ハイチ大統領暗殺の黒幕は? 政治の陰謀、野党元議員が指示か
(画像=AntonPradoPHOTO/stock.adobe.com)

ハイチのジョブネル・モイーズ大統領が2021年7月7日、首都ポルトープランスの自宅で射殺された事件を巡り、政治映画さながらの全貌が明らかになりつつある。暗殺の黒幕は一体誰なのか、また政権交代はハイチにどのような未来をもたらすのか。

野党元上院議員が暗殺を指示、金融会社が資金提供?

捜査当局によると、モイーズ大統領を銃撃したのはコロンビア人26人と米国人2人のグループで、7月17日までに少なくともそのうちの20人が逮捕された。この中にはコロンビア軍特殊部隊の元隊員などが含まれていた。

身柄を拘束された実行犯は、大統領を拉致して米麻薬取締局(DEA)に引き渡すことが目的だったと主張していたが、犯行当初から内部関係者の関与が疑われていた。また、銃撃現場に居合わせ自身も負傷した大統領夫人が、大統領は「言葉を発する間もなく」射殺されたと供述しており、最初から射殺が目的だったとの見方が強い。

7月16日ハイチ警察は、大統領の主任警護官と3人の警護員を拘束していると発表した。暗殺が隣国のドミニカ共和国で計画されたことを突き止め、暗殺の指示者として野党元上院議員のジョエル・ジョン・ジョセフを指名手配した。メディアの報道によると、同容疑者とすでに逮捕された2人の容疑者が、サントドミンゴのホテルで密会している様子を捉えた写真がSNSに流出している。

この写真には、実行犯を雇ったハイチ生まれフロリダ在住の医師やハイチ系米国人なども写っているという。警察は、この二人がベネズエラの警備会社CTUとの調節役として計画に参加していたほか、フロリダを拠点とする金融サービス会社のワールドワイド・キャピタル・レンディンググループが暗殺資金を提供したことも明らかにした。

治安の悪化から約2万人が野宿を余儀なくされている

現時点までの調査結果から判断する限り、ハイチの政治的混乱と国民からの不信感がモイーズ大統領暗殺の引き金となった可能性が極めて高い。同国は世界で最貧民国の一つであり、長年にわたり政情不安や統治問題、脆弱性などが、経済的および社会的発展の妨げになっているとされてきた。

2017年の政権交代当初、モイーズ政権は道路や学校、病院を建設し、農業生産を増やすことで食料不安を減らすためのプロジェクトに着手したものの、国内情勢は悪化の一路をたどった。プロジェクトの成果が見られなかったどころか、「プロジェクトそのものが腐敗の原因の一つとなった」との指摘もある。

「国土の半分以上が重武装の犯罪組織に支配されている」と言うのは、ハイチ国家人権防衛ネットワークのピエール・エスペランス事務局長だ。モイーズ政権との癒着を糧に犯罪組織が勢力を拡大し、国内は無法地帯と化した。

縄張り争いや殺人、レイプ、誘拐といった犯罪が多発し、最近だけでも1万8,000人以上の国民が避難を余儀なくされたという。コロナ禍にも関わらず、これらの人々は公園や広場、あるいは教会や体育館といった密集空間で寝泊まりしている状況だ。

国民の信頼を獲得できなかった故モイーズ大統領

そもそも、故モイーズ大統領が一国のトップとしての器だったか、疑問を唱える声は少なくない。大統領になるまでの経歴は「バナナマン」のニックネームで知られるバナナの輸出業者で、政治とはまったく接点がなかった。

ミシェル・マテリ前大統領の後継者として勝利した2015年の大統領選も、不正投票で翌年にもちこしになるなどいわく付きだった。不信感から国民の投票率が大幅に低下したことが故モイーズ大統領にとって有利となり、人口わずか1,100万人の国で約60万票獲得しただけで政権を手に入れた。

しかし、幸運の女神は移り気だ。プロジェクト開発資金の不正流用や汚職疑惑に加え、燃料不足やインフレ、治安の悪化など、モイーズ政権への逆風が強まった。

さらに、2021年初頭には腐敗と退任時期を巡り、国内各地で激しいデモが勃発した。ハイチの大統領の就任期間は5年であるため、故モイーズ大統領は2022年2月の満了を主張していたが、野党は前大統領の任期が満了してから5年後の2021年2月の退任を要求していた。独裁政権の延長を望む故モイーズ大統領は、制定法を改革するための国民投票の実施を今年9月に計画していた。

次期大統領選出、テロ予告…激動のハイチ

暗殺により、すべての問題が解決したわけではない。モイーズ大統領亡き今、次期大統領の座を巡り新たな摩擦が生じている。2週間という期限付きで代理を務めているクロード・ジョセフ暫定首相は、ハイチの憲法に従い、次期大統領を決定するための選挙の実施を主張している。

しかし、ナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)が同国の選挙大臣に確認したところによると、故モイーズ大統領が暗殺される2日前に、脳神経外科医であるアリエル・ヘンリー氏を新たな首相に任命していたことから、ジョセフ暫定首相は遅かれ早かれ辞任に追い込まれる運命にある。

また、10人の上院議員のうち8人は、上院の指導者ジョセフ・ランバートを国の暫定大統領に指名する決議に署名したという。

一方では、国内情勢をさらに悪化させる動きも見られる。「G9」と名乗る強力な犯罪組織のリーダーが、「国の新興財閥に立ち向かい、暗殺されたリーダー(故モイーズ大統領)の正義を求めるようYouTubeで呼びかけた」と、ウォールストリートジャーナルは報じている。

平和と安定への道のりは遠い?

調査は進行中であることから、今後さらなる黒幕が浮上する可能性も考えられる。モイーズ政権の幕は閉じたものの、ハイチが平和と安定を手に入れる道のりはまだまだ遠いようだ。ハイチの人々が恐怖と不安から解放される日が、一日も早く訪れるように願うばかりである。

文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)

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