“あの”Spotifyの本
Spotifyといえば5000万曲以上を無料で聞くことが出来る、今では全世界で約3億人が利用する音楽ストリーミング配信の代表的なサービスである。有料会員数も2020年7月末時点で1億3800万人であり、本稿読者の中にも利用されている方は大勢いらっしゃることだろう。
本国スウェーデンでのサービス開始から14年でこの規模にまで成長しており、もはやその勢いは音楽配信サービスの枠を超え、スタートアップとしても大いに注目を集める存在だ。
ところが企業としてのSpotifyは、これまでの変遷や内情が表に出ることはめったになく、極めて謎めいた存在であった。本書は、共同創業者ダニエル・エクは関与しておらず、非公式のノンフィクションという体裁を取ってはいるものの、2006年の創業期から現在までの成長の軌跡を描いた貴重な一冊としてご紹介したい。
スタートアップのスリリングな物語
本書のハイライトは創業期に始まるいくつもの逆境をSpotifyがいかに乗り越えてきたかにある。例えば、創業期における音楽業界との微妙な関係性が挙げられる。そもそもSpotifyは音楽ファイルの違法コピーを駆逐し音楽業界を再び成長軌道に乗せることを大義として創業されている。だが、利用料が「無料」という点に音楽会社やアーティストたちは違法サイトとの違いを理解せず大きな不信感を抱いてしまう。
実際、Spotifyは曲の合間に流す広告からの収入や有料会員からの会費を収益源としており音楽会社への支払いも約束しているのであるが、一度出来上がった誤解に基づく懸念をチームは粘りに粘って交渉していく。
その様は、画期的すぎるがゆえのアイデアでたとえ誤解されようとも、諦めずに世界を変えようとするスタートアップの姿そのものであり、この姿勢こそがイノベーションをもたらす源泉であると気づかされる。私自身、新規事業開発の現場に身を置く中で、起業家がその強い思いで周りを突き動かしていく様子を見てきたことから一層その思いを強くした次第である。
勝ちに不思議の勝ちあり、だが…
GAFAのうちFacebookを除く3社がこぞって音楽ストリーミング配信に参入した際のSpotifyのピンチの乗り切り方は、立場によって捉え方がかなり分かれるだろう。対抗策として創業者肝いりのプロジェクトが立ち上がったもののユーザーの行動データ収集が大きな反発を招き結果として企ての大半は失敗に終わってしまう。
ところが、そのプロジェクトとは別のところで当時仕事にあぶれていた社内のプログラマー2人がひっそりと開発した機能がリリース後10週間で10億回利用されるというスマッシュヒットに繋がり、やがて強豪ひしめく音楽配信カテゴリーにおいてSpotifyの地位を確固たるものに導くことになった。事の顛末は、外から見れば痛快そのものであるが、創業者ダニエル・エクからすれば何ともいたたまれない、ほろ苦い気持ちを抱いたのではないか。
ところで、2021年には本書がNetflixでドラマ化されるそうである。動画ストリーミング配信の雄、NetflixがSpotifyを取り上げるあたり、現代がストリーミング全盛の時代にあることを如実に物語っている。決して順風満帆とは言えず、山あり谷ありの道のりを刻んで今に至るSpotifyの一連のストーリーは、今まさに何かに挑んでいるビジネスパーソンに大いなる勇気を与えるだろう。
『Spotify 新しいコンテンツ王国の誕生』
著者:スベン・カールソン、ヨーナス・レイヨンフーフブッド 翻訳:池上明子 発行日:2020/6/18 価格:1980円 発行元:ダイヤモンド社
(執筆者:深沢 公一朗)GLOBIS知見録はこちら