企業が中長期的な成長を遂げるためには、経営戦略が重要なカギを握っている。成長を目指している経営者は、代表的な経営戦略や有名な事例をしっかりと確認しておきたい。ここでは代表的な経営戦略を解説するとともに、経営戦略が奏功した事例を紹介していく。
目次
経営戦略の内容と目的
経営戦略について詳しく見ていく前に、まずはそもそも経営戦略とはどのようなものか、なぜ経営戦略が必要なのか、その背景について見ていこう。経営戦略とは、企業が経営の目標や目的を達成するために設定する大局的な計画や指針のことである。
自社の存続や成長、事業の継続のために一定の方向性を打ち出し、その方向性に合うような経営活動が必要だ。企業が保有している資源は無限ではない。限られたリソースを最大限に活かしていかなければならない。また企業は、それぞれに他社にはない強みや弱み、特徴などを持っている。企業が存続・成長するためには、競合他社にはない価値を創出することが必要だ。
そこで、その企業に合った計画を立て、限りある資源の活用方法を考えて経営を進めなければ、すぐに経営に行き詰まったり事業が失敗に終わったりする可能性が高くなる。そのため事業を始める前に、経営戦略を定めることが必要だ。このように経営戦略は、企業の成長には必要不可欠である。では、実際に、どれぐらいの企業が経営戦略を策定しているのだろうか。
中小企業庁では、毎年「中小企業白書」を作成し中小企業のさまざまな事象を報告している。2023年の「中小企業白書」には経営戦略についての報告がある。それによると直近10年間で成長企業のうち約7割(71.4%)の企業が経営戦略を策定している。また経営戦略を策定する際には「ターゲットとする市場の分析」や「自社の経営資源の分析」を起点にしている企業がほとんどだ。
経営戦略を策定する企業が必ず成長するとは限らないが、成長している企業の多くが経営戦略を策定していることがうかがえる。企業の成長を考えるなら、経営戦略を策定していない企業は早急に経営戦略の策定に取りかかったほうが良いだろう。
経営戦略と経営計画の違い
経営戦略と同じような用語に、経営計画や経営戦術がある。この3つは、同じ意味に捉えがちだが実際には明確な違いがある。ここでは、それぞれの違いについて見ていこう。経営戦略とは、上述したとおり、企業が経営の目標や目的を達成するために設定する大局的な計画や指針のことだ。一方、経営計画とは、経営における具体的な計画である。
大局的な計画である経営戦略を受けて、目標を達成するために具体的にどのような行動を行えばよいのかを策定するのが、経営計画となる。また経営戦術は、比較的短い期間における成果実現のための施策のことだ。経営戦略が長期間にわたる計画や指針であるのに対して、経営戦術は経営戦略を実行するために行う短期間の施策となる。
経営戦略策定の基本的な流れ
経営戦略は、その企業によって異なるため、策定の手順や方法についても企業によって異なることがある。ただし基本的な策定手順は、ある程度決まっている。経営戦略を策定するための一般的・基本的な流れは、次のとおりだ。
1.経営理念・ビジョンの明確化
経営戦略を策定するにあたり、まずは経営理念・ビジョンを明確にする必要がある。経営理念とは、企業が何を大切にし、何を目指しているのかを明文化したものだ。いわば企業の価値観といえるものである。経営理念・ビジョンを明確にすることで、経営戦略を策定する際の判断基準を作ることができる。
2.外部分析
経営理念・ビジョンを明確化したあとは、外部分析を行う。外部分析とは、自社でコントロールできない外部の環境について分析することである。例えばファイブフォース分析などいくつかのフレームワークを使って分析するのが一般的だ。外部分析をすることで市場のニーズや機会だけでなく、脅威なども発見できる。
実際、2023年の「中小企業白書」でも経営戦略を策定した際にターゲットとする市場の分析をしている企業が多い。
3.内部分析
外部分析と同時に行うのが、内部分析である。内部分析とは、自社の保有資源である人や資産、お金などの内部環境を分析することだ。内部分析をすることで資源を有効に活用することができる。
4.戦略オプションの立案
外部分析と内部分析が終わったあとは、それを基に戦略オプションの立案を行う。戦略オプションとは、戦略のパターンのことだ。目的に応じた戦略パターンを複数用意することで、例えば外部環境の急激な変化などが起こった場合に状況に応じた戦略の選択・実行が可能になる。
5.経営戦略の選択
戦略オプションを立案したあとは、どの経営戦略を実行するのかを選択する。内部環境や外部環境に応じて最も適切な経営戦略を選択していく。
6.経営戦略の実行
経営戦略の選択後は、いよいよ実行のフェーズに移る。ただし経営戦略は、ただ実行すれば良いわけではない。経営戦略を実行している間は、正しく経営戦略が実行できているのか測定し軌道修正や見直しをする必要がある。
7.戦略の振り返り
設定していた期間が経過し、経営戦略が終了したら戦略の振り返りを行う。達成できたことや失敗したことを振り返り、それを基に新たな経営戦略を策定する。
経営戦略の代表的な種類
まずは、経営戦略のなかでも代表的な差別化戦略や多角化戦略、集中戦略、ブルーオーシャン戦略について、それぞれの特徴を解説する。
差別化戦略
差別化戦略とは、自社と他社の差異を明確化することで、競争的に優位なポジションを確立する戦略を指す。この差別化戦略は、マイケル・ポーター(※オーストリアの経営学者)が提唱した3つの基本戦略のうちの1つだ。
単に他社とは異なる商品を販売するのではなく、価格が高くても購入してもらえる魅力を付与することがその本質である。差別化を図るためには、デザインや品質、汎用性などいった商品を構成する要素を他の商品よりも一段と引き上げたり、特徴的なものにしたりすることが必要になる。
多角化戦略
多角化戦略は、従来注力してきた主力の市場とは別の市場において、新製品や新規事業を立ち上げることで一層の成長を狙う戦略である。綿密な下準備は必要になるが、現在の主力事業を拡大していくよりも収益性が高く、さらなる成長を志向するための戦略として位置付けられている。
また、経営を多角化することで、リスクを分散したり事業間のシナジー効果が生じたりする点も大きな魅力だ。しかし、多くのコストがかかる点や非効率な経営になりやすい点など、多角化戦略には注意すべきデメリットも潜んでいる。
集中戦略
集中戦略は、ターゲットとなる顧客層や地域を絞り込むことで、他社との差別化を図る戦略である。これもマイケル・ポーターが提唱した基本戦略の1つであり、実際にはコストの削減や商品の付加価値化を通して差別化を図ることが多い。
仮に規模が小さい企業でも、経営資源を集中させれば特定分野における圧倒的な地位を築くことが可能なので、集中戦略は大企業に対抗する戦略としても注目されている。
ブルーオーシャン戦略
ブルーオーシャン戦略は、W・チャン・キムとレネ・モボルニュによって提唱された戦略である。これまでになかった市場を新たに生み出すことで、価格競争に巻き込まれない高い収益を備えた事業を展開できる。
一般的に、競合がひしめく市場(レッドオーシャン)においては、業績を安定的に上昇させることは難しい。その点、ブルーオーシャン戦略では新しい価値を顧客に提供することで、コストを抑えながら高い付加価値を提供できる。
差別化戦略を成功させた事例
ここからは、実際に差別化戦略を成功させた事例を紹介していく。自社のケースと比較しながら、どのようなポイントをとり入れるべきか考えていこう。
【事例1】スターバックスコーヒー
『スターバックスコーヒー』は商品や店内に高級感を演出することで、「おしゃれな雰囲気を楽しみながらおいしいコーヒーを味わえる」という差別化戦略を取っている。また、コーヒーの香りを充満させるために全席禁煙にしていたり、バリスタを配置したりしている点も同社の工夫が見られるポイントである。
【事例2】モスバーガー
ファーストフード大手の『モスバーガー』は、最大のライバルであるマクドナルドとは逆の道を進んでいる。代表的な差別化戦略としては、販売価格を多少高くしてでも本格的なハンバーガーを提供している点が挙げられるだろう。
また、店内に観葉植物を置くなど、長時間滞在できるような居心地の良さも売りにしている。
【事例3】今治タオル
愛媛県の企業である『今治タオル』は、今までのタオルにはない高品質なタオル製品で差別化を図っている。具体的には、吸水性や肌触りといった高い品質を持つにふさわしいストーリーを顧客に打ち出していくことで、今では高級タオルとしてギフトでも重宝される存在になっていった。
多角化戦略を成功させた事例
次は、多角化戦略を成功させた3つの事例を見ていこう。
【事例1】ソニーグループ
『ソニーグループ』と言えば、エレクトロニクスや音楽、映画、ゲーム、金融など、さまざまな事業に取り組んでいる世界的企業だ。なかでも音楽や映画、ゲームなどの事業はそれぞれ関連性があり、多大なシナジー効果を生じさせている。
同社はこのように複数の事業を抱えながらも、ブランドイメージの確立やリスク分散をしっかりと行い、今では世界でも高く評価される高収益体制を実現した。
【事例2】オリックスグループ
『オリックスグループ』はもともとリース業からスタートした企業だが、祖業のノウハウを活かす形で金融業界へと進出した。今でも銀行や生命保険、不動産、資産運用など多くの金融関連事業に携わっており、グループを着実に拡大させることに成功している。
【事例3】セブン&アイ・ホールディングス
コンビニ大手の『セブン&アイ・ホールディングス』は、セブンイレブンやイトーヨーカドーといった小売業を中心にしながら、ほかの事業にも手広く取り組んできた。代表的なものとしては、プライベートブランドを手掛けるメーカーや、セブン銀行などの金融業などがあり、生活に必要不可欠な社会インフラとしての地位を築いている。
集中戦略を成功させた事例
ここからは、集中戦略を成功させた大手企業の事例を紹介していく。
【事例1】スズキ
大手自動車メーカーの『スズキ』は、国内の軽自動車市場においてトップシェアを維持している企業だ。同社が多くのシェアを獲得した要因としては、国内のニーズに合わせて軽自動車の開発に集中したことが挙げられる。
また、1983年には他社より早くインドに進出することで、海外にも「スズキブランド」の名を浸透させた。
【事例2】しまむら
大手ファッションセンターを運営する『しまむら』は、ターゲットを20~50歳の主婦に絞った集中戦略を実践している。具体的には、店舗や物流のオペレーションにかかるコストを可能な限り抑えることで、主婦層からニーズがある低価格の商品を提供してきた。
さらに、店舗運営においては従業員のマニュアルを随時更新しており、徹底的な効率化を図っている。
【事例3】ケンタッキー・フライド・チキン
『ケンタッキー・フライド・チキン』は競合が多いハンバーガーではなく、あくまでフライドチキンを主戦場として捉えてきた企業だ。幅広いメニューを用意してはいるものの、同社は経営資源をフライドチキンへ集中させることで、大手ファーストフード店としての地位を築いてきた。
また、ターゲットを若い女性に絞り、各店舗をターゲットに合わせた内装に変えるなどの施策も行っている。
経営戦略を成功させる4つのポイント
上記で紹介した事例からは、経営戦略を成功させるためのポイントやコツを学べる。ここからは、経営者が特に押さえておきたいポイントを4つまとめたので、経営戦略を立てる前にしっかりとチェックしていこう。
1.市場のニーズを把握しておく
どの経営戦略を採用するかに限らず、市場のニーズを把握することは非常に重要なことだ。いくら高品質な商品・サービスを展開していても、顧客が求めていなければ大きな収益にはつながらない。
そのため、まずは自社が身を置く業界で「顧客が求めていること」を分析し、ターゲット層のニーズを明確にしておく必要がある。
2.競合他社との力関係を明確にする
差別化戦略やブルーオーシャン戦略を実践する場合は、競合他社との力関係を調べておく必要がある。もし自社の立場があまりにも弱いと、大きなシェアを奪われたり価格戦争に巻き込まれたりするリスクがあるためだ。
したがって、業界内における自社の強み、競合他社の特徴などは細かく調べ上げておきたい。そのほか、自社が提供している商品の価値やポジション、他社が抱えている課題なども明確にしておけば、経営戦略のヒントが見つかるだろう。
3.既存事業の成熟度を確認しておく
経営戦略のなかでも多角化戦略を進める場合は、基盤となる事業が強固であることが大前提となる。そもそも資金力などの体力がなければ、ほかの事業に乗り出すことはできないためだ。
また、ほかの経営戦略に関しても、強固な事業基盤は大きなアドバンテージになる。そのため、経営戦略を立てる前には事業の成熟度を確認し、十分な価値を提供できているか確かめておきたい。
また、経営者が新規事業に注力するためには、既存事業を従業員だけで回せるような環境が必要になる。基盤となるはずの事業が不安を抱えた状態では、新規事業と既存事業の両方が失敗に終わってしまう可能性があるだろう。
特に多角化経営ではリソースが分散するため、経営効率の悪化に細心の注意を払わなくてはならない。
4.数値化できないものにも目を向ける
経営戦略の策定時には、企業の風土や顧客との関係性といった「数値化できないもの」にも目を向けるべきである。
経営や事業の成功を左右するものは、ヒト・モノ・カネなどの目に見える経営資源だけではない。例えば、独自の文化に企業の強みが宿っていることもあるため、経営戦略にはこういった数値化できない要素も加味する必要がある。
ちなみに、マネジメント理論の大家であるピーター・ドラッカーも、生前に「企業文化は戦略に勝る」という言葉を残している。これまで特に意識してこなかった経営者は、これを機に自社の数値化できない要素に目を向けてみよう。
目的を明確にし、リソースに見合った経営戦略を
本記事で紹介した経営戦略はどれも有名なものだが、すべての企業にとって効果的であるとは限らない。経営戦略の実行には労力やコストがかかるため、自社に適した戦略は慎重に選んでいく必要がある。
最後に紹介した成功のポイントも参考にしながら、自社のリソースに見合った経営戦略を考えていこう。
文・THE OWNER編集部