『ASEAN M&A時代の幕開け』
(画像=Natee Meepian/stock.adobe.com)

本記事は、日本M&Aセンター海外事業部の著書 『ASEAN M&A時代の幕開け』(日経BP 日本経済新聞出版本部)より一部を抜粋・編集しています。

安価な労働力を武器に経済成長を達成

ベトナムの市街地では、交通手段はバイクが主流だ。お父さんが運転、子どもを間に挟んでお母さんが最後尾といったほほえましい光景が散見される。ここ10年で人々の所得水準は驚くほど上がった。ここまでくると、そろそろ自動車の本格普及が始まってもおかしくない。街並みも激変した。首都ハノイや商業都市ホーチミンでは、高層マンションとショッピンセンターが一体となった大規模な複合施設が立ち並び、ドイツ製高級車が走り回る。地元民で混み合う日本食レストランも珍しくない。屋台スタイルの路上のベトナムコーヒー店は減り、西洋スタイルのコーヒーを提供するおしゃれなカフェが、あちこちで誕生している。

この近代化を実現させたのが、1986年に導入したドイモイ(刷新)政策。政治的には社会主義体制を維持しながら経済的には資本主義を導入することにし、自由主義諸国からの援助を受け入れて、市場を開放。外国資本を誘致して経済を立て直す方針に転換したのだ。1995年には米国との国交正常化、ASEAN加盟が実現。これで各国から認知されるようになり、大型投資がようやく本格化する。

ベトナムの強みは、人件費の圧倒的な安さにある。2010年頃からは中国の人件費高騰をかわす狙いで、さらに数年前からは中国の政治・経済リスク回避を理由にした、いわゆるチャイナ・プラス・ワンの代表的な受け入れ先として脚光を浴びる。そこで誘致した外国企業が現地生産した製品を、政府はどんどん輸出に回して輸出主導を徹底した。また、能率の悪い国有企業の民営化にも踏み切った。これが奏功し、経済成長率は2018年まで年平均6%をキープ。他のASEAN諸国と比べ近代化へのスタートが遅れた分、成長が速いことを証明した。

地政学的に高いポテンシャルを持つ

ベトナムは南北に細長い国だが、東西の地政学的なポテンシャル(可能性)が面白い。
中国の雲南省を源流域とするメコン川流域にはミャンマー、タイ、ラオス、カンボジアがあり、河口に位置するベトナムはその東の起点になる。メコン経済圏の構想は1990年代から進められていて、橋や道路の建設などによって、円滑で安全なヒトとモノの移動が実現しつつある。

例えば、ベトナム最大の都市ホーチミンからカンボジア(人口1500万人)までは、車で2時間もあれば着いてしまう。ラオス(人口700万人)との国境にはラオバオ経済特区が設定され、工場、商業施設、学校、住宅の整備が進められている。また、ラオスの北西に位置するミャンマー(人口5700万人)への投資を検討するベトナム企業が増加。

後進新興市場へ水平展開することが可能な位置関係なのだ。

もちろん今後、ベトナムが高成長を持続させるにはいくつもの課題がある。まず労働力の質の向上。教育水準が上がるにつれ、より高度な技術・知識を持った人材が求められるようになる。特に管理職クラスにどれだけ分厚く優秀な人材を供給できるかが、ベトナム産業の高付加価値化を進めるうえで欠かせない。

次に、社会主義体制とのバランスの取り方。社会主義体制が守られていることで、治安のよさなど良い面もあるが、大手企業の株式民営化は全体としてはまだ道半ば。行政手続きの遅さや運用の不透明さなど官僚主導の弊害が残っているとの指摘も多い。内需振興のため、国内インフラのさらなる充実も急がれる。

M&Aで有力企業への投資が可能

ベトナムのM&A市場は年間300~400件。そのうち、外資によるベトナム国内企業の買収が6~7割を占める。国別では日本からの投資件数が一番多く、2019年で33件、案件規模は平均約13億円で(出所:レコフM&Aデータベース)、日本の中堅・中小企業が狙うサイズとしてはピタリ当てはまる。

他のASEANの国々では、早くから起業した会社が巨大産業グループにまでのし上がり、一種の財閥系となって市場を支配する体制を築いているが、ベトナムの場合、民営企業の歴史自体が新しいだけに産業の集約化がまだ進んでいない。業界トップ企業といっても比較的小規模で、将来性のある企業がそろっている。日本の中堅・中小企業が現地のリーディングカンパニーに参画するチャンスがある。若い経営陣に率いられた伸び盛りの有力企業に、日本からの資本、ノウハウを注入し、ブランド力を補完して成長を加速させるM&Aが可能だといえよう。

中・大型の国営企業の売却案件は、ベトナム政府の切り札といえる。産業の近代化、企業運営の効率化、財政資金の調達などに役立つため、将来にわたって毎年複数件のペースで出てくるとみられる。比較的大型のM&Aを検討するならば、注視しておこう。

ASEAN M&A時代の幕開け
日本M&Aセンター海外事業部 編著
1991年日本M&Aセンター創業。事業承継にいち早く着目し、中堅・中小企業向けにM&Aを通した支援を行う。 2013年、海外M&A支援業務に注力した海外支援室を設立。2016年シンガポール、2019年インドネシア、2020年ベトナムとマレーシアに進出し事業部として拡大。ASEAN主要国をカバーし、シンガポールでは最大級のM&Aチームに成長している。

編著者代表
大槻昌彦(おおつき まさひこ)
日本M&Aセンター常務取締役 兼 海外事業部事業部長
大手金融機関を経て2006年入社。主に譲受企業側のアドバイザーとして数多くのM&Aに携わり、自社の東証1部上場に主力メンバーとして大きく貢献。現在は海外事業部をはじめ、日本M&Aセンターグループ内のPEファンドやネットマッチング子会社等、M&A総合企業としてのグループ会社全体を統括する。

尾島 悠介(おじま ゆうすけ)
日本M&Aセンター 海外事業部 ASEAN推進課 マレーシア駐在員事務所 所長
大手商社を経て、2016年入社。商社時代には3年間インドネシアに駐在。2017年よりシンガポールに駐在し現地オフィスの立ち上げに参画。以降は東南アジアの中堅・中小企業と日本企業の海外M&A支援に従事。2020年にマレーシアオフィス設立に携わる。現地経営者向けセミナーを多数開催。

この章の執筆者

渡邊大晃
Nihon M&A Center Vietnam co., LTD 代表
渡邊 大晃(わたなべ ひろみつ)
1975年生まれ。大手化学メーカーを経て、2004年日本M&Aセンター入社。英ノッティンガム大学MBA(2004年)、同大学MBO研究センターにて未公開化型MBO研究に従事。上場企業に対して多数のM&A支援を行う、海外M&A(米国・中国・香港・マレーシア・タイ・ベトナム・韓国他)に関しては10件を超える支援実績が有る。得意分野:製造(関連)業。