知財マネタイズ入門
正林 真之(しょうばやし・まさゆき)
正林国際特許商標事務所所長・弁理士。日本弁理士会副会長。国際パテント・マネタイザー 特許・商標を企業イノベーションに活用する知財経営コンサルティングの実績は国内外4000件以上。 1989年東京理科大学理学部応用化学科卒業。 1994年弁理士登録。1998年正林国際特許事務所(現・正林国際特許商標事務所)設立。 2007年〜2011年日本弁理士会副会長。東京大学先端科学技術研究センター知的財産法分野客員研究員、 東京大学大学院新領域創成科学研究科非常勤講師等を務める。著書に『貧乏モーツァルトと金持ちプッチーニ』や『知財マネタイズ入門』(ともにサンライズパブリッシング)。

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技術力だけに頼っていては、自社の利益を守れない

いくつか、ペットボトル飲料をめぐる知財戦略をみていこう。私自身、そうしたものの特許取得にはいくつか関わってきている。

今の時代、各種の飲料会社は、ペットボトルにお茶を詰める技術で特許を有している。「なぜ、お茶をペットボトルに入れただけで特許になるのか」と疑問に思う読者は多いだろう。急須で入れるお茶は、何百年も前から普通にあった。そのお茶を単にペットボトルに詰めて売るだけでは、普通は「特許」と認定させることはできない。そうした事情から、実はペットボトル飲料の特許取得は、多くのメーカーや弁理士が挑戦してはあきらめてきた、高いハードルだったのだ。

私は違った視点を持ってみた。法で定められた加熱処理をすることで、お茶は処理前とは違った成分、水質になっている。かつ、「緑茶」の色も過熱によって褐色に変わる。つまり、急須で淹れるお茶とは製造工程や工法が異なることから、従来のお茶とは別物になっている、と考えた。またペットボトルに詰めれば、「密閉容器入り飲料」になる。そうした点も主張した。

それらの主張が新しい「知財」とみなされ、特許取得につながったのである。

健康志向で人気のカテキンを含んだお茶飲料に関する特許申請等にも関わってきた。初めて天然カテキンの高濃度化に成功したのも、実は飲料会社のほうなのだ。従来、緑茶から天然カテキンを抽出することはできても、それを高濃度化することは至難の業だった。それを飲料会社の側では、緑茶用ではなく紅茶用にするために育生させた茶葉を用いて緑茶を製造することによって、天然カテキンの高濃度化に成功したのである。

その間、競合他社も天然カテキンの高濃度化に挑戦していたが、どうしても打開策をみつけられずに、一部人工的に化学合成カテキンを加えた商品を発売するなどしていた。「天然カテキンの高濃度化に初めて成功した」という結果を見れば、飲料会社のほうが化学会社よりも技術面で抜きんでていたのは間違いない。

ところが当時、飲料会社のほうは特許を含めて知財戦略にさほど積極的ではなかった。グループ各社で膨大な数の飲料、アルコール飲料ブランドを有していたことも影響しているのだろう。ある化学会社がライバルメーカーとして出現してきたときには、主戦場が化学分野であっただけに、ビジネスにおける特許の重要性を、飲料会社よりもずっと深く理解していた。そのメーカーがカテキン飲料の分野で数多くの特許を出願したため、飲料会社の側は知財戦略で一歩遅れてしまったのだ。

特許がなければ、その知財によって生じる経済的利益を独占できなくなる。飲料会社のほうは、勝てる技術を有してはいたものの、その当時は知財戦略の重要性に十分に目が行き届かなかったために、自社製品から発生する利益を独占するチャンスを逃してしまったのだ。

自社商品の優位性を際立たせるサントリーの知財戦略

前著でも紹介した事例だが、知財を学ぶ上で有用なので、改めて紹介したいのが、サントリーの知財戦略だ。

サントリーの緑茶飲料「伊右衛門」の製法が特許として登録されたことは、知財の世界ではここ数年の大きなトピックスの一つとして扱われている。

先にも述べたように、特許を取ることで、その技術によって発生する利益の独占が可能になる。しかしその反面、特許を取ることは、該当技術や知財を公開することに通じる。加えて、特許取得によって技術が保護されるのは、20年間という定めがある。

こうした諸条件も鑑みれば、特許取得は、常に知財戦略における最善策であると断定はできない。しかしそこは、日本の大企業たるサントリーのすることだ。「伊右衛門」の特許取得は、確固とした戦略に基づいた一手であることは間違いないだろう。

サントリーの「伊右衛門」は、「超粉砕茶葉分散液およびそれを配合した飲食品」という名称で特許を取得している。特許請求の範囲は、石臼で茶葉を挽いて微粉砕する技術から始まる一連の工程だ。

私の見立てでは、この特許は「伊右衛門」の製法における「唯一の要」ではない。きわめて重要な技術であることは間違いないにしても、「伊右衛門」のクオリティを維持する「もう一つの要」があるはずだ。そしてその「要」とは恐らく、使用する水の質や温度、お湯だしの時間といった「お茶の淹れ方」そのものではないかと考えられる。

「伊右衛門」は、京都の老舗、福寿園の茶匠が厳選した国産茶葉を100%使用した緑茶飲料だ。福寿園の有する「美味しいお茶の淹れ方」という、未だ公開されていない無形の財産が、同商品のクオリティを支えているのだろう。

サントリーは、特許取得によって技術の一部を公開して他社を引き付け、かつ、一部技術をクローズすることでブランディング強化に成功しているといえる。