矢野経済研究所
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2021年10月
理事研究員 忌部佳史

2020年、矢野経済研究所は産業横断型でスマートシティの調査・研究に取り組む「スマートシティ・プロジェクト」を立ち上げた。

当社では年間250タイトルに及ぶ調査レポートを発刊しており、スマートシティの一角を担うエネルギーやモビリティ、医療・福祉、ICTなどの各産業分野に関しても多数の調査実績を持つ。
実際の産業が個々に分断されているのと同様に、レポートも個々の産業セクターを独立したものとして調査研究するのが常だった。ところが、DXやデータの重要度が高まるにつれ、クロスインダストリーの取組というものが、多くの産業で模索され始めている。

そうした様々な産業が織りなす産業活動の代表的なテーマがスマートシティである。当社内においても、ICT、医療・福祉、エネルギー、モビリティといった各産業分野の担当者がそれぞれの知見を持ち寄り、今後本格化するであろうスマートシティに備えるべく同プロジェクトを開始した。当社にとってもクロスインダストリーに向けた取り組みはチャレンジの一つといえる。

その結果、昨年度は下記のレポートを“スマートシティシリーズ”として発刊した。

総合的にみていくと、各分野ともスマートシティへ向けて動き出してはいるものの、調査結果としては、まだまだ産業ごとに閉じたフィールドでトライアルがおこなわれており、横断的に取り組むには課題が多いということが分かってきた。例えば医療分野では、電子カルテなどもスマートシティとして備えておくシステムとみなしているが、まだまだ電子化自体が途上であるし、かつ、電子化されていたとしても連携されることは多くない。エネルギー等でも個別最適化が中心で、連携までされるケースは多くはない。

IT側からの視点では、「都市OS」が横断的な動きに直結するシステムとして登場している。都市OSとは、スマートシティのプラットフォームにあたるシステムで、主に自治体において導入が求められているものである。矢野経済研究所では、2025年度に60自治体に導入されると予測している。これは自治体を中心とするマーケットにおいて、普及率でいえば3%以下の状況だ。官庁事業と自主事業を合わせても10件前後/年度の実装ペースであり、2025年度までは緩やかな普及状況になるだろうとみている。

こうした緩やかにならざるを得ない理由の一つに、難しい事業を進められる人材の不足が指摘されている。都市OSの導入は税金が投入されることから、例えば住民のメリットやプライバシーの問題など、考慮すべき課題は多い。ステークホルダーを巻き込みながら、丹念に必要性を訴え、一つ一つ納得を積上げていかなければ、総意を得ることは難しい。 とはいえ、都市OSの導入は、個別最適から全体最適を目指すシステムへの転換をはかる良い機会になるはずだ。将来へ向けて導入を押し進めるべきと考える。

また、もう一つの共通的な課題はマネタイズである。スマートシティの取組は進められているものの、どの産業セクターにおいても、マネタイズについては苦心している。
概念としては、様々なデータを大量に集約し、そこから得られる知見で現在にはない付加価値を付与したり、最適化アプローチによる無駄の削減を行うことで税金等を節約する、そういったベネフィットによりマネタイズを目指している。

しかし、例えばアナログデータをデジタル化する作業においては、コストはかかるが利益は生まないのは当然でもあるし、また、都市OSを導入したとしても、それですぐに何か新しい付加価値が生まれるものでもない。データを活用しようにも、そのデータの所有者は誰か、住民の同意は得られるのかといったさまざまなことが課題となってくる。
立ち上がり時期は便益よりもコストの方が先行する。利益を生まないなか、根気強くスマートシティの実現に時間を費やすのは、民間企業にとっては簡単な判断ではないだろう。

そもそもにおいて、まだ“スマートシティ”は実態のないオバケのようなものだ。その正体を暴こうと一歩踏み込むと、描いているビジョンは一様ではなく、目指す目的も異なる。データを連携すれば便利になるというようなアイデアは共有できたとしても、だれが費用を負担し、だれがベネフィットを得るのかという姿はおぼろにしか見えていない。都市OSを入れてデータ連携をして…などと方法論を考えても、まだまだ肝心なところが見えていない印象である。

しかし、発展途上の道のりに課題はつきものである。今後、都市化はますます進むと予測され、世界の都市間競争はさらに激烈なものとなろう。スマートシティの実現は、日本にとっても重要な勝負であり、矢野経済研究所としても引き続きウォッチしつつ、その発展に貢献したいと考えている。

都市OS実装エリア数予測

アナリストeyes
(画像=矢野経済研究所)

国内スマートシティ市場、都市OS実装エリア数を予測(2020年)
※その他公開中の調査結果