夏休みに行きたい~大興奮の冒険テーマパーク~
新大阪駅から車で1時間、兵庫・三木市「ネスタリゾート神戸」(料金は大人4180円、子供3080円/1日)。広大な森に囲まれた「大自然の冒険テーマパーク」だ。
鳥のように空を飛べるアクティビティ「スカイ・イーグル」。長さ560メートルで、ジップラインとしては日本最長となる。
巨大なボールの中に入って坂を転がり落ちる「キャニオン・ドロップ」。夏は中に水も入っているからよく滑る。エンジンもモーターも無く、自然の重力を生かしてただ坂を転がり落ちるだけなのに客は興奮。「普通の遊園地は機械みたいな感じだけど、自然の中で遊んでいる感じで楽しい」と、好評だ。
チームに分かれて敵を撃つサバイバルゲーム「ガンバトル・ザ・リアル」。撃たれたら戦線離脱。弾は柔らかいから当たっても痛くない。制限時間内に砦に自分のチームの旗を揚げれば勝ち。コロナ禍の今、発散する場所を求める客たちから喜ばれている。
思い切り身体を使って自然と遊べるアクティビティが40もある「ネスタリゾート神戸」は、今でこそ大人気だが、かつてはほとんど客が来ない施設だった。
もとは、バブル期に国が年金を使って全国13カ所に建設した年金保養施設「グリーンピア」の一つ「グリーンピア三木」。多額の負債を抱えて破綻し、2016年、現在の経営者のもとで再出発。だが、これといって売りになるものがなく、一度も黒字にはならなかった。
2018年、再生を託されたマーケティング集団、刀CEO・森岡毅(48)は、「自然にあるものの中から消費者が欲しいものを見つけ出していく。現場に来て歩かないと分からないんですよ」と言う。
3年前、状況は極めて厳しかった。赤字だから予算が少ない。アクセスも良くない。周囲は山しかない。無い無い尽くしの中でのオファーだったが、森岡はそれを逆手にとった。
「『何もない』と諦めるのではなくて、『山しかない』ではなくて『山がある』と考えた。何とかここで、人の本能を刺激するものを作れないか、と」(森岡)
最初に目をつけたのがバギーだった。
「バギーそのものは高価ではなく数十万円で買える。100台買っても数千万円で何とかなるわけです」(森岡)
虎の子の資金を投入したアクティビティが「ワイルド・バギー」。コースは自分たちで切り拓いた、泥んこ、デコボコのままの山道。これが客の冒険心に火をつけた。コースはレベルに合わせて五つあり、子供一人でも運転できるのが人気の秘密だ。
人気パークの仕掛人~売れる仕組みを大公開
森岡はかつて経営難だった「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」を再生させた人物として知られている。「ハリウッド映画のテーマ―パーク」というもともとのコンセプトをかなぐり捨てて、人気のキャラクターを次々と投入。幅広い客層をつかむことに成功した。
さらに、お金をかけられない状況の中で斬新なアイデアをひねり出した。元々あったジェットコースターを後ろ向きに走らせた。
「そのままレールを活用すれば、最小のコストで最大の集客効果が取れるんじゃないかなと考えたアイデアです」(森岡)
金をかけずに、スリルは倍増。大人気アトラクションに変身させた。その分、予算の多くを「ハリー・ポッター」という大型アトラクションに一点投入。2010年に立て直しを任された森岡は5年間で集客数を600万人も伸ばした。
そんな森岡の手腕を頼りにした「ネスタリゾート神戸」。この日はあいにくの天気だが、森岡は「通の人は雨の日を狙って来る」と言う。
「バシャーっとなって日頃やらないことをやると、子供の頃の無邪気にはじけていた頃のことが目を覚ます。日常で得られない刺激でリフレッシュされ、活性化されるんです」(森岡)
自然の中で本能をむき出しにして遊びたい。客自身が気づいていない潜在的なニーズを森岡はつかんでいたのだ。
「何もなかったところ」を、自然を売りにしたテーマパークに生まれ変わらせ、わずか1年で売り上げを3倍にしてみせた。
「固定観念、固まった考えが私個人にもあったので『こういうものもできるんだ』と。何もなかったところに新しいアクティビティをつくる、発想の転換がすごいなと思いました」(「ネスタリゾート神戸」レジャー課長・木口雅博さん)
この夏の目玉は、高さ11メートルからの命綱なしで落下する「キャニオン・ダイブ」。マットが安全に受け止めてくれるから命綱なしでも大丈夫だというが、そのマットにある仕掛けがしてある。「だまし絵効果がある」という。マットには線が引かれており、これが錯覚を起こし、平らなマットなのに、より深く落ちていくように感じさせるのだ。
オープンを前に、森岡がスタッフに指示を出す。
「ゲストのみなさんの気持ちを盛り上げてください。飛び降りた後に達成感が得られるように盛り上げてください」
自ら猟師になった理由~西武園もリニューアル
休日、ゲームに熱中する森岡。かつて課金制のゲームに400万円つぎ込んだこともあるという。部屋の棚には「機動戦士ガンダム」などのプラモデル。向かい側には500冊をくだらない漫画が並ぶ。最新の流行や人気作品から、消費者の好みを知るのだという。
「僕はマーケターなので、消費者の本能を理解したいんです。消費者の本能を理解すれば、それをどういうアトラクションとか体験にすればいいか、本能さえ分かればプロダクトをどう作ればいいか分かりますから」(森岡)
森岡は消費者の本能を理解するために「その道を究めた人」を分析する。「ネスタリゾート神戸」の場合、銃をもって山に入る猟師こそ、山の魅力を知り尽くしていると考えた。
「一般の人を知るためにディープな人を分析している。すごく本能が露骨に出ている人たちなので、分かりやすい。この人たちを理解するために、彼らがやることを徹底的に突き詰める。徹底的にやらないとダメ。まね事ではダメです」(森岡)
そのため森岡は夜間の狩猟学校に1年通って狩猟免許を取得。猟師として実際に有害鳥獣の駆除活動にも携わる。仕留めたエゾシカは自ら調理して食べる。猟師レベルまで山の魅力を知り尽くしたことが、「ネスタリゾート神戸」のアクティビティにつながったという。
森岡の生まれは1972年。小学生の頃から数学の専門書を愛読していたという。神戸大学でマーケティングを専攻、卒業後は世界最大の消費財メーカー「P&Gジャパン」で、最先端のマーケティングをたたき込まれた。
ヘアカラーの担当になると、消費者の心理をつかむため自分の髪を毎日違う色に染め変えた。高級シャンプー「ヴィダルサスーン」のブランドマネージャー時代は、徹底的にデータを分析。深みのある赤いボトルを採用するなどしてシェアを3倍に拡大させた。
2010年、その手腕を買われて37歳で「USJ」にヘッドハンティングされてマーケティング部長に就任し、V字回復の立役者に。そして2017年、マーケティングの精鋭を集め、刀を設立したのだ。
森岡の真骨頂は高等数学を駆使した独自のマーケティング。数学を使って分析することで事前に需要予測ができる。いくら投資すれば、いくら売り上げを上げられるかが、ほぼ正確にわかるという。
「数学は『やる』というボタンを押す前に、その投資がどれだけ意味があるかを、100%ではないけれど、8・9割は僕らに、ボタンを押す前に分からせてくれます」(森岡)
そんな森岡の手法を知り、オファーしてきたのが、今年5月にリニューアルオープンした埼玉・所沢市にある「西武園ゆうえんち」だ。開業は1950年。最盛期には年間200万人近い入場者数を記録したが、ここ数年は4分の1に減少していた。
森岡たちに託されたリニューアルの予算は100億円。だが、例えば富士急ハイランドのジェットコースターは1基でも30億円かかる。全ての遊具を新しくするのは難しい。
「100億円で遊園地をつくり変えるというのは結構チャレンジングな予算なんです。今あるものをできるだけ生かさなきゃいけない。古さを逆手に取る」(森岡)
森岡たちが立てたプランは「昭和の世界観」で客を惹きつけることだった。そこで、入ってすぐのエリアに昭和30、40年代のイメージで商店街を再現。住人たちがさまざまなパフォーマンスで客を楽しませる。これにより、以前のままの遊具も「古い」ではなく、「懐かしい」と感じてもらう効果があるという。
その上で、目玉のアトラクションには予算をつぎ込んだ。世界初のゴジラの闘いを体感できるライド型のアトラクション「ゴジラ・ザ・ライド」だ。
さらに、夏には迫力満点の花火をあげて、祭りのムードを盛り上げる。こうして3カ月過ぎた今も、順調に客足を伸ばしている。
「最新のテーマでつくり変えたとします。すると10年後には廃れるんです。投資効率的には、“死なないもの”でパークをつくったほうがいいに決まっている。昭和はもう終わっている。どんどん時間が経つほどファンタジーになる。こういう死なないものでパークがつくれたら、長期に耐えられる」(森岡)
限られた予算で、見事に生まれ変わらせた森岡。依頼した西武ホールディングスの後藤高志社長は、森岡について次のように語る。
「森岡さんの話は非常に数字がいっぱい出てくる。今考えると、彼の非常に緻密な思考、あるいはマーケティングの数式が頭に入っていることがよく分かりました。ひと言で言うと、“しつこい”。これでもか、これでもかと、侃々諤々の議論を吹っかけてくるんです」
投資はギャンブル?~金融界でもマーケティング
森岡を頼るのはテーマパークだけではない。東京・千代田区にある日本最大規模のヘッジファンド、「農林中央金庫」のグループ会社「農林中金バリューインベストメンツ」。運用するのは長期間の積み立て型投資信託だ。
最高投資責任者の奥野一成さんは「やはり森岡さんは、お客さん、一般の人たちの頭の中に入り込んで丸裸にする天才ですよね」と言う。
奥野さんは、これまで機関投資家向けだったファンド商品を、一般向けにも販売しようと考えていた。だがそれには問題があった。
「金融の世界に、マーケティングという手法を使った人はいないんです。なぜなら規制業種だから、使う必要がなかった。金融の言葉しかわからないムラの中だけでやっていたのでは、分かりやすい言葉で伝わらないじゃないですか」(奥野)
そこで奥野さんが頼りにしたのが森岡。2年前から助言を仰いでいる。まず森岡が指摘したのは、一般消費者が持つ投資に対するネガティブなイメージだった。
「やはり消費者視点で金融を見た時に、金融商品そのものが不安である、面倒くさい、ちょっとよく分からないと思っている消費者に対して、『これは投機ではないんだ、ギャンブルではないんだ』と。長い時間をかけてきっと自分も豊かになれると思える安心を売っているんですよね。ここがマーケティングのフォーカスだと思う」(森岡)
長期間の積み立て型投資信託は、預金に代わる資産形成になりうる。森岡は、それを消費者に分かりやすく伝えるよう奥野さんに提案した。
手始めに、それまでの長くて堅苦しい「農林中金パートナーズ米国株式長期厳選ファンド」というファンド名を「おおぶね」という、親しみやすいものに変更。さらに奥野さんに勧めたのは、投資に馴染みのない人に向けた「専門用語を使わない」講演会の開催。また、初心者でも投資について学べる分かりやすい本を出版することだった。
こうしたアプローチの結果、「おおぶね」の口座数は、以前のおよそ7倍に増加したという。
~村上龍の編集後記~
マーケティングという言葉がまったくぴったりこない。市場調査とか、森岡さんはメインとはしていない。本質的で、もっと大きな戦略だ。ファクターは無数にあるが、一つずつ検証していく。気が遠くなるような作業だ。他の人にはできないが、「刀」はやる。わたしは勝手に広い意味での「戦略」だと規定し、「市場戦略」と呼ぶことにした。スタジオで「マーケティング」という言葉が出るたびに「市場戦略」と心の中で翻訳した。悪い感じはしなかった。
<出演者略歴>
森岡毅(もりおか・つよし)1972年、兵庫県生まれ。神戸大学卒業後、1996年、P&G入社。日本ヴィダルサスーンの黄金期を築いた後、P&G世界本社でヘアケア責任者に。2010年、USJ入社。2017年、刀を設立。
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