相続対策,信託の仕組
(写真=Dtitstudio/Shutterstock.com)

相続はスムーズな遺産分割や財産承継の方法があり、さらに納税資金の確保や税軽減対策など、さまざまな角度から考えていく必要がある。

そのために遺言書の作成や生前贈与の対策をするのだが、今回は相続対策に「信託」を活用するにはどのような方法があるのか、また信託の制度の概要や仕組みと合わせてお伝えする。

信託の仕組みと財産の流れ

「信託」とは財産を所有している「委託者」が信託契約によって、特定の金融機関や親族などの「受託者」に対して自身の財産を移転し、受託者は定められた信託目的に基づき委託者自身または自身以外の者である「受益者」のために、その財産である信託財産の管理・運用・処分などを行っていく仕組みのことである。

なお信託は大きく商事信託と民事信託の2つに分類できる。

商事信託とは委託者との間で結ばれた信託契約に関する行為を受託者が有償で行う、営利目的の信託を指す。例えば委託者である個人が信託銀行や信託会社を受託者として信託契約を結ぶ形態が代表的だ。

一般的に信託報酬などのコストがかかり信託する財産の種類にも制限があり、不動産などの財産の信託が行えない場合がある。また一定額以上の財産の信託が必要となり、財産が少額の場合には信託契約が締結できない場合もある。

また信託に関する効力などを定めた「信託法」とは別の「信託業法」で監督されるため、資産管理に対する信頼は高く受託者が不正を行うリスクを軽減できる。

それに対して民事信託とは営利目的で行わない信託を指し「家族信託」とも呼ばれる。委託者個人が家族や親族などを受託者として信託契約を締結し、信託報酬は委託者と受託者の間で自由に設定できるため、一般的にコストは低くなる。

信託できる財産は金銭の他、不動産や自社株式などの財産も信託でき財産の規模も問わないため、商事信託よりも信託の範囲が広い。

ただ受託者にふさわしい親族が見つからない場合や、受託者である家族や親族に財産管理の負担や財産管理に関する知識が必要となるなど、受託者の不正リスクが商事信託よりも高くなる。

以上が信託の基本的な仕組みと2つの種類だが概要をまとめると下記の通りとなる。

【信託契約の当事者】
・委託者:自己の財産の管理・運用・処分などを受託者に信託する者
・受託者:委託者から信託をされて財産の管理・運用・処分などを行う者
・受益者:受託者が信託契約によって財産の管理・運用・処分などを行うことにより利益を得る者

【商事信託の特徴】
・営利目的で締結する信託契約
・信託報酬、信託契約に関するコストがかかる
・信託できる財産に制限がある
・財産額によっては信託契約を結べない
・資産管理の信頼度は高い

【民事信託の特徴】
・非営利目的で締結する信託契約
・一般的に信託報酬、信託契約に関するコストが低額
・信託できる財産の範囲が広い
・少額の財産から信託契約の締結が可能
・資産管理の信頼度が商事信託より低い

信託を活用した相続対策事例

信託をどのように相続対策に活用できるのか、ここでは民事信託を活用した相続対策の事例をいくつか紹介する。

認知症対策と合わせた相続対策の方法「成年後見制度」とは?

財産を次世代に承継する者が認知症などで判断能力を低下・喪失してしまった場合には、その後さまざまなリスクが生じる可能性がある。

例えば金融機関の窓口で自身の預貯金の払い戻しを受けることや、所有している不動産の売却ができなくなる。それぞれ本人確認手続きや契約締結が必要となるため、認知症となった場合には資産が実質的に凍結されてしまうことになる。

また贈与契約や遺言書の作成なども行えなくなってしまうため、それまでに相続対策を行っていない場合には、その後さまざまな対策が立てられない。

このような場合には「成年後見制度」を活用することで、「成年後見人」が認知症となった者の財産に関する管理や法律行為を行えるようになる。

成年後見制度は判断能力が低下した者の財産を保護するための制度であり、詐欺行為の被害に遭うことを未然に防ぎ、親族が財産を勝手に消費することを防止できる。

一方で、財産の管理・処分に関して厳しい制約が付くことになり、さまざまな相続対策のための不動産購入・売却や資金の借り入れ、生前贈与といった資産の運用・活用・処分が行えなくなる可能性が高くなる。後見人に対する報酬も相続が発生するまでかかっていくというマイナスの面もある。

成年後見制度の2つの種類「法定後見制度」と「任意後見制度」

成年後見制度には「法定後見制度」と「任意後見制度」の2種類があるが、ここではそのうちの「法定後見制度」についての概要をお伝えする。法定後見制度は次の3つの制度に分かれている。

後見

精神上の障害(認知症・知的障害・精神障害など)により、判断能力が欠けているのが通常の状態にある者を保護・支援するための制度。

家庭裁判所が選任した成年後見人が本人の利益を考えながら,本人を代理して契約などの法律行為を行ったり、本人または成年後見人が、本人が行った不利益な法律行為を後から取り消すことが可能となる。

ただし自己決定の尊重の観点から、日用品(食料品や衣料品など)の購入「日常生活に関する行為」については取消しの対象とならない。

保佐

精神上の障害(認知症・知的障害・精神障害など)により、判断能力が著しく不十分な者を保護・支援するための制度。

お金を借りる・保証人となる・不動産を売買するなど法律で定められた一定の行為について家庭裁判所が選任した保佐人の同意を得ることが必要となる。

保佐人同意を得ずに行った行為については、本人または保佐人が後から取り消すことが可能。ただし自己決定の尊重の観点から、日用品(食料品や衣料品など)の購入「日常生活に関する行為」については保佐人の同意は必要なく取消しの対象ともならない。

また、家庭裁判所の審判によって保佐人の同意権・取消権の範囲を広げること、一定の法律行為について保佐人に代理権を与えることも可能となる。

補助

軽度の精神上の障害(認知症・知的障害・精神障害など)により、判断能力の不十分な者を保護・支援するための制度。

家庭裁判所の審判によって、特定の法律行為について家庭裁判所が選任した補助人に同意権・取消権や代理権を与えることが可能となる。

ただし自己決定の尊重の観点から、日用品(食料品や衣料品など)の購入「日常生活に関する行為」については補助人の同意は必要なく取消しの対象ともならない。

信託契約で「法定後見制度」を活用

法定後見制度の「後見」「保佐」「補助」には、精神上の障害の程度によって本人や後見人が行える行為に違いはあり、財産の管理・運用・処分などに制限が設けられる。

そのため認知症になった場合のリスクを考え、信託を活用して対策することも可能だ。例えば高齢者が賃貸物件の不動産を所有していた場合、今後判断能力が低下してしまった場合には、その後の賃貸借契約やその更新・解除や売却ができなくなってしまう恐れがある。

このようなケースで、次のような形態で信託契約を結ぶことで、認知症になった後の財産管理の問題を解決することも可能となる。

例えば不動産を所有している本人Aを委託者・受益者とし、不動産を相続させたい子などの親族Bを受託者、当該不動産を信託財産として信託契約を締結したとする。

家族信託の場合では、財産を管理する受託者が専門的な知識を持っておらず、委託者の意思・意向に反して財産を処分してしまう場合がある。

このような場合には司法書士などの専門家を「信託監督人」として設定し、委託者が適切に信託契約を遂行するかどうかを監督させることができる。相続が発生した時点で不動産をBに帰属させることで、信託契約は終了する。

このような信託契約を締結すると、不動産の所有者はAからBとなるが、あくまでも信託財産を管理する「受託者」という扱いとなる点が信託の特徴である。

不動産の受益権は受益者であるAにあるので、不動産から得られる収入はこれまで通りAの口座に入り、それをBが「信託専用口座」で管理する。したがって実質的に不動産を所有しているのはAとなり、Bに対して贈与税や不動産取得税などの課税は発生しない。

さらに信託契約後のさまざまな不動産に関する手続きなど、賃貸借契約の締結・更新・解除、不動産の売却、火災保険の締結や保険料の支払いも受託者が行うことが可能となるため、委託者が不動産に関する手続きに際して行うことは原則としてなくなる。

このように家族信託を活用することで、本人の財産である不動産の管理を子の親族に委託できるため、判断能力が低下した場合や認知症になった場合にも、受託者である子は委託者の承諾を必要とせず、引き続き不動産の管理・処分を行える。

その後、委託者Aに相続が発生した場合には信託契約が終了し、その時点の信託財産が受託者Bの財産(所有権の財産)として引き継がれる。この信託契約の流れを見ると「当該不動産をBに相続させる」旨の遺言を作成した場合と同じ効果を得ることができるわけだ。

財産を渡したい人に遺すことが可能

例えば先代から代々引き継いできた財産を所有する夫が相続対策を考え、自身に相続が発生した場合には妻に財産を相続させたいが、子がいないため後に妻に相続が発生した場合には妻の親族に財産が渡ってしまうケースが考えられる。

このような場合に、先代からの財産を妻の親族ではなく、自身の親族であり後継者である子がいる弟の家族に遺したいといった場合にも信託を活用できる。

夫Aが遺言によって、自身の死後に財産を弟Bまたは弟の子Cに信託する旨と受益者を妻Dとする旨の遺言を遺せばいい。

受託者となったBまたはCは受益者である妻Dの生存中は生活費などの財産給付を行うこととし、Dが死亡した際は信託契約が終了し、残余財産の帰属先をBまたはCとすることと定めたことで、先代からの財産を自身の親族に承継することが可能となる。

このようなケースの場合、夫の死亡後に妻が財産をBまたはCに遺贈する旨の遺言を遺せば問題ないが、必ずしもそのような遺言を遺すとは限らないため、家族信託を活用することで希望する財産の承継が可能となる。

なお遺言ではなく、生前に夫Aを委託者兼受益者、受託者をBまたはCとする信託契約を締結し、A死亡後に受益者を妻Dにする「遺言代用信託」の形で財産を継承することも可能である。

信託と他の相続対策との違いは?

このように信託は主に遺言の代わりとして活用されることが多いが、遺言と違う点は財産を遺すものが遺言として遺したい内容について、契約を締結した時点から効力が生じる点である。

遺言の執行の他、遺産分割協議の成立を待たずに相続の発生後速やかに希望する相続人に相続させることができる。

また遺言では指定できない先の相続の方法を生前に決めておくことができる点も遺言を含めた他の相続対策との違いだ。

不動産については先ほどお伝えした信託を活用することにより、相続人は管理を行う受託者として不動産を所有し、不動産の収益は従来通り委託者が受け取り、不動産やその収益の管理などは受託者が行うことで相続対策の他にも認知症対策も合わせてできることも、他の相続対策と比較してメリットとなる場合がある。

家族信託を相続対策に活用するときの注意点

家族信託の場合には財産を管理する受託者が家族や親族となるため、その管理・運用・処分が適切に行える家族がいるかどうかが問題となる。

また、財産の管理においてはさまざまな義務が生じ、負担が大きくなるケースも考えられる。ちなみに受託者が負う義務には主に次のようなものがある。

・信託事務遂行義務
受託者は信託契約に定められたその目的や委託者の意思・意図を含めて信託の内容を遂行しなければならない。

・善管注意義務
信託は委託者の財産を受託者名義に変更して管理をしていくため、受託者は自身の財産を管理する場合よりもさらに高度な注意をもって管理しなければならない。

・忠実義務
受託者は受益者利益のために常に忠実にさまざまな行為を行わなければならない。具体的には「利益相反行為の制限」「競業行為の禁止」がある。

・公平義務
信託契約に受益者が複数いる場合には受託者は各受益者を公平に扱わなければならない。

・分別管理義務
受託者は自身が所有している財産と信託財産とを分別して管理しなければならない。

・報告義務
受託者は受益者に求められた場合には、信託事務の処理状況、信託財産に属する財産または信託財産責任負担債務の状況について報告を行わなければならない。

・帳簿作成義務
信託財産にかかわる帳簿の作成を行わなければならない。

このような義務が生じることに加えて契約が長期間にわたるケースや、専門的な知識が必要なケースも考えられる。

個人で適任者が見つからない場合には信託銀行などを受託者として設定をする商事信託を活用することになるが、その場合には一定額の財産が必要となり、信託契約におけるさまざまな費用が発生する。

また他の相続対策と同様に、信託を活用することで特定の相続人の遺留分を侵害することがないかどうかを検討する必要がある。

特に不動産の場合には評価額が高額となるケースもあり、相続人に不公平が生じないように遺産分割対策を検討すべきである。信託契約をする際は契約の当事者とならない相続人にも配慮する必要がある。

さらに信託契約の内容によって相続税・贈与税・所得税などの課税関係が生じるため、事前に専門家へ確認をしたうえで、どのような課税関係がいつの時点で発生するのかを把握しておく必要があるだろう。

このように信託は、遺留分などの法律や課税関係の税務はもちろん、さまざまな知識が必要となるスキームなため、専門家に判断を仰ぐことはもちろん連携をしながら進めていく事が不可欠となる。

相続対策は信託以外でも行っておこう

今回お伝えしたように信託を活用することで遺言では行えない相続対策を行うことも可能となるが、信託だけですべての相続対策が行えるというものではない。

他の相続対策の活用も検討し、より良い相続対策が行えるのではないかと考える。

財産を巡って争いが起こってしまっては本末転倒なので、まずは相続人の関係者が円満に財産を承継することを第一に考えることが、相続対策を考えるうえでのスタートとなるだろう。

文・THE ONWER編集部