バスケットボール日本女子代表を銀メダルへ導いたホーバス監督に学ぶ、優れたリーダーシップとは

東京オリンピックで銀メダル獲得を成し遂げた、女子バスケットボール日本代表。

この快挙はチーム全員の貢献によってなし得たものですが、ヘッドコーチを務めたトム・ホーバス氏(以下ホーバス監督・その後、日本男子代表チームの新監督として就任)の卓越したリーダーシップと采配が根幹にあったことは間違いありません。

ホーバス監督率いるバスケットボール女子日本代表は、いかにして銀メダルに到達したのでしょうか。「識学」の観点から、優れたリーダーシップについてひも解いていきます。

目次

  1. 環境認識と勝てるポジショニングの選択
  2. 3つの「No」で士気を高める
    1. 戦術ボードを使わ“ない”
    2. 通訳を使わ“ない”
    3. 絶対的エースに頼ら“ない”
  3. 凡庸な個の集団が生み出す“組織力”

環境認識と勝てるポジショニングの選択

勝利のためには戦略・戦術が必要です。そして、結果に結びつく戦略の策定にあたって、最も重要なことは「環境認識」です。つまり、自らを取り巻く環境がどんなあり様かを正しく捉えることが勝利への第一歩となります。

「環境」の辞書的な定義は

・人間または生物を取り巻く、まわりの状況
・そのものと何らかの関係を持ち、影響を与えるものとして見た外界

とあり、変更しえない無作為な状況、そしてゲームのルールを指します。

一般的に、日本人はそのフィジカル的な特徴からコンタクトスポーツには不向きとされてきました。事実、今回の東京五輪出場の女子バスケットボール各国代表の平均身長と日本のそれは約10cmの差があります。

このようなものを含め、環境要因は多くの場合は免責材料、つまりは言い訳となり、そこで思考停止してしまいます。しかし、ホーバス氏はまずこのフィジカルの不利を言い訳ではなく単なる“環境”=“ゲームのルール”として認識し、この枠組みの中でどう成果を出すかを考えるという形で、メダルへの第一歩を踏み出したのです。

この環境認識は、実際に「3ポイントシュート(以下3P)」という形で戦術面へと反映されました。金メダルを獲得するアメリカでさえ準決勝までの3P成功率は35%でしたが、日本の準決勝までの3P成功率は、出場国唯一の40%超。

強度の高いフィジカルコンタクトを要するゴール下の争いではなく、アウトサイドからの長距離砲を得点パターンのひとつに据えたのです。

ビジネスにおいても、取り巻く環境に免責して思考停止せず、置かれた“ゲームのルール”下でどう成果をあげるかを考えることが重要です。例えばコロナ禍は言い訳の材料として格好のネタですが、苦境といわれる業界でさえ「勝っているところは勝っている」のが現実です。

3つの「No」で士気を高める

ホーバス監督は、以下の3つの「No」を実行しました。

1. 戦術ボードを使わ“ない” 
2. 通訳を使わ“ない”
3.絶対的エースに頼ら“ない”

士気の高い組織とはどのような組織でしょうか。

テンションが高い、意欲的、モチベーション、、、とさまざまな回答が得られますが、これらはあくまでも表層的なイメージの言語化に過ぎません。識学(意識構造)の観点から見ると、

士気とは

1. メンバーそれぞれが責任の内容と範囲を明確に認識できている
2. 責任の遂行に向けた「迷い」「免責(言い訳)」が無い

状態を指します。

そして、ホーバス監督の3つの「No」はこの士気向上に大きく寄与しているのです。具体的に見ていきましょう。

戦術ボードを使わ“ない”

バスケットボールは、攻守両面において綿密に計算された(「デザインされた」と表現される)戦術遂行の繰り返しのスポーツです。

その中でも日本女子代表は、戦術の圧倒的反復継続によってその再現性を担保されています。

つまり、1.戦術ボードを使わ“ない”のは、必要がないほどチームに戦術が練り上げられているからで、試合中いちいちボードを使って説明する必要がないのです。

バスケットボールのタイムアウトは60秒。刻一刻と移り変わる戦局の中で「今、やるべきこと」「今、修正すべきポイント」をシンプルに伝えることが重要であり、ベースの戦術確認に時間を割くべきではありません。

ホーバス監督のコミュニケーションにおいて「熱量」がフォーカスされがちですが、実際の要は「シンプルな指示の伝え方」と言えるでしょう。

通訳を使わ“ない”

ホーバス監督自身が述べているように「日本語がネイティブでない」という点も、実は選手を迷わせない重要な要素になっています。監督自身が述べている2.通訳をつけ“ない”理由2点を見ることで、それがわかります。

  • 指導をするときに自分の目を見て欲しいから
  • 日本語の方が適切な言葉選びができるから

「通訳をつけようと考えたことは一度もない。通訳がいると選手たちは話を聞く時に、私ではなく通訳の方を向く。それが好きじゃないんだ。トヨタでプレーして日本語を分かりかけていた時、通訳がコーチの言っていることのすべてを訳すのは本当に難しいことも分かっていた。だから自分で日本語を話せればいいと考えたんだ。」

BASKET COUNTより

英語と日本語で話すのはどっちで話すのが簡単か?という問いに対して、ホーバス監督はこのように答えています。

・「英語の方がやりやすいし簡単だけど、英語で簡単に言ってしまうと悪い言葉もでてしまうことがある」
・「もうちょっと考えた方がいいなって思う時もある」
・「あの0.5秒の我慢が必要なんだ」
・「日本語なら(考えるから)我慢ができる」

実際選手たちからも「トム監督は目指す方向が明確で指示もわかりやすい」と口を揃えています。

「指示が明確」ということは、受け手である選手が「次、どんな行動をどのタイミングで起こせばいいかイメージできる」状態であり、これは「迷い」の無い状態といえます。

一般的に、日本人は国語教育において起承転結を発信の原則として習いますが、ビジネスやスポーツの局地戦においてこれはスピード感にかけ、マイナスとなります。

ネイティブでないがゆえに端的に「結」を述べ選手を迷わせないコミュニケーションスタイルにホーバス監督のチームマネジメントの要諦があり、士気を高めることにもつながっているのです。

絶対的エースに頼ら“ない”

絶対的エースに頼ら“ない” ですが、オリンピック6戦すべて、最高得点者が違うことがその戦略を示しています。冒頭で紹介した3P成功率の高さは、長距離砲を得意とした特定の選手の存在によるものではありません。

ホーバス監督は「ゴールが見えたら打て」とばかりに全選手に3Pを求めるスタイルをとっており、この戦略に沿う選手選考も、「一部のエースに依存しないチーム作り」を目指していることがわかります。

ビジネスの現場でも「当事者意識を持たせる」や「自律性を重視してマネジメントする」などといった文脈でリーダーシップを語ることがありますが、ある意味でこの対局となるのが「エース依存のチーム」でしょう。

言葉にはしなくとも、エースがいないから負けた、エースの調子が悪いから、エースが徹底マークにあって…といった免責材料になることは想像に難くありません。

ホーバス監督のチームにおいては「ゴールが見えても打た」ない選手はその自責を果たしていないものとし、明確に個々の役割を要求しているのです。加えてホーバス監督は「You」を使わず必ず固有名で選手を呼ぶとのことで、これも選手に自責の範囲を認識させるために有効でしょう。

凡庸な個の集団が生み出す“組織力”

ホーバス監督の優れたリーダーシップは、下記の3点に特徴があります。

・環境認識と勝てるポジショニングの選択
・迷わせないコミュニケーションスタイル
・選手個々の自責意識の醸成

ビジネスの分野でも、組織パフォーマンスの高低をいきなり「メンバーの能力」と断じて思考停止に陥ることは多いですが、優秀な個を集めて高いパフォーマンスを発揮できるのは当たり前で、優れたリーダーシップとは「配られたカードで勝利する」ことにこそ意味があるのです。

圧倒的フィジカルの不利を超えて世界2位に押し上げたホーバス監督に、学ぶことは大いにあるでしょう。