私は新卒入社3~5年目社員に向けたフォローアップ研修をよく受託します。まだ若年次ということもあり、顧客企業からの要望としては、自己の棚卸しであったり、(論理思考や財務知識など)新規能力の習得であったり、キャリアの自律意識醸成であったりします。それはそれで重要ですが、私が強く押すのは「教える側に回る」機会を与えるプログラムを盛り込むことです。
例えば、新入社員のチューター・メンターになる、所属部署の業務マニュアルを作る、得意分野のことで勉強会を主宰し講師をする、他社研究の発表を行うなど。彼らが教える側に回り、職場の先輩や上司が受け手側に回るという場を設定するのです。こういうことを彼らにやらせてみると、人に何かを「教える」とは本当に上質な学習機会になることを実感します。
物事を単に知るだけで満足していては、能力は伸びません。知ることは能力伸張のほんの最初のステップにすぎないからです。例えば、陶芸について何らかの能力があるといった場合、次のような段階があります。
1)焼きものの製法や歴史、種類を「知る」
2)なぜその製法がよいのかという化学的、実践的な裏づけまで「わかる」
3)実際、自分でロクロを回して、窯で焼くことが「できる」
4)それらすべてを他人に「教える」ことができる
「知る」と「わかる」には格段の差があります。「知る」ことは単に情報・知識を頭の中に入れるだけです。ところが、その入れた情報・知識を真につかむためには、それを分解していって理屈として、構造として「わかる」(分かる/解る)状態にしなければなりません。
「わかる」と「できる」、「できる」と「教える」にも格段の差があります。「わかる」というのはいまだ自分の頭の中で閉じた状態です。それを自分の頭の外に目に見える形で表出させる、これが「できる」ということです。
しかし、「できる」というのはいまだ自分だけの問題です。ところが「教える」は、自分の「わかる」こと、「できる」ことを、他者にわからせ、表出させるという難事です。自分だけの閉じた状態から、相手へと開き、導く作業になります。
能力を伸ばす最良・最短の方法は、人に教えることです。教えることは、その行為の中に実に多くのことを含んでいるからです。
- 教えようとすれば、自分であいまいな部分を再確認・再学習しなければならない。
- 教えようとすれば、事前に整理・体系化しなければならない。
- 教えようとすれば、相手にかっこいいところをみせようと練習を重ねる。
- 教えようとすれば、短絡的な答えではなく、「考え方・プロセス」を示さなくてはならない。
- 教えようとすれば、相手にどう伝えるのがわかりやすいかをあれこれ想像しなければならない。
- 教えようとすれば、目の前の相手の言葉を傾聴し、相手の反応に敏感にならなければならない。
- 教えようとすれば、根気がいる。
- 教えようとすれば、熱意がいる。
- そして相手が、知り、わかり、できるようになり、教えられるようになれば、とてもうれしい。
グラフィックデザイナーの原研哉さんは、『デザインのデザイン』の中でこう言っています。―――「デザイナーは受け手の脳の中に情報の構築を行なっているのだ」と。デザイナーに限らず、何か教えようとする人は、その教えを受ける人の脳の中に“理解”という建築を行わねばなりません。
人に何かを教えるとき、一番成長できるのは教える本人です。だから、知識や技能は、自分一人に閉じずに、どんどん人に教えてあげるのがよい。この記事にしてもそうです。この記事によって一番学んだ人は誰でしょう?
───そう、筆者である私です!
(執筆者:村山 昇)GLOBIS知見録はこちら