有限会社
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中小企業に多かった有限会社が、売却対象として検討される時代になった。ただし、有限会社の売却手続きは楽ではない。にもかかわらず、なぜ有限会社を買収する企業が現れるのだろうか。本稿では有限会社の動向と共に、売却の要件や手続き、メリット、注意点などを解説する。

鈴木 まゆ子
鈴木 まゆ子(すずき・まゆこ)
税理士・税務ライター。税理士・税務ライター|中央大学法学部法律学科卒業後、㈱ドン・キホーテ、会計事務所勤務を経て2012年税理士登録。「ZUU online」「マネーの達人」「朝日新聞『相続会議』」などWEBで税務・会計・お金に関する記事を多数執筆。著書「海外資産の税金のキホン(税務経理協会、共著)」。

目次

  1. 有限会社の概要
    1. 有限会社は減少傾向
    2. 特例有限会社とは
    3. 有限会社と株式会社の違い
  2. 有限会社を売却する手続き
    1. 売却方法1.株主総会の普通決議
    2. 売却方法2.承認に関するルールを決める
  3. 有限会社の売却価格を算定する方法
    1. 方法1.コストアプローチ
    2. 方法2.インカムアプロ―チ
    3. 方法3.マーケットアプローチ
  4. 有限会社を買収するメリット3つ
    1. メリット1.秘密性を維持できる
    2. メリット2.社歴で信用を得られる
    3. メリット3.存続にコストがかからない
  5. 有限会社を売却するときの注意点3つ
    1. 注意点1.経営方針の変更
    2. 注意点2.従業員の待遇・処遇
    3. 注意点3.顧客や取引先との関係

有限会社の概要

はじめに、有限会社の概要をお伝えしていく。

有限会社は減少傾向

有限会社は現在も存在しているが、年々減少しているようだ。

東京商工リサーチの「休廃業・解散企業動向調査」によれば、2017年は1万2,162件、2018年は1万5,898件の有限会社が休廃業・解散となっている。2018年における全国の休廃業・解散の総数は4万6,724件なので全体の約3割を有限会社が占めている。

背景には経営者の高齢化、後継者不在があるとみられる。事業をたたむだけでなく、M&Aなどで売却される有限会社もあるようだ。

参考
休廃業・解散企業動向調査(東京商工リサーチ)

特例有限会社とは

現在、既存の有限会社は株式会社の一形態として扱われ、特例有限会社となっている。

特例有限会社とは、2006年5月1日の会社法施行以前から存在していた有限会社だ。株式会社のルールを定める会社法と共に「会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(以下「整備法」)も適用される。

ただ株式会社と同じわけではなく、有限会社の特徴も引き継いでいる。ちなみに現在、新たな有限会社を設立できない。

特例有限会社に移行する手続きは不要であり、従前の有限会社と同じルールで、有限会社という名称のまま存続できる。

また、特例に期限が設けられているわけではないので、いつまでも特例有限会社として存続できる。

有限会社と株式会社の違い

では、有限会社は株式会社と何が違うのか。有限会社には次の特徴がある。

・役員の任期に制限がない
・決算の公告義務がない
・代表取締役の選任は任意
・みなし解散の適用を受けない
・取締役会、監査役会、会計監査人などが法定機関として認められていない

株式会社との最大の違いは、有限会社の株式には譲渡制限が法律で定められている点だろう。株式会社であれば株式に対する譲渡制限の有無を自由に決定でき、株式の譲渡制限がない公開会社になることも可能だ。

一方、有限会社については株主間における株式譲渡は自由だが、第三者への株式譲渡では原則、株主総会の普通決議を経なくてはならない。

この株式譲渡制限は整備法で決まっているため、仮に株主総会で株主全員の同意を得てもこのルールは廃止できない。

また、株式交換や株式移転もできないほか、有限会社を存続会社あるいは事業承継会社とする吸収合併や吸収分割もできない。

有限会社を売却する手続き

有限会社の株式に譲渡制限があるなら、売却は無理だと思うかもしれない。実際のところ売却は可能であり、複数の方法がある。

売却方法1.株主総会の普通決議

まず、株主総会の普通決議で承認を得る方法がある。株主総会の普通決議で出席株主が持つ議決権において過半数の賛成を得なくてはならない。

売却方法2.承認に関するルールを決める

承認のルールを定款で決める方法もある。会社法には会社の承認に関する主体について規定がない。

そこで、会社の承認を株主総会以外に託す方法も可能だ。例えば、「取締役全員の同意を会社の承認とする」「代表者一人による承認を会社の承認とする」などと定款で定めれば、有限会社の売却を柔軟に行える。

ただし、定款の変更には株主総会の特別決議が必要となり、次のステップを踏む。

ステップ1.定款を確認

法務局で登記事項を閲覧したり、登記事項証明書を取得したりして定款の内容を確認する。有限会社においては、2006年の会社法施行時に、株式の譲渡制限の定めが登記事項に加えられている。

ステップ2.株主総会で特別決議

定款変更をするには株主総会の特別決議で承認を得ればよい。ただ、特別決議は普通決議よりも若干要件が厳しい。要件は下記の通りだ。

・半数以上の株主出席
・4分の3以上の賛成

株主が多い会社は若干面倒かもしれないが、いったん承認の主体を決めれば、その後の売却手続きはスムーズになるだろう。

有限会社の売却価格を算定する方法

有限会社の売却価格(譲渡株式の価格)は、株式会社の売却と同様に評価される。ここからは企業価値の算定方法について解説していく。

なお、有限会社は株式会社よりも規模が小さく、売却価格は株式会社の平均相場よりも低い傾向にある。

方法1.コストアプローチ

コストアプローチとは、有限会社が保有する資産価値から売却価格を算定する方法だ。

簿価純資産から算定する方法や時価純資産から算定する方法、時価純資産額と営業権を合わせて算定する方法がある。

有限会社の売却価格算定では、時価純資産額と営業権を合わせて計算する方法がよく用いられる。なお、営業権の算定は次の要素を考慮して行われることが多い。

・取引先、顧客
・従業員のスキル、ノウハウ、年齢
・市場におけるシェア
・特許、権利、技術
・地域性、世代、特定商品
・経営理念、経営哲学

方法2.インカムアプロ―チ

インカムアプローチとは、算定対象の会社が将来生み出す収益やキャッシュフローから、一定の還元率を割り引いて売却価格を算出する方法だ。

DCF法(ディスカウントキャッシュフロー法)、配当還元法、リアル・オプション法などがある。インカムアプローチは主観的な評価になりやすく、有限会社の売却ではあまり用いられない。

方法3.マーケットアプローチ

マーケットアプローチとは、算定対象となる会社と類似した上場会社や取引を比較し、決算書などの数値に一定の割合を乗じて売却価格を算定する方法だ。

ただ、有限会社の売却価格の算定にはあまり向いていないため、ほとんど用いられない。

有限会社を買収するメリット3つ

なぜ有限会社は買収されるのだろうか。株式会社にはない有限会社ならではのメリットがあるからだ。

メリット1.秘密性を維持できる

特に魅力的なのが秘密性の高さだ。株式会社と違って、有限会社には決算公告や会計監査の義務などがない。

つまり、外部に財務諸表を公表しなくて済む。現在、新たに有限会社を設立できないので、秘密性の維持は有限会社ならではの魅力だといえる。

メリット2.社歴で信用を得られる

有限会社の名称は2006年以前から存続している証でもある。数十年の社歴を示せるので、有限会社を買収することで信用も得やすくなる。

メリット3.存続にコストがかからない

役員の任期満了は、株式会社だと非公開会社が10年、公開会社が2年であり、時期が訪れると役員に関する登記を変更しなければならない。もし手続きを怠ると、代表者個人に100万円以下の過料が科される。

それでも放置していると会社の実体を失っていると判断され、みなし解散の登記を強制される。

一方、有限会社には役員の任期に制限がないため、役員の変更登記をせずに10年過ぎても、みなし解散の憂き目に遭うことはない。つまり、存続にコストがかからないのだ。

有限会社を売却するときの注意点3つ

有限会社の売却は手続きさえ踏めば可能だが、株式会社と同様に注意点もある。

注意点1.経営方針の変更

有限会社の売却を検討する際、最初に確認しておきたいのが買収側の経営方針だ。

売却によって急激に経営方針が変わってしまうと、顧客や取引先、従業員や金融機関に迷惑がかかる。つまり、経営方針よりも価格を優先して売却すると社歴に傷がつく。

売却後も信用を維持できるよう、買収側と自社の経営方針を比較しておきたい。

有限会社がもともと休眠会社であり、経営方針の変更に支障がなければ問題ないが、これまで事業を堅実に営み、社会的信用を得てきたのなら注意してほしい。

注意点2.従業員の待遇・処遇

会社売却で一番影響を受けるのは、売却される会社の従業員だ。売却後に給料や勤務時間、勤務内容が悪化すると、長年勤務していた従業員も退職してしまう恐れがある。

従業員の待遇はあいまいにせず、売却交渉で明確に決めることが重要だ。できれば売却後1~2年は売却前の給与水準や勤務体制を維持してもらうように契約したい。

また、売却契約の成立後、従業員に売却の旨を周知するとともに、契約内容や売却後の待遇を説明して不安を和らげることも大切だ。

注意点3.顧客や取引先との関係

仮に経営方針が売却先と同じでも、取引ルールや業務フローが異なれば話は別だ。顧客や取引先が反感を覚え、売却後に離れていく可能性がある。

有限会社の顧客や取引先との関係に将来の収益を見込んでいた場合、買収側には大きな損失になる。

したがって、売却契約の成立後に売却先の取引ルールを確認し、利害関係者にストレスを与えないよう配慮すべきだ。

売却前に関係者と話し合う場を設け、売却後の不安要素を払しょくしておくのもよいだろう。

文・鈴木まゆ子(税理士・税務ライター)

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