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レシピの神秘性をウリにするコカ・コーラの知財戦略
知財には「オープン&クローズ戦略」というものがある。オープン戦略は、無償もしくは安価で他社に知財を開放することを指し、クローズ戦略は知財に関する情報を完全に独占することを指す。
二つを組み合わせた戦略が「オープン&クローズ戦略」だ。オープン戦略によって知財を公開して他社の市場参入を促し、市場を活性化させた後で、クローズ戦略によって自社の要となる技術、知財は完全非公開とする。そうすれば、自社商品と他社商品との差が明確となる。結果として、自社の利益の最大化を図るのが、この戦略の目的だ。
「伊右衛門」をめぐるサントリーの知財戦略にも、この「オープン&クローズ戦略」が活かされている。ちなみに、クローズ戦略を実行している企業として有名なのが、コカ・コーラだ。
コカ・コーラは、ボトラーと呼ばれるフランチャイジーが、アトランタの本社工場から送られてくるコカ・コーラの原液をシロップや砂糖などで薄め、炭酸水を入れてボトル詰めして販売している。アトランタのコカ・コーラ本社は、基本的には原液を無料で供給。原液以外の材料は全て現地生産・配給で、最終製品の販売者からは商標使用料の30%を取っていると言われる。商標使用料で稼ぐビジネスモデルだ。
これは知財の世界では有名なことだが、世界中で愛飲されているコカ・コーラの原液のレシピは、実は特許で守られていない。特許を出願すると、その内容が公表されてしまうなどのデメリットも生じるため、恐らくコカ・コーラは、あえて特許を取得しないという選択をしているのだろう。レシピを知るのは本社の中でも極めて限られた人間だけ(社長と副社長だけ)で、しかもその人間同士は、同じ飛行機には乗らない、という噂がある。神秘性によって、コカ・コーラの価値はますます高まっているというワケだ。
余談だが、実は私たちが普段何気なく飲んでいるペットボトル飲料には、様々な特許技術が駆使されている。ペットボトルの水は誰しもが飲んだことがあるだろう。実は、そこにも特許をはじめとする知財の種が潜んでいるのだ。
海外旅行に行って、現地でペットボトルの水を買い、キャップを開けたところ中の水がこぼれ出したという経験はないだろうか。少し考えてみてほしいのだが、国内ではそうした経験はほぼないのではないだろうか。日本メーカーが作るペットボトル飲料は、ふたを閉める際に減圧処理が行われている。そのため、ふたを開けて外気に接した時、中身が一瞬、ボトルの内側に向かう。
一度、横から眺めるなどして確認してみればわかる。ふたを開けた際、ギリギリまで入れられていた水分の水位が少し下がるのである。このひと工夫があることで、私たちは不自由さを感じずにペットボトル飲料を飲むことができる。こうした商品の「締め方、閉じ方、包装方法」も立派な特許になり得るのだ。
損して得取れ。チキンラーメンの特許を無償公開した安藤百福
2018〜19年の朝ドラ「まんぷく」を観た人も多いことだろう。長谷川博己さんが演じたヒロインの夫・立花萬平は、いうまでもなくチキンラーメン開発の父、故安藤百福がモデルである。安藤百福は、自分のアイデアをお金にする天才といってもいいほどの人だ。
ドラマの中でも再現されていたが、チキンラーメン開発の最大のポイントが「長く保存できる」ものにすることだった。いろいろな乾燥方法を試した末に、最後にたどり着いたのが油で麺を揚げるという手法だった。
しかし、油で麺を揚げる従来技術は当時から山のように存在していたため、特許取得が難しかった。特許技術は、従来技術とは一線を画すものでなくてはいけないし、同じ技術であっても、明確な進歩性がなければなかなか認定されない。従来技術が世に浸透しているほどに、特許取得のハードルは高くなる。
安藤百福は、すさまじい執念の末に油で麺を揚げる技術で特許を取得。これがいかに困難で奇跡的なことであるかは、実際のところ、弁理士でないと分からないだろう。それをやってのける弁理士を探しだしたこと自体が、彼の非凡さと、ビジネスに懸けた並々ならぬ情熱を証明している。
チキンベースのスープや麺そのものの製法など、チキンラーメンの製法には数々の工夫がある。しかし、麺に含まれていた水分を飛ばし、保存期間を劇的に延ばすことができたのは、「油で麺を揚げる」技術があったからだ。油で揚げる技術によって、歩留まりのよい商品を生み出すことも可能になった。
しかし、思わぬところに落とし穴があった。苦労の末に特許を取得したチキンラーメンの類似品がいくつも登場したのだ。中には粗悪品も多かった。権利侵害を確信犯的に行っている会社がつくる商品だから、食中毒などが起こっても不思議ではないレベルの粗悪品もあった。ついには、本家のチキンラーメンまでが、そうした粗悪品と同様に見られることもあったのである。
悩んだ末に、安藤はせっかく取得した特許を無償で公開するという決断をした。狙いは、インスタントラーメン業界の健全化と発展である。将来を見すえれば、「粗悪品、不衛生、身体に悪い」といったマイナスイメージを払拭し、「安心安全で、美味しくて便利、身体にも良い」というプラスのイメージを広めたほうがよい。それがゆくゆくは自社の利益に結びつくからだ。
安藤は、日清食品のみの利益ではなくインスタントラーメンという業界そのものを大きくし評判を良くすることで、将来の成長につなげようとしたのである。
知財を戦略的に活用して最大限の成果を得ようと考えるなら、特許や商標を取得するなどして、知財を独占し、防衛することも大事なことだ。だが、技術の公開もまた知財活用の手法の一側面である。
知財の活かし方やマネタイズの仕方は、各個人・企業で千差万別。それぞれの知財の性格や規模等に応じて「独占する、売る、貸す、譲渡する」といった方向性を練っていけばよい。
大事なことは、知財の重要性を理解していないがために、本来、その発明や技術によって得られたはずの利益を他社に独占されるような事態を防ぐことだ。