「君の船を荒波の海へ向けろ」――。
米アップルを率いるティム・クック最高経営責任者(CEO)は、2019年5月に米テュレーン大学の卒業式で行ったスピーチの中盤、話すスピードを一瞬落とし、マイクの前で拳を握り、こう卒業生たちに“げき”を飛ばした。
アップルはこのスピーチの当時から「荒波の海」の中にいる。稼ぎ頭であるiPhoneのシェア低下、米中貿易戦争の長期化による中国事業への懸念、新型コロナウイルスの影響による生産の遅れ、そしてAI(人工知能)技術などを活用した自動車の自動運転分野では、ともにGAFAの一角を成すグーグルに後塵を拝している。
こうした状況の中だからこそ、冒頭で紹介したフレーズにはより力がこもったはずだ。いまのアップル社にとっての荒波をクック氏はどう乗り越えようとしているのか。
クック氏のiPhone事業での功績
クック氏はアップル社を世界初の1兆ドル(110兆円)企業に育てあげた。躍進の鍵となったのがiPhoneを中心に据えたビジネスモデルへの転換だ。2020年第4四半期の業績においては、iPhoneの直近1年間の売上高は1,377億8,100万ドルに上り、全セグメントの売上高である2,745億1,500万ドルの半分以上を占めている。
ただiPhoneの世界シェアは他メーカーの台頭もあって下降気味だ。米調査会社ガートナーの2020年11月末の発表によれば、2020年第3四半期の世界スマートフォン出荷台数においてはSamsungが22.0%、Xiaomiが12.1%、そしてAppleが3番手で11.1%となっている。
一方で好調なのがiPad部門だ。これまでにタブレット端末としての利便性や機能性を高めるため、キーボード入力やペン入力を考慮した新OSをローンチし、パソコンで利用できる機能がiPadでも使えるようになったことでユーザー層を拡大した。
さらに、クック氏はiPadだけではなくサービス部門にも力を入れる。2020年第4四半期のの売上高でサービス部門は前年同期比約16%増を記録する好調ぶりで、既に発表されている新サービス「Apple TV channels」などの今後のユーザー獲得状況も気になるところだ。
自動運転領域、買収攻勢で遅れを取り戻す?
将来の有望市場と言われている自動運転領域における取り組みにも注目だ。自動運転の実用化にはソフトウェアや通信に関する技術が鍵となり、IT関連企業にとっても親和性が高いビジネスだからだ。
クック氏がスティーブ・ジョブスからCEOを引き継いだのは2011年。その数年後からアップル社は自動運転研究をスタートさせている。しかしグーグル系の自動運転開発企業ウェイモが2018年12月に自動運転タクシーの商用サービスを先んじて開始し、遅れを取る形となった。
ただクック氏はもちろんその状況を傍観しているわけではない。2019年6月にはアップル社が同領域における注目スタートアップDrive.aiの買収を検討しているという話が報じられた。アップルもこれを認めている。
その後、アップルの自動運転プロジェクトについての公式発表はないが、自動運転に関する特許を申請したことが米国特許商標庁の発表で明らかになっており、水面下でプロジェクトは進んでいるようだ。
アップルの次の時代の飛躍に向け
完全無人で走行可能な自動運転車は2030年には1500万台規模に上るという予測もある。クック氏にはアップルの現在の事業であるiPhoneとiPad、Mac、サービスの各部門における成長に加え、次世代の稼ぎ頭となる新たな事業を確立するという重責も担っている。
荒波、そして技術の転換期におけるクック氏の舵取りに、世界が注目している。
文・岡本一道(金融・経済ジャーナリスト)