この例においてA社がプロジェクトを成功させるには、顧客の要望を聞き入れてモデルチェンジをする必要があった。モデルチェンジは必ずしも必要になるものではないが、顧客からの要望を軽視する動きには問題がある。
現代の市場は移り変わりが激しいため、A社のように変化に鈍感な企業は取り残されてしまうだろう。
3つの障壁の乗り越え方
ベンチャー企業や中小企業などが魔の川・死の谷・ダーウィンの海を乗り越えるには、大企業とは異なる視点で対策を練ることが必要になる。経営資源で勝負をしても勝ち目は薄いため、さまざまな視点から対策を考えることが重要だ。
魔の川を乗り越える方法
魔の川が発生する要因は、主に以下の3つである。

競合商品の存在に対しては、差別化のポイントを明確にすることが重要になる。例えば、上記の例でスマートフォンより優れた機能をもつパソコンを開発すれば、競合他社にニーズの大部分を奪われることはなかったはずだ。
また、潜在顧客に対して効率的なアピールをするために、「ターゲット顧客」も明確にしておく必要がある。商品のターゲット層がはっきりとすれば、アンケートやレビューなどを活用することでニーズをいち早く掴めるので、消費者の変化にもついて行けるようになるだろう。
死の谷を乗り越える方法
次は、死の谷が発生する要因を整理してみよう。

顧客分析の方向性をただすには、顧客が抱えている課題をしっかりと把握・理解することが必要になる。その上で、現在のプロジェクトが「どのような価値を提供できるか?」や「顧客の満足感につながるか?」などを冷静に分析すれば、顧客が本当に求める商品像がはっきりとしてくるはずだ。
また、そのほかの要因に対しては、早い段階でテストマーケティングを繰り返すことが効果的になる。仮にテスト段階であっても、市場への投入には経営トップの判断が欠かせないため、自然と社内のコミュニケーションは活発化するだろう。テストマーケティングのデータを収集すれば、それをもとに意見を交わし合う場も生まれることになる。
さらに、商品化・事業化は分かりやすい成果なので、従業員のモチベーションを刺激する効果も期待できる。ただし、あまりにも未完成な商品を市場に出すと、会社のブランド力を損なう恐れもあるので注意しておきたい。
ダーウィンの海を乗り越える方法
新規事業やイノベーションに挑戦する上で、ダーウィンの海に直面することは避けられない。よほど斬新なビジネスを思いつかない限り、市場には多くの競合や代替品が存在するためだ。
だからこそ、ダーウィンの海を乗り越えるには要因を明確にし、ひとつずつ丁寧に対策を立てることが重要になる。

では、各要因にどのような対策がとれるのか、視野を広げて考えてみよう。

ちなみに、商品化を先走ってしまった場合は、市場が形成されるまで待つ方法も選択肢になる。
例えば、リチウムイオン電池は1990年頃から販売されたが、しばらくは世間から注目されなかった。しかし、さまざまなIT関連製品・技術が軌道に乗り始めた1995年頃に状況が一変し、その後は急成長を遂げていく。
このように、ダーウィンの海を長らく漂っていた商品でも、関連製品の台頭などのきっかけがあると爆発的に売れることがある。
障壁が発生するタイミングを把握することも重要
魔の川・死の谷・ダーウィンの海への対策は、実行する時期を間違えると期待していた効果が表れない。そのため、各障壁が発生するタイミングはしっかりと理解し、余裕をもって計画を立てておく必要がある。
それぞれがどのタイミングで発生するのか、図も用いながらもう少し詳しく見ていこう。

魔の川は、準備段階である「シード期」に発生する障害であり、ここでつまずくと開発の本格化や製品化には進めなくなる。テストマーケティングさえできない状態であるため、魔の川を超えない限りは基礎研究に費やしたコストのすべてが無駄になってしまう。
次に現れる死の谷は、プロジェクトが本格的に走り出した「アーリー期」に発生する障害である。この段階に進むとテストマーケティングを行えるようになるが、まだ試作アイデアの域は出ていないため、進めているプロジェクトを一事業とは言えない。商品や技術をさらにブラッシュアップし、本物のイノベーションへと育て上げる必要がある。
死の谷を越えると、そのプロジェクトは本格的に成長し始める「ミドル期」へと差しかかる。このミドル期の障害として立ちはだかるのが、3つ目の関門であるダーウィンの海だ。すでに事業として動き出しているプロジェクトではあるが、競合に打ち勝ってダーウィンの海を越えなければ、世間から広く認められるイノベーションにはならないだろう。
このように、どの障壁がいつ発生するかを理解しておくと、効果的な対策を立てられるだけではなく、プロジェクトの成熟度や課題も見極めやすくなる。
各障壁の要因とタイミングを理解し、あらかじめ万全の対策を
イノベーションの実現を目指す企業にとって、魔の川・死の谷・ダーウィンの海は深刻な障壁になり得るものだ。しかし、それぞれが発生する要因とタイミングを理解し、あらかじめ万全の対策を立てておけば、プロジェクトが成功する可能性は一気に高まる。
プロジェクトの大半は途中でとん挫すると言われるが、準備次第では多くの商品を世に残せるため、各障壁への対策はじっくりと考えるようにしよう。