コストアプローチ
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鈴木 まゆ子
鈴木 まゆ子(すずき・まゆこ)
税理士・税務ライター。税理士・税務ライター|中央大学法学部法律学科卒業後、㈱ドン・キホーテ、会計事務所勤務を経て2012年税理士登録。「ZUU online」「マネーの達人」「朝日新聞『相続会議』」などWEBで税務・会計・お金に関する記事を多数執筆。著書「海外資産の税金のキホン(税務経理協会、共著)」。

中小企業の企業価値を評価する方法にコストアプローチがある。算定方法に種類があるので、使い方に迷ってしまう方もいることだろう。

そこで今回は、コストアプローチの概要をはじめ、メリットやデメリットなどを解説する。M&Aを検討している経営者の方はぜひ参考にしてほしい。

目次

  1. コストアプローチとは?
    1. コストアプローチが必要な理由
    2. コストアプローチの特徴1.貸借対照表の純資産価格に着目
    3. コストアプローチの特徴2.事業を継続しない企業が対象
    4. コストアプローチの特徴3.中小企業のM&Aにも活用される
  2. コストアプローチの種類
    1. 状況や目的に応じて算定方法が変わる
    2. 手法1.簿価純資産法
    3. 手法2.時価純資産法
    4. 手法3.超過収益還元法・年倍法
    5. 手法4.清算価値法
    6. 手法5.再調達原価法
  3. コストアプローチのメリット
    1. メリット1.算定が容易
    2. メリット2.中小企業経営者にも理解しやすい
    3. メリット3.客観的に企業価値を算定できる
  4. コストアプローチのデメリット
    1. デメリット1.収益性や将来性、価格変動が反映されない
    2. デメリット2.含み益がアテにならない
  5. M&Aではマーケットアプローチやインカムアプローチも併用
    1. マーケットアプローチ
    2. インカムアプローチ

コストアプローチとは?

コストアプローチとはM&Aの場面における企業価値の評価方法である。特に、中小企業の価値評価で用いられることが多い。売却対象企業の純資産価値に着目し、企業の保有する資産および負債をベースに株式価値を算出する。

コストアプローチが必要な理由

M&Aでは、算定額をそのまま実際の売却額として用いるわけではない。ではなぜ、企業価値の算定を行うのだろうか。

算定額が交渉・売買の指標として用いられるからだ。会社を一つ売買するにしても、参考となる数値がなければ検討することも交渉することも難しい。その点、理論的に算出した評価額があれば、ベースにして話を進めやすくなる。

コストアプローチの特徴1.貸借対照表の純資産価格に着目

コストアプローチは、貸借対照表の純資産価格に着目した企業価値の算定方法だ。そのため、ストックアプローチ、ネットアセットアプローチと呼ばれることもある。

簿価をベースにするので客観性に優れ、算定が容易な点に強みがある。

コストアプローチの特徴2.事業を継続しない企業が対象

コストアプローチは、売却や清算などによって事業を継続しない会社の価値を評価する際によく用いられる。事業が消滅する際、資産をすべて売却することになるからだ。

コストアプローチの特徴3.中小企業のM&Aにも活用される

帳簿上の金額をベースとして比較的容易に企業価値を評価でき、時価・営業権によって企業価値を算定することも可能だ。その点で、中小企業のM&Aに用いられることもある。

コストアプローチの種類

コストアプローチには5つの方法がある。まず、複数の手法が存在している理由から説明していく。

状況や目的に応じて算定方法が変わる

企業価値は、算定の目的や取引の立場によって評価の仕方は変わる。会社を消滅させるだけなら直前の企業価値を簿価か時価で算定すればよいが、会社を存続させるなら将来の収益性も知っておくべきだ。

売却側は、買収側の提示額に関するメリットを知るために自社の価値評価をなるべく早く行いたいと考える。一方買収側は、売却される企業の潜在的な価値を知ることで費用対効果の高いM&Aを目論む。

こういった目的や立場の違いから、企業価値にはいくつかの方法が存在し、計算式も異なってくる。

手法1.簿価純資産法

簿価純資産法は、評価対象企業の資産・負債の帳簿価格から企業の価値を算出する方法だ。

具体的には帳簿上の資産額から負債額を差し引いて算出された純資産額を株式価値に当てはめる。

簿価を用いるので数字に客観性があり、算定も容易だ。しかしその一方、資産・負債の簿価と時価の差が大きいと、正確に企業価値を把握できなくなる。

手法2.時価純資産法

時価純資産法は、評価対象企業の資産・負債の項目を時価に置き換えて企業の価値を算出する方法だ。時価で評価される主項目は下記の通りである。

なお、すべての資産・負債を時価評価することは不可能なので、通常は重要な含み損益が生じている項目に限定される。

【資産】

  • 売掛金…回収不能額を控除する
  • 有価証券…上場株式は時価評価する
  • 棚卸資産…長期滞留在庫や陳腐化・不良品に関する売却価格の下落部分は控除する
  • 不動産…公示価格・固定資産税評価額・路線価などを用いて時価評価する
  • 減価償却資産…適正な簿価や業界内の評価額を参考に評価する
  • 貸付金…回収不能額を控除する
  • 保険積立金…解約返戻金の額に修正する

【負債】

  • 未払給与…未払残業代を確認する
  • 退職給与引当金…退職金の積立不足額を計上する
  • 賞与引当金…賞与の引当不足額を計上する
  • 偶発債務…訴訟リスクを検討・評価する
  • 有利子負債(借入金や社債など)…便宜上簿価で評価することが多いが、より詳細に評価するときは時価を用いる

清算価値として評価する場合、すべての含み損益について税効果会計を行い、法人税分を控除する。

手法3.超過収益還元法・年倍法

時価純資産法の欠点を補うために、営業権の評価を取り入れる企業価値の算定方法もある。

超過収益還元法は、評価対象企業の収益から期待収益を超える収益を差し引いて超過収益を算出し、超過収益が持続しうる年数を乗じて営業権を計算し、時価純資産に加算する方法だ。

営業権を時価純資産に加算することで、純資産価値を時価で適正に評価できる。しかも、収益力も考慮した企業価値評価を行えるため、中小企業のM&Aにおいてよく採用される。

ちなみに営業権は「のれん」と呼ばれ、帳簿上では評価されないが収益を生み出す要素(超過収益力)をさす。たとえば、企業が長年培ってきた人的資源や技術、ノウハウやブランド力などだ。

なお営業権は、超過収益還元法だけでなく年倍法などで評価されることもある。年倍法は、評価対象企業が生み出す収益の数年分を営業権とし、時価純資産に加算する方法だ。

手法4.清算価値法

コストアプローチが用いられるのは、主に会社を清算する場面だが、この点に特化した企業価値の算定方法が清算価値法だ。

評価対象企業の全資産の売却額から弁済すべき債務額を差し引いた残額に着目して企業価値を算出する。

この方法は会社の消滅を前提としているため、清算価値が実際の株式価値を上回るときに用いられる。企業の売却を急いでいるときには利便性の高い方法だ。

ただし、現実の会社清算には別途コストがかかる。機械や装置などを換価しづらいほか、不動産を時価通りに売却できないこともあり、算出額よりも実際の価値が下がる可能性がある。

手法5.再調達原価法

再調達原価法は、会社に帰属する個別の資産・負債について、評価時点における再調達コストを基準に企業価値を計算する方法だ。

この方法で算出された金額は評価対象企業への必要投資額として扱われる。

再調達原価法は会社の消滅ではなく、M&Aで自社を売却するときの判断に用いられるが、実際の売却額を算定する指標としては用いられない。

コストアプローチのメリット

コストアプローチには下記のメリットがある。ほかの評価方法と区別するために理解しておくとよいだろう。

メリット1.算定が容易

貸借対照表の数値を基準とするため、複雑な計算を要さず、容易に算定を行える。なるべく早く企業価値を算定し、売却の判断を行いたいときには便利だ。

メリット2.中小企業経営者にも理解しやすい

決算書の柱である貸借対照表の純資産をベースに算定しているため、中小企業の経営者にもなじみやすいといえる。複雑な指標を用いなくても理解しやすく、自社の価値を把握して早めに対処することも可能だ。

メリット3.客観的に企業価値を算定できる

貸借対照表の数字に基づいて算出するため、主観的な要素を排除して客観的に企業価値を評価できる。公平性が担保されるので信頼性が高く、他社との比較も容易に行うことが可能だ。

コストアプローチのデメリット

コストアプローチには下記のデメリットがある。状況と目的に応じて正しく評価できるよう事前に把握しておくとよいだろう。

デメリット1.収益性や将来性、価格変動が反映されない

コストアプローチは原則、貸借対照表の数値に基づいて評価するため、現時点の株式価値を表すに過ぎない。

そのため、帳簿上の数値に表れない潜在的な収益力や価格変動といった将来の要素を反映しない。

企業買収では将来の収益性を期待する側面がある。将来性が反映されないと、売り手・買い手に負の影響が生じかねない。

デメリット2.含み益がアテにならない

時価評価では不動産や機械、装置、未上場株式の含み益が洗い出されるが、100%アテになるわけではない。

含み益のある財産が事業用資産であったり、換金しづらかったりすれば、含み益が算定通りにならないからだ。

時間経過によって含み益は縮小し、想定していた売却価値に満たないこともある。あくまで目安程度で考えておくと無難だ。

M&Aではマーケットアプローチやインカムアプローチも併用

M&Aで企業価値を評価する場面では、コストアプローチのほかにマーケットアプローチやインカムアプローチという方法を併用することが多い。

マーケットアプローチ

類似企業や株式市場における株価に着目した評価方法。比較対象企業との類似性が高いほど、評価の精度も高くなる。市場株価を基準にするので、リアルタイムに評価できる。

インカムアプローチ

企業の将来性や収益性に重点を置き、リスクなどを考慮した割引率で割り引いて事業価値を算出する方法。M&A以外に金融機関の融資判断や事業に対する投資判断の指標として用いられる。

マーケットアプローチとインカムアプローチの詳細を知りたい方は、下記の記事もご覧になっていただきたい。

文・鈴木まゆ子(税理士・税務ライター)

参考
会社の「買収価格」はどうやって決まる?価格決定のルールを徹底解説
会社を売る際の価格算定方法とは?3つの方法を詳しく解説

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