矢野経済研究所
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2021年2月
理事研究員 早川賢

新型コロナウイルス感染症の急拡大に伴い、2020年初頭からの感染拡大以来2度目の緊急事態宣言が、2021年1月7日、11都府県を対象に発せられた。世界では米国はじめ一部の国でワクチン接種が開始され、日本でも接種に向けた準備が進むが、終息への道のりはまだ見通せないというのが実状である。こうした中、医療崩壊という、これまであまり耳にすることのなかった言葉が人口に膾炙するようになって久しい。新型コロナへの対処に医療資源がとられる、あるいは受診抑制により患者数が減少するといったことが医療機関に厳しい経営状態を強いることとなってきた。一般社団法人日本病院会など医療関連3団体がこれまで3度にわたり行ってきた(緊急)合同調査から病院の経営に対するコロナ禍の状況を窺い知ることができるが、2020年春の最悪期に比べれば小康状態を取り戻しつつあるとはいえ、新型コロナウイルス感染症患者の受入病院の経営状況は依然厳しい状況が続いているといえるであろう。

医療提供状況や医療機関の経営状況が変化(悪化)すれば、それに連なる製品やサービスの市場・業界もその影響を受けざるを得ない。上記調査によれば、4月から9月の6か月間における医業収益を2019年と2020年とで比べると、診療収入(全体)は入院・外来共に-6.8%、-5.6%とそれぞれ減少しているが、健診・人間ドック等収入は-23.9%とその落ち込みが目立っている。軌を一にして検査診断を主戦場とする臨床検査市場もコロナ禍に苦戦が強いられる格好となっている。臨床検査薬・機器事業を展開する国内主要35社の事業規模は、これまでは検査単価の減少を検査数でカバーするなどといったことにより僅かずつながらも毎年増加傾向で推移してきたところ、新型コロナウイルスの感染拡大が鮮明になってきた2019年度末から検体検査数が減少傾向となり、健康診断および一般医療の受診控えや新型コロナウイルス感染症以外の他の感染症罹患者数が減るなどしたことから、臨床検査薬・機器事業も影響を受けている。既存項目の検体検査市場が前年度比9%減程度になると予測されており、一部、新型コロナウイルス感染症のPCR検査、同抗原検査、同抗体検査などの関連特需を生み出しているものの、2020年度の全体事業規模の落ち込みを補うまでのレベルにはならないとみられる。(「2020年版 臨床検査市場の展望」矢野経済研究所)
医療機器市場においてもコロナ禍の影響は大きい。診断用医療機器市場(38製品57分類)は、病院の統廃合や病床機能変更などにより2014年度以降縮小傾向で推移していたところ、2019年10月の消費税増税に伴い高額な画像診断装置等の更新が進み市場もプラス方向へ反転したが、新型コロナウイルスの流行拡大による病院経営の悪化や感染対策への設備投資等の予算が優先されたこと、さらに2020年4~5月における病院訪問自粛等が影響して、一部特需製品もあったものの計画値ベースで対前年比およそ6%のダウンが見込まれている。外科用Cアーム等一部の診断機器以外は総じて減少方向での推移が予想されている。(「2020年版 機能別ME機器市場の中期予測とメーカーシェア(診断機器編)」同)
 また治療用医療機器についても、メディアでもしばしば取り上げられるECMO(体外式膜型人工肺)や人工呼吸器など特需ともいえる状況を呈した製品分野もあるが、新型コロナウイルス感染症拡大による手術件数の激減、患者数の減少、経営状況の悪化を背景とした医療機器購入の延期などといった要因が治療用医療機器市場(32項目54区分)全体のプラス成長を抑制した形となっている。(「2020年版 機能別ME機器市場の中期予測とメーカーシェア(治療機器編)」同)
このようにコロナ禍は医療関連製品市場に対しても相当ネガティブなインパクトを与えてきた。他方、コロナ禍を成長の契機と捉える市場もある。オンライン診療はその1つであろう。わが国のオンライン診療は、生活習慣病など対象を一部疾患に限り2018年度に保険適応された。今般の新型コロナの感染拡大を受けて、2020年4月、時限的・特例的な対応としつつもこれまで認めていなかった初診を対象とするなど大幅に規制が緩和された。これを契機として、2020年4月以降オンライン診療市場への新規参入が相次ぎ、また医療機関においてもオンライン診療システムの導入件数の急増が始まった。厚生労働省によれば、電話や情報通信機器を用いた診療を実施できるとして登録した医療機関数は2020年10月末時点で1.6万機関超と全体の15%を占めるという拡大ぶりをみせた。(「オンライン診療市場の劇的変化と将来展望」同)

パンデミックの終息までにはまだ相応の時間を要することが予想されるが、2020年7月に閣議決定・公表されたいわゆる骨太の方針2020においては「「新たな日常」に対応した医療提供体制の構築等」として”都道府県間を超えた病床や医療機器の利用、医療関係者の配置等を厚生労働大臣が調整する仕組みの構築”や”医療・介護分野におけるデータ利活用・オンライン化の加速、PHR(Personal Health Record)の拡充を含むデータヘルス改革の推進”などが謳われた。(「2021年版 病院の将来」同)こうした課題解決に向けた製品・サービスの開発や安定供給体制の構築など新たな商機につながることが期待されている。