近年、中小企業経営者の高齢化と後継者不足により、中小企業でもM&Aなどを活用して会社を売却するケースが増えている。しかし、会社の価格がどのように決まるかを知っている人は多くないだろう。今後M&Aのオファーがあった時、会社の価格の決め方を知らなければ、相手の提示金額が妥当かどうか判断できない。
中小企業経営者は、会社の売却金額の算定について、基本的な計算方法などを学んでおくべきだろう。
目次
中小企業経営者の会社売却ニーズは増えている
中小企業経営者の高齢化が進んでいる。中小企業庁によると、今後10年で70歳を超える中小企業・小規模事業者の経営者は約245万人で、約半数の127万人(日本企業全体の3分の1)は後継者が決まっていないという。
※中小企業庁HP:基本問題小委員会(平成31年2月5日)配布資料参照
これを踏まえると、今後は中小企業経営者がM&Aなどを活用して会社を第三者に売却するケースが増えることが予想される。廃業となれば、従業員の解雇や資産の処分、会社の清算手続きといった問題が生じるが、会社を売却できればこれらの問題は発生しない。
会社を売却するとなると、気になるのは「いくらで売れるか」だろう。会社を売却するということは、今後得られる収益を手放すということなので、納得のいく価格で売却したいところだ。
今回は、中小企業がM&Aなどを活用して会社を売却するときの価格の決め方や、計算方法などを紹介する。
会社売却価格の算定方法は?3つのアプローチ
会社の価格は、その会社の「企業価値」で決まる。企業価値の算定には、いくつかのアプローチがある。主なものは、以下の3つだ。
・会社が保有する資産価値に着目した「コストアプローチ」
・会社の市場価値に着目した「マーケットアプローチ」
・会社の将来の収益力に着目した「インカムアプローチ」
これらのアプローチには、それぞれに企業価値を算定するための計算方法がある。M&Aなどでよく利用されるのは、以下のとおりだ。
・コストアプローチ・・・「時価純資産法」
・マーケットアプローチ・・・「類似会社比較法」
・コストアプローチ・・・「DCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法)」
複数の方法を使用して企業価値を算定することもある。もちろん、これらの計算結果はあくまで見積もりだ。M&Aなどでは、売り手と買い手のそれぞれが会社の価格を見積もり、交渉が行われる。見積もりとはいえ重要な交渉材料になるものなので、計算は慎重に行いたい。
3つのアプローチについて、それぞれの特徴や計算方法、メリット・デメリットを解説する。
「時価純資産法」とは?時価純資産法の特徴・計算方法
時価純資産法とは、貸借対照表上の資産と負債を時価として評価し直し、時価による純資産の額を企業価値とする方法だ。時価に評価替えを行った資産総額から、時価に評価替えを行った負債総額を差し引いて計算する。評価替えが必要となるのは、主に以下の項目だ。
・売掛金、受取手形、貸付金
回収不能なものを控除する。
・棚卸資産
陳腐化したもの、不良品などの評価額を見直す。
・有価証券
上場株式は、証券取引所の取引価格で時価評価する。それ以外は、発行元の個々の状況から算定する。
・固定資産
不動産の含み損益などを計上する。鑑定のほか、公示価格や路線価を用いて評価することもある。
・引当金
賞与引当金や退職引当金などを、税法上の評価方法などを用いて評価替えする。
時価純資産法のメリット
時価純資産法は、貸借対照表に基づく計算方法なので理解しやすく、中小企業のM&Aなどでも利用しやすい方法だ。資産価値に着目しているため、資産を多く保有する会社や、業歴の長い企業の算定に向いている。
時価純資産法のデメリット
一時点での会社の資産価値で企業価値を計算する方法なので、会社の将来性が反映されない。業歴の浅い企業や成長性が見込まれる企業では、売り手にとって満足のいく評価にならないことがある。
・営業権付き時価純資産法とは
企業の将来性が反映されないデメリットを解消するため、M&Aなどでは時価純資産法によって算定した企業価値に「営業権(のれん)」を上乗せして評価することが多い。営業権(のれん)とは、その会社が持つブランド力や独自のノウハウなどを数値化したものだ。具体的には、過去3~5年の経常利益などの平均値をその期間分加えるケースが多い。
これにより、将来の収益力が売却価格に反映されるため、売り手が納得しやすいものに近づく。
「類似会社比較法」とは?類似会社比較法の特徴・計算方法
類似会社比較法は会社の市場価値に着目した企業価値の算定方法で、買い手側が購入価格を試算する際に使われることが多い。上場会社であれば、株価から算定する時価総額によって企業価値を計算できるが、非上場会社ではそれができない。
類似会社比較法は、類似する上場会社を選定して、その会社の利益や株価などをもとに対象となる会社の企業価値を導き出す方法で、倍率法やマルチプル法とも呼ばれる。類似する上場会社を複数選定して、計算されることが多い。
類似会社比較法で利用する指標は多く、企業価値を正しく見積もるために、どの指標を用いるかも重要だ。よく利用される指標の1つに、「EBITDA倍率」がある。
<EBITDA倍率の計算式>
EBITDA倍率=EV(企業価値)/EBITDA
EBITDA倍率とは、企業価値がEBITDAの何倍になるかを示すものだ。EBITDAとはEarnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortizationの略で、直訳すると「税引前償却前金融収支前利益」だ。
法人税などや減価償却、金融機関への支払利息といった、営業活動と関係のない事情で利益が変動する要素を取り除いた数値であり、異なる企業の収益力を比較することができる。概算する場合は、営業利益に減価償却費を加算した数値が用いられることが多い。
EBITDA倍率によって、買い手側は「この会社を買収したら純負債をEBITDAの何年分で返済できるか」という観点で、大まかに企業価値を計ることができる。類似会社として選定した上場企業のEBITDA倍率が10倍であれば、買収したい会社のEBITDAを10倍することで、その企業価値を導き出すことができる。
EBITDA倍率のほか、PERやPBRなどの指標から企業価値を算定することもある。
類似会社比較法のメリット
市場価値に基づく計算方法なので、客観性が高く公平に評価できる。
類似会社比較法のデメリット
まず、事業内容が似ている上場企業がなければ利用できない。会社独自の価値が評価されにくいことや、選定した類似会社によって評価に差が生じやすいことにも注意したい。また事業規模や業種、会社の成熟度や顧客属性など、類似会社を選定する要素によっても結果が変わる。
「DCF法(ディスカウントキャッシュフロー法)」とは?DCF法の特徴・計算方法
DCF法とは、将来見込まれる「フリーキャッシュフロー」を、そのリスクに応じた「割引率」を用いて現在価値に割り引いた額を企業価値とする方法で、M&Aなどだけでなく広く投資判断に利用されている。
DCF法による企業価値を算定するには、まず一定期間の事業計画を策定し、その期間のフリーキャッシュフローを見積もる。その後企業のリスクを考慮して割引率を決定し、それを用いて一定期間のフリーキャッシュフローを現在価値に割り引いて計算する。
たとえば、5年間で見込まれるフリーキャッシュフローが年100万円で割引率が10%の場合、フリーキャッシュフローの現在価値は以下のようになる(小数点以下切り捨て)。
フリーキャッシュフロー | 現在価値 | |
---|---|---|
1年目 | 100万円 | 90万9,090円 |
2年目 | 100万円 | 82万6,446円 |
3年目 | 100万円 | 75万1,314円 |
4年目 | 100万円 | 68万3,013円 |
5年目 | 100万円 | 62万921円 |
合計 | 500万円 | 379万786円 |
※筆者作成
企業価値は、現在価値に割り引いた値に、事業に使用されていない非事業用資産(現金預金、有価証券、遊休資産など)の価値を加算して算定される。
DCF法のメリット
将来の収益をもとに企業価値を算定するため、買い手側が会社を購入した際に得られる具体的なメリットがわかりやすい。また計算にキャッシュフローを使用するため、事業の実態が反映されやすい。
DCF法のデメリット
DCF法では、フリーキャッシュフローと割引率を決めるために事業計画を策定しなければならないが、企業活動から生じるキャッシュフローやリスクは変動要因が多いため、計画を立てること自体が難しい。
会社の売却金額を計算する際は専門家に相談を
会社を売却する際の売却金額について、時価純資産法、類似会社比較法、DCF法の特徴や計算方法、メリット・デメリットについて解説した。これらをもとに売り手と買い手が交渉を行うため、企業価値の計算は非常に重要だ。
しかしながら、どの計算方法にも専門知識が必要になる。時価純資産法であれば時価への評価替え、類似会社比較法であれば類似会社の選定と比較する指標の選定、DCF法であればキャッシュフローや割引率の算定などだ。
専門家によって、見解が異なることもある。会社の売却金額を計算する際は、会計士や顧問税理士、M&Aなどアドバイザーなどに相談したほうがいいだろう。
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文・中村太郎(税理士)