会社を経営していると、当たり前になってしまっているが、なぜ経営者は会社の財産を自由に使用したり処分したりできるのか、従業員に指示を出すことができるのか、新しい事業を始めたり、事業をやめたりできるのだろうか。その源泉の総体は「経営権」といわれる。
経営権は、普段は意識することがないが、M&Aや事業承継などの局面で意識することになる。今回は、経営権の内容をみていきたい。なお、今回の記事については、株式会社を前提に記載することにする。
目次
経営権とは?
経営権の概念は、法律で明確に定まっているものではないが、一般的にはその議決権の割合で判断することができる。議決権の総数の過半数を支配していれば、株主総会における普通議決を通すことができるため、経営権をもっているといわれる。
株主総会の普通決議には、取締役、監査役の選任、役員報酬、剰余金の配当など、会社の経営において重要な決定をなすことができる。さらに、議決権のある株式の3分の2以上を所有していれば、株主総会の特別決議を通すことができるため、定款の変更や、合併などの組織再編など、会社の骨格にかかわる重要な意思決定も可能だ。
M&Aにおける経営権の移動
M&Aなどによって経営権が移動する場合に、気をつけておかなければならない点がいくつかある。M&Aによる経営権の移動はいろいろなスキームがあるが、株式譲渡のスキームで行うことが多い。株式譲渡とは、譲渡企業の既存の株主がその保有株式を譲受企業に譲渡し、譲渡企業がその対価を支払う手法をいう。
M&Aは、親族内や社内で承継者がいない場合によく使われる手法である(後継者不在問題の解決策)。自社の経営権をそのまま第三者に譲渡するため、自社を存続させることができる。株式譲渡は、原則として従業員や取引先、顧客に対して事前に個別承諾を得る必要は公的にはない。資産や負債、契約などについても個別に引き継ぐ手続きを必要としないなど、新しく会社をつくるのに比べ、非常に簡易に経営権を移動させることができる。
また、第三者に株式を譲渡するにあたり、譲渡対価が発生するため、多額の創業者利益を得ることができる場合がある。この対価を老後の資金や新事業を起こす資金にすることがある。
しかし、簡易に譲渡が可能であるため、特に株式に譲渡制限がなく、多くの株主に株式が分散していたり、50%以上の株式を単独で握っていたりするときに、多数派工作に負けて経営権を失うなどトラブルが生じる恐れがある。そのようなトラブルが「敵対的買収」であり、上場企業において典型的に発生する。
M&Aによる経営権の移転方法2つ
そもそも、株式を取得して経営権の移転を行う場合、その方法によって大きく「友好的買収」と「敵対的買収」の2つに分けられる。
1. 友好的買収
友好的買収とは、譲受側が会社の経営陣から賛成を得たうえで、会社の経営権を取得することを指す。従業員や顧客も友好的である場合が多く、従業員の雇用や事業が継続しやすいといったメリットがある。
2. 敵対的買収
一方「敵対的買収」とは、対象となる会社の同意を得ないでM&Aを仕掛けることである。会社の同意を得ていないため、必要な情報提供が受けられないうえに、対抗措置がとられることもあり、失敗に終わることも多い。その対抗措置とは、買収防衛策といわれ、敵対的買収そのものの予防策と敵対的買収をかけられてからの予防策がある。
敵対的買収の対抗措置
以下、買収防衛策をいくつか紹介する。
1. 拒否権付種類株式
これは通称「黄金株」ともいわれ、合併や取締役解任など重要議案に対して拒否権がある種類株式を一部の株式に付与しておくことで、経営権の移転を防止することができる。
2. 毒薬条項(ポイズンピル)
一定の議決権数を取得した者が現れた際に、そのほかの株主が市場価格より安価で株式を取得することができるという条件をつけた権利(新株予約権)をあらかじめ付与し、買収者の持株比率を下げることや、持株比率を希釈した結果、買収者に財産的な損害を与えることができる。
しかし、既存の株主にも影響を与えることになるため、株主は新株発行の差止めを請求する権利を持っている。
3. パックマン・ディフェンス
これは、会社法308条1項及び会社法施行規則67条により、議決権総数の4分の1以上を相互に保有している場合は、議決権をないものとするという持合いによる議決権の循環を防止する規定を逆手にとることによって行う。買収を仕掛けられた際に、逆に相手に対して買収を仕掛けることによって、議決権の無効を狙う。多額の資金が必要なため、資金調達の手段を確保することが必要である。
4. ホワイトナイト
これは、買収を仕掛けられた際に、友好的な第三者に対して、友好的な株式の買い取りを行ってもらうことによって行われる。友好的な第三者は、敵対的な買収者よりも高い値段で買い付けを行うため、価格に惹かれて売却を行う既存株主の株式が敵対的な買収者に移ることを防ぐことができる。
相続における経営権の評価
中小企業の経営者においては、相続財産のほとんどが会社の株式ということも珍しくない。会社の株式については、普段売買することもなければ、値段を意識することもほとんどないだろう。しかし、相続の段階になると、遺産分割協議や相続税の納付の局面で初めて金額として表れてくる。
非上場の相続税評価には大きく3つの方法があり、経営権の有無によって評価方法が大きくことなってくる。具体的には、大株主であるか少数株主か、会社の規模はどれくらいか、といったことを勘案して評価を行うことになる。
詳細な評価の要件はさまざまあるが、大まかにいうと、経営権がある場合は、「類似業種比準方式」と「純資産価額方式」を用い、経営権がない場合は「配当還元方式」を用いることになる。通常、「配当還元方式」のほうの評価が低額になることが多く、会社の決算書を入手することが難しくても計算が可能である。逆に、「類似業種比準方式」や「純資産価額方式」においては、会社の決算書等に対する詳細な情報が必要である。ここでは、具体的にそれぞれの評価方法の概略をみていきたい。
1. 類似業種批准方式
類似業種比準方式とは、評価しようとする会社と事業内容が類似する業種に属する複数の客観的な株価がついている上場企業の株価の平均値に当該類似業種の1株あたりの配当金額、1株あたりの年利益金額、1株あたりの純資産価額の比準割合を乗じて価額を求める計算方法である。
本来であれば、会社のすべての斟酌できる指標を用いて評価額を算出すべきではあるものの、すべての要素を斟酌することは現実的ではないため、会社の最も根幹たる要素である「配当」、「利益」、「純資産」に着目して評価を行う。評価にあたり、評価しようとする会社がどの業種に属しているのかという判定が非常に重要になる。業種目について、税務署と見解に相違があれば、相続税評価の金額が大きく変動してしまうことになりかねない。
2. 純資産価額方式
純資産価額方式とは、会社の課税時期時点における資産および負債をもとに1株あたりの価額を算出する方法である。課税時期時点とは、相続発生時であり、貸借対照表の資産と負債の金額を相続税法上の評価額におきなおし、1株当たりの純資産額の評価を行う。
評価にあたり、土地がある場合には、土地の相続税評価が別途必要だ。すなわち、対象地の路線価を調べ、奥行価額補正率等のさまざまな調整を加味したのち、地積を乗じて計算することになる。
3. 配当還元方式
配当還元方式とは、会社から受け取る配当金の額に基づいて、1株あたりの評価額を計算する方法だ。経営権の絡まない少数株主の株式については、その株式の発行会社の会社規模にかかわらず、年間の配当金額を基礎に簡単に1株あたりの評価額を計算することができる(配当金がない金額については、ゼロにはならない)。
決算書における経営権の記載
決算書において「営業権」という科目が過去に計上されていたことがある。しかし、現在の会計基準に準拠している決算書からは、「営業権」という科目がみられることはほとんどない。それは、営業権という名称は他の名称に変更になったからである。それを「のれん」という。決算書におけるのれんとは、M&Aによって会社を買収したときの価格と買収した会社の時価純資産との差額であり、買収した会社の決算書には表れない無形の価値を示しているといわれる。
「のれん」に注意
なお、決算書に表れない無形の資産は長年事業を行い、利益を稼ぎ出しているすべての会社に存在するものの、買収し、対価を支払っていないものについては、貸借対照表には計上されない。それは、そのような「自己創設のれん」を貸借対照表に計上することになった場合には、客観的な評価が極めて困難であるし、実現主義の原則に反するからである。
買収価格と時価純資産との差額が大きいほど、のれんは多く計上されるため、買収後の決算状況に大きな影響を及ぼすことになる。「のれん」は買収した会社全体を握って利益を得る権利ともいえるため、決算書に反映される「経営権」であるといわれることがある。
しかし、会社の取得対価が時価純資産を下回るようなまれな場合には、当該差額はその事業年度の利益として計上することになる。「のれん」については、現行の日本の会計基準においては毎期償却し、価値が著しく低下した場合は減損も検討することになる。
経営権には多方面からの見方や評価方法があり、お金で測れない部分もある
以上のように、経営権とはひとくちに言っても、さまざまな意味を含み、経済社会において、課税や民事紛争の種になるなど、会社経営にとっては非常に重要度の高いものだ。また、経営権の全貌に精通している専門家はほとんどいない。弁護士、税理士、M&Aの専門家など、さまざまな専門家や金融機関、証券会社と連携をとって経営権に関する課題には対処していく必要がある。
文・内山瑛(公認会計士)